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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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ピコリーナ先生

 わたしは小さな頃から、定期的にかかりつけの療院(りょういん)に通っている。特に持病があるわけではないが、全体的に気を整えてもらう健康管理の目的で。頻度は、だいたい二、三カ月に一度。風邪くらいならハーブティと多めの‘‘魔女サプリ’’を飲んで寝て治すが、体調不良がひどい場合には急患で予約することもある。

 わたしの主療医(しゅりょうい)ピコリーナ先生は、従来の天候、治癒、天文、薬草の四分類に色分けされない稀な女性だ。治癒魔女であり、それと同時に天文魔女でもある。普通は、母親から遺伝したいずれかの特性に生まれ落ちる。ピコリーナ先生は、魔女村史上で初めて、二つの特性を併せ持つ生ける伝説なのだ。個人経営の療院で、気を流して身体のメンテナンスや治療を行う医師かつ整体師であり、直観的な星占の潜在能力(センス)で的確な助言を授ける人生のアドバイザーでもある。施術の予約希望は引きも切らず、村の協議団からも意見指導の依頼が絶えないという。

「こんにちは、ベリィです」

 療院の所在地は北部の治癒魔女エリアなのだが、目隠しの遮光カーテンを潜って施療(せりょう)室へ入ると、異世界にさまよい込んだかのような錯覚を引き起こす。

 なぜなら、香りが強いからだ。それは、ミステリアスな世界観を演出するために人為的に漂わせる香料ではなく、ピコリーナ先生本人が身体中に塗りたくった、もとい惜しみなく使用するボディクリームおよびファンデーションの芳香である。仕事柄慣れているし、天然成分だからきつくはないが、今日はイランイランを含んだアロマオイルも焚かれているので重層的に押しが強い。

「いらっしゃい、ベリィ。待っていたのよ」

 腕まくりして待ち構え、もとい予約客を迎えるためにスタンバイしていた先生がぞろりと着流すローブは、時季にかかわらずベロア地の深緑色と決まっている。頭上には、くねくねと螺旋状に縒(よ)り上げられた共布のとがり帽子。つばの縁からあごまでかかる黒い網ヴェールを垂らしているのがピコリーナ先生の外的特徴である。顔を隠して神秘性を際立たせるためなのか日焼け防止なのかは所見の分かれるところだ。

「先日発注した特製美容液はできたかしら?さぁさ、お出しなさい。できたんでしょう?」

 のっけからドスが効いている。先生はアンチエイジングに関して突き抜けた執着、もとい興味関心がおありなのだ。鞄から取り出した紙の小袋を恭しく進呈する。

「例の成分は規定の三倍にはしてくれたんでしょうね?まさかケチってはいないでしょうね?」

 語尾の威圧が、昼下がりの施療室に粘く尾を引く。ヴェールを通す眼光が鋭い。

「もちろんです、ピコリーナ先生」

 本当は二倍弱に抑えている。あまり濃縮し過ぎると逆効果なので。この事情なら嘘も方便(ホワイト・ライ)だろう。いや、利己のための虚偽ではないから罪悪感も滲み出ていない自信がある。

「開封後は冷暗所に置くようにしてください。効果を保つために」

 言い添えた注意事項は、おそらく耳管を右から左に通過した。

「そう。ならOKよ」

 ほとんど裏返りそうなくらいに声が高くなっている。両端を引き上げられた唇には、見事な弓なりの笑みが佩(は)かれたようだ。ヴェールに透ける先生の尊顔は十分に美しさに光り輝いているのに、ずいぶんと上昇志向が高い。

「‘‘WITCH’’で支払っとくわね」

「毎度ありがとうございます」

 だけど、マイブランド‘‘BERRY’’の超がつくお得意様なのだ。

 

 施術台に横になり指圧を受けると、滞った部分に激痛が走る。

 ピコリーナ先生は中肉中背で、整体の要領で普通程度に圧力をかけているだけなのだが、流れの悪いツボにヒットした時は絶叫してしまう。でも、帰り際には信じられないくらいに体が軽くなっているから不思議なものだ。凝っていた肩の血流が良くなり、視界も明るく開ける。

 背骨の歪みをくいっと直され、リンパを刺激され、肩や背中や足腰をごりごりと圧(お)されることで、先生の手から通された快いエネルギーが全身に送られていく。物理的な力と、自然エネルギーの注入。手の熱ではない温かさ、時には冷たさを覚えたり、指先の圧迫しか感じられなかったりするのは、体調や精神状態の違いによるのだと思う。

「あなた循環が悪いのよねぇ。親との確執かしらね」

 今日の指摘は、またママのことだ。心身どちらにも指導をいただく。ピコリーナ先生なら出会い頭の一瞥(いちべつ)で人一人のオーラを見抜く。いくら隠そうとしても全てお見通しなのだ。余計な小細工も言い訳も通用しないから、正直に答えることにしている。

「確執というか、やっぱりママとは合わない感じで…変わってますから」

 ついぼやくわたしに、ピコリーナ先生はぴしゃりと言い切った。

「そう思い込んでるだけよ。人を固定して見てる。型にはめようとしてるの 。わかる?」

「正直よくわかりません」

 ママが話題の中心になる日は多い。自身のルーツである先祖と親に感謝することが重要なのだと先生は言う。

「ヴァイオレットは筋が通ってるわ。いつだって背骨がまっすぐ伸びてるもの。公益のために働くんだっていう志が褪せない。長距離走るチーターみたいだから一緒にいたら疲れるかもしれないけど、良いも悪いもそれが彼女の個性だからね。あなたはあなたで母親とは違ったいいところがある。自分の中に自分でちゃんと見つけて個性を生かすのよ」

 その時のその人に必要なことを判じて提示する先生に対して、是(はい)としか返事のしようがない。決して人格の否定ではなく、より良くなるための耳の痛い金言なのは承知している。

「いいこと?」

 ママと過ごす時のなんとも言えない居心地の悪さを思い返していると、ピコリーナ先生の声が何の前触れもなく格段に深みを増した。たった今、個性を生かすのよ、と諭していた声とは性質が異なっている。先生の声帯が震わされていることには変わりないのだが。

「仏教用語でいう輪廻転生(りんねてんしょう)はもう終わったの」

 ひどく低く、エコーがかかっているようにも聞こえる。そういうことがままあるのだ、治癒魔女でもあり天文魔女でもある特殊なピコリーナ先生の場合には。

「命の生まれ変わりは終わった

 誰もが今世限りの生を生きている」

 遠い宇宙の星が、通告(メッセージ)を込めた光の矢を射る。啓示の矢を受けた先生は、星の告げを発信する媒介となる。三次元の焦点はぼやけ、先生の意識は星の光に場所を譲る。

「今は宇宙の波動が大きく変わる時

 次元構成が変化して、物事が極端に移り変わるわ

 少し前から天体の運行にもそういう予兆があるし、波動の急激な変化を受けて、目に見える部分でも水面下でも世界的に思いがけないことが起きてきている

 巨大老舗企業の倒産、過激派宗教の台頭と衰退、新しい価値観の創生、バーチャルの進出、疫病、根本から変容する世界勢力図

 地獄という場すら消滅して魔がこちらに入り込んできている

 時代が一新しようとしているわ

 変わるものはすぐに変わるし、変われないものは取り残されて時流に沈没していく

 この村は、宇宙の流れに逆らわず【公表】するという決断を下し、有史以来の変貌を選んだ

 きっと魔女の技を振るってしたたかに生き残っていくでしょう」

 ヴェールに覆われた先生の目は、わたしを見つめているようでいて遥かかなたの銀河を見据えている。こういう時は、目の前にいるはずの存在の遠近感が狂う。

「そして、あなたはとにかく親を大事になさい」

 濃い睫毛に飾られたピコリーナ先生の目に現実の光が再び宿ると、すでに焦点がこちらを向いていた。通常のピコリーナ先生だ。

「ヴァイオレットはね、あなたのために魔女サプリを調合したのよ。小さい頃あなた身体が弱かったでしょう?当時から多忙な母親に甘えたくて身体がそうなってたんだけど。ヴァイオレットは、あなたに健やかに成長してほしいと願ってここにも通わせたし、口伝されるローザの丸薬をヒントにサプリ開発に勤しんでたわ。あれは栄養補給だけじゃなく愛情のこもった贈り物なんだから、毎日きちんと飲みなさいね」

 ‘‘ 魔女サプリ’’誕生秘話だ。そんな背景は知らなかった。他の製品はつくらなくなって久しいけど、一時帰宅したママは‘‘魔女サプリ’’だけは必ずつくる。安定した人気があるから単に在庫補充のためだと思っていたけど、そんな成り立ちがあったのか。開発精神の源であったのは、幼い娘への愛情---ガラス温室で多種多様の薬草を刻むママのことを思い出し、少し心が温かくなる。

「ベタベタするだけが親子じゃないの。帰ってきた時には労ってあげなさいね」

 個性を生かす。親を大事にする。どちらも難しいけど、それが今回改めて示された課題だった。何か一つぐらいは、変化のための行動に移したい、と思う。網ヴェールの向こうでピコリーナ先生がにっこりと微笑んでいるのがわかる。分け隔てなく、なかなか変われないわたしを見捨てもせず、失敗しても何度でも同じ助言を授けてくれるのがピコリーナ先生だ。

 

 治癒魔女が多く住む北のエリアには、ピコリーナ先生のところ以外にも多数の療院が点在している。その代表的スポットが、治癒エリアで共同経営される‘‘ヒーリング大療院’’である。治癒エリアの象徴(ランドマーク)として建立され、内勤する治癒魔女による診察、治療、加盟登録している治癒魔女の紹介、健康診断、健康セミナーや子育て相談まで幅広く手がける施設だ。

 帰りがけ、その軒先を例のおじさん五人がうろちょろしているのを見かけた。メモを片手に外観を眺め回しては、一心不乱に書き込んでいるもようだった。相変わらず1から5の数字の名札を付けているが、ワルプルギスの時と違うのは、衛生帽子と分厚いマスクで頭を隠し、スーツの上から全身を白い作業着で包み込んでいることだ。

 1「いやぁ、さっきの動物は危なかったな。黒いキツネなんて都市伝説だと思ってたよ。不吉の前兆だ」

 2「すごい威嚇の唸り声を上げて、噛み付かれそうだったじゃないか、ジョン」

 1「おい!お前、また呼びやがったな!うかつに名前を呼ぶんじゃないとどれだけ…!どんな聞き耳立てられてるかわからんだろうが」

 3「危険度Aにするか」

 4「やべぇ。俺その黒ギツネと目ぇ合っちゃったよ」

 5「キツネは大丈夫だ」

  ‘‘ヒーリング大療院’’の中も周辺も、リラックスした動物たちがよく屯(たむろ)している。飼われていたり、慣れているものは森の方から出張ってきたりするのだが、治癒エリアは人にも動物にもオープンな空気があって過ごしやすいのだろう。

 外の人はそんなに動物が苦手なのかしら。クロギツネは雌で温厚だし、噛み付くなんて聞いたことがない。顔の隠れた白いおじさんが五人も固まっていたから、驚いた拍子にはっとして口が開いてしまったというところだろう。それに、たぶん唸っていたんじゃなくて甘え声を出しただけだと思う。人間に信頼感を持ったかわいいクロギツネだ。

 情報通のアンナによると、‘‘チームファイブ’’は、強力な忘却作用をもたらすお茶‘‘ワスレナグサプラス’’を飲まされたという。だから、ワルプルギスの焚き火事件のことはすっかり忘れているはずだけど、恐れが身体に染み付いちゃってるのかな。まるで、魔女村はげに恐ろしい場所だと思い込んで拒否反応を示しているみたいだ。白い作業着もまるで魔法から身を守る甲冑のようだし、魔女村アレルギーと言っても過言ではない。

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