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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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事件

 中年ハンサムのけばけばしい背中をうすら寒い気持ちで見送っていた時、逆に通りの向こうからは、無個性な灰色で服装の統一された数人の男性グループが近づいてくるのが見えた。祭典の活気とは一線を画しているのがはっきりと分かる。

 ---あ、また外から来た人だ。

 オーラ云々言うまでもなく判明してしまうのは、全員が堅苦しいスーツ姿だからだ。屋外のくだけた宴の場で、なんとも異質な空気を醸し出してしまっている。ワルプルギスにこんな妙ちきりんな出で立ちで現れる村人はいない。ウケ狙いの扮装ならもっと気の利いた演出をする。

 数えてみると、無彩色のスーツ一座は五人いるようだ。密に寄り合う隊形を保ちつつ、必ず五人一組に集まって中央広場を移動している。スーツと言えば初日のミスター・ルウと同様の衣服なのだが、こちらはなんというかもっさりしていた。背広、というのだろうか。スタイリッシュな先生と違っておっさん感が強い。野暮ったい背広は上から下までデザインの同じもの、一様に左右に撫でつけて固めたような変な髪型だった。

 彼らは、なぜか氏名ではなく各自1から5の番号札で左胸にナンバリングされており、あちこち観察しながら盛んにメモを取っている。熱心な専念ぶりとは反対に、村人とすれ違う際には必要以上の距離を取り、対象物には間違っても触れまいと仰け反る神経質な様子がうかがえた。どういうスキルなんだろう。人混みを移動しつつ、魔法ではなく普通に見えない壁を築いている。周囲の人々こそ何事かと一歩退く概況を差し引いても、混み合う中央広場で器用なことだ。

 どことなく腰の引けた灰色の五人組がママたちのテーブル脇までやって来ると、スイ団長が大口開けて突っ込みかけたぐるぐる巻きのパスタを断念し、重そうに腰を上げた。遠慮がちにケン・トゥ・ウルスを指さす‘‘ナンバー1’’にもごもごと気の抜けた返答をしているようだ。「馬ではな…」とか「独自の…」とかいう片鱗と、団長のうんざりした濃厚な気配(オーラ)が春風に乗って拡散している。

 冷ややかな視線にやや動じながらも、2番の名札を付けた ‘‘ナンバー2’’が、

「次はあの小人?について尋ねておくれ、ジョン」

 と‘‘ナンバー1’’に声をかけると、

「しっ!名前は言うなよ、ニック!」

 ‘‘ナンバー1’’からきつい叱責がとんだ。

「なっ、お前こそ!冗談じゃないぞ!」

 ‘‘ナンバー2’’が気色ばむと、

「おい。名前はまだしも、目だけは合わすんじゃないぞ」

 と囁く‘‘ナンバー3’’。その腕を掴み、

「やべ。俺今ねずみと目ぇ合っちゃったよ」

 と怯える‘‘ナンバー4’’に、

「ねずみは大丈夫だ」

 頷いて請け合ったのが‘‘ナンバー5’’。

 間合いとコンビネーションには非の打ち所がない五人組である。

 複数のニュアンスで発生するなんだこの人たちは、というもっともな疑問をアンナと目配せで共有した。その後も彼らは最高だった団長の祭り気分を代わりばんこで阻害しながら、メモ書きを最優先の課題として、人や物の一々についてくどいほどに質問して回っているようだった。

 

 西の空へ日が落ちれば、カラス気球や箒に乗った魔女たちが次々と中央広場へ着陸した。夜の部の開幕だ。

 昼間の勤務を終えた天文魔女の有志が星の光を旋律に変えて演奏し、スレンダーな治癒魔女が杖で指揮する森の動物たちが好き勝手に歌う。

 ‘‘ヒカリゴケ’’のランタンに火が灯り、赤々と燃え盛るワルプルギスの焚き火が、優雅に揺らめいて広場に火影を落とす。一人一人の目に、等しく炎の輝きが宿っている。リラックスして、食べて飲んで、笑う。今宵は、良い夜だ。

 大盛況の祭典は、惜しむ暇もなく例年のようにいつの間にか更けていった。


 空が白む気配がすると、そろそろ宴もたけなわだ。

 祭りの締めくくりには、シスター・ソラによってある実演(パフォーマンス)が行われる。村人たちの一年の健康を祈って奇跡の雨を降らせる天候の儀式だ。

 昨日の乾杯のはちみつ酒でほんのりと頬を染めたシスター・ソラが、出会(でくわ)す一人一人にお馴染みの「素晴らしいですわ」を連射しながら、巨大な炎を上げるワルプルギスの焚き火に向かって歩を進める。

 無数の小人群団に交じってその火にマシュマロを翳していたのはミスター・ルウだ。『世界史』の授業を受け持つ学校ではローブ姿だが、今日はデニム地のカジュアルジャケットが細身の長身に着映えしている。

「今日も珍しいお召し物ですわね。素晴らしい。素敵ですわ」

 ミスター・ルウは、礼を言うように頭を下げ、もとい照れて俯き、その勢いでぼよぼよともじゃ髪を跳ねさせた。微笑んだシスター・ソラはおっとりともう一声かけてから、やっと今日のために設置された拝礼台に立った。

 こうして能力の真骨頂を為す段になると、緩やかさより貫禄が勝つ。広場の目線を一身に受けるこの女性は、魔女村に百年ぶりに生まれた天候魔女なのだ。小鳥の囀(さえず)る清々しい早朝の空に向かい、腕全体を使ってゆっくりと手を振るような仕草をした。優しく招き寄せるような雲を呼ぶ動作だということは知っている。流れるように、引き付けるように、修道服の細腕が雅やかに虚空を撫でる。

 黒衣の魔女、というなら、正装では黒で包むわたしたちも同じ。だが、それは、特別に彼女のことだけを峻別して尊崇の念を表す敬称なのだ。

 黒き衣を纏(まと)う妙なる魔女は、続いて胸の前に麗しげな両手を組み合わせる。無我の境地で祈りを捧げるのだ。わたしたちのために。魔女村のつつがない繁栄を願って。

 誰より強い魔力を宿す人が無心に祈る姿を見るにつけ、心の奥底から安心感が湧いてくるのを感じずにはいられない。魔女村の中心にはシスター・ソラがいる。そして、同時代を生きる同志たちが周りにたくさんいてくれることに改めて気付く。ママ、友達、先生方、協議団の面々、薬草エリアのお隣さん、顔を合わせば微笑み合う村の人たち。犬や黒猫やカラスに森の動物、樹々、花々、空気、水。

 わたしは大きな家族の一員なのだと、ここに一生与えられた自分のための居場所があるのだと、今この瞬間には実感せずにいられない。その幸福をもたらす森と仲間たちに感謝したいと思う。また来年の春を健康で笑って迎えられたらいい。そして、そういう心持ちは絶対にみんなに共通している、とも思う。

 魔女村の誇る黒衣の魔女を、皆の目がじっと見守る。 祈りの手を解いた人差し指が、おもむろに頭上へ差し伸ばされるさまを。

 その細い指が、しなやかに真っ直ぐ天を突いた。かと思えば、全く同時に大きな雨粒がぱらつき始める。

 シスター・ソラの送った暗号(サイン)に、空が応えたのだ。落ちてきた大粒の雫たちが、石畳に当たって王冠の形に弾けだす。リズミカルな雨音に合わせて、徹夜明けでぐだぐだの群衆から賞賛のどよめきが沸き起こる。

 ぽつぽつと石畳を叩いていた雨足はたちまち強まり、時を置かずに春の豪雨となって森に降りしきった。魔女村と人々に奇跡の雨は遍く降り注ぎ、宴の後の皿を浚(さら)い、生命力の象徴として豊かに燃え盛ったワルプルギスの巨大な焚き火さえようよう鎮めていく。

 盛大な春の集いは、こうして終幕するのだ。楽しみ疲れた一人一人の顔に深い充足感が表れている。誰もが心地よい疲労と寂寥(せきりょう)を味わいながら、家族や友人知人と連れ立って家路に着く---はずだった。

 

 最後の最後で、この年のワルプルギスは通例の結末を迎えなかった。

 ちょうど焚き火が消えた時、広場の中心部から甲高い悲鳴が上がったのだ。

 それは、幸せな祝宴の最後を飾るのに最もふさわしくない叫び声だった。


「っ誰か…人が…死んでる!ワルプルギスの火に焼かれて死んでる!」


 明け方の土砂降りの中を帰りかけていた村人たちは、一瞬にして騒然となった。

 ともかく真偽を確認しようと焚き火の痕に押し寄せる者、子どもの手を引き急ぎ足で立ち去る家族、路上で困惑に動けなくなった女性、尖った雰囲気を感じて泣き叫ぶ赤ん坊。怒号や悲鳴が人々の間をすり抜け、雑踏がめちゃくちゃに入り乱れる。

 奇跡の雨に打たれながら立ち尽くしたわたしは、嫌な胸の高鳴りを抑えることができなかった。何かの勘違いかもしれないという期待は、そこへ目を向けた途端、微塵に打ち砕かれた。


 あれは---。


 意気盛んに空を焦がした祝賀の焚き火の跡には、だだ黒く煤けた畳石の上で、赤黒い熾(おき)がまばらに散らばっている。


 そして---名残の煙を細くたなびかせる焼け跡の真ん中に、とりわけ大きな一個の消し炭が転がっていた。ぼつ、ぼつ、と雨垂れが穿(うが)つ。焦げすぎた炭素質の曲面を流れる。


 その厭(いと)わしい認識を拒否しようとすればするほど鼓動は速まり、逸らそうとする目が縫い止められてしまう。

 ああ、でも見てしまったからには、もう認めないわけにはいかない。

 両脇から伸びる二本の長い突起、中ほどで曲がり交差し合う棒。あれは、どう考えても自身を抱きかかえるように体側に回された人間の腕だ。

 完全に炭化し厚い灰にまみれた不気味な塊が、あってはならない場所に背を丸めて倒れている。ちょうど横向きに眠る膝を曲げた人の形をして。

 雨に交じって、獣肉が焦げ付いたような匂いがうっすら届いていたことに今さらながら気付いた。


  「あ、あれ…」

 消え入るように呟いたきり直立不動だったアンナが昏倒してしまう。すんでのところで辛うじて受け止めるが、急な加重を支えきれず共倒れに尻餅をつく。地面に溜まった奇跡の雨が、賑々しい饗宴の日ために購入した真新しいローブに染み広がっていった。

 血の気は引いてしまっている。打ち続く雨水は冷たくないのに、全身の肌に粟(あわ)が立っている。気絶したアンナを抱きしめるわたしの両目は、人間だった黒いものが両腕を交わす内側に、わずかにのぞく色彩に吸い寄せられた。心臓が、止まる気がした。


 ---知っている。あの鮮やかな発色を忘れられるはずがない。


 だって、ついさっき言葉を交わしたじゃないか。

 今年春の限定色だと声を弾ませていた人。残念な明るさで人を疎ましがらせるにかけては天才的な、でもどこか憎めない素直さで彼らしい個性を放つ---。


 焼け残った上衣らしき布の一片の、雨に打たれて明かされたどぎついピンク色を、駆けつけた村人たちは全員目にしたことだろう。

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