ヴァイオレット・ウスペンスカヤによる【公表】の話
---魔女村が全世界に【公表】される。
わたしは、ぽかんとしながらも懐疑的な顔を見せてしまったと思う。決定事項として知らないということは、あくまでも未成年に知らせる必要はなかったということだ。未熟で発言権を持たない立ち所が、ママとの間に線を引く。
「最初は王国からの打診だったの。王家の血筋が絶えて民主主義に転換したでしょう?それに伴っていろいろな慣習や事物を見直す必要に迫られたのね。変化の波に押されて、バタバタと多方面が動いていった。その潮流の中で、我々も魔女の村であることを担当者に明かしたの。天文魔女の星占がそう促していたし、王国との結び付きはこちらから強化すべきだという判断でね。現段階では少数の有識者で構成された極秘の検討会だけなんだけど、来年に入ったらすぐに王国政府の議会に提案され、議決、承認を経て、村全体がユネスコに登録申請されることになってるのよ。『特殊地域民俗文化財』として。万端の準備をして、王国の後ろ盾を得て申請されれば、ユネスコでの可決はほぼ間違いないと見ているわ。
登録されれば、もちろん情報公開される。わたしたちの村が大々的に発表されるということは、魔女と魔法の存在を世界に対して認めるということ。今までは、やりとりといえるほどのものでもない、王国政府とのごく限られた関わりだけだったけど、これからは事情が違ってくる。魔女村始まって以来の変革を迎えることになるわ。人の出入りも頻繁になるだろうし、双方にとって確実に革命のような分岐点になる。
王国議会で取り沙汰されるのが第一の関門。次に、申請を受理するユネスコでの衝撃ね。それから、全世界が反応を示す。
実現に向けての課題は山積よ。『特殊地域民俗文化財』として【公表】され世界デビューするためには、国家としての体裁を整える必要があるのか、またそれは可能か、実際問題どういうふうに外の人を受け入れるのか、ペガサス便以外の交通手段を築くか否か、<トゥーラの聖痕>には消えない橋を建設するべきか、経済をどうするか、防衛はいいのか、‘‘魔女サプリ’’の他に交易できるものは何か。シミュレーションを繰り返して、最大の公益を図るために吟味してるところ。多くの問題解決のために、村内部での意見の擦り合わせから王国との折衝と協力体制の整備、経費の算段まで、協議団主導で取りまとめなきゃならない」
政府の担当者に自主的に魔法を打ち明けていたとは。魔女村の今後の動向が、本腰を入れて王国政府で検討されているなんて、にわかに信じ難かった。【公表】の話題はよく耳にするが、将来的にそういう選択肢もある、という理解でしかなく、実施間近にまで迫っているというのは驚きだったのだ。名実ともに自分はまだまだ青二才なのだと認めざるをえない。
「外の世界には激震が走ると思う。魔法の存在は、厳しく秘匿されてきた。王国でも誰も知らなかったはずよ。腫れ物に触るというか、最近になって検討会メンバーに解禁されるまでは、王国政府内でも我が村の存在自体がトップシークレットだったから。一部では、決してたどり着けない幻の村と呼ばれることもあったようだけど、情報統制によって一般人にはまず知られていない。それどころか、政府内でもほんの一握りの人間しか存在を把握していなかったの。担当者から担当者へ奥許しの秘伝として申し送りされてきた。実務上は、物資取引についての連絡役ね。なんとなく薄気味悪く感じているかもしれないけど、彼らの間ですら魔法のまの字も口の端に上ることはなかったんじゃないかしら。政府は、機密扱いでこの村を便宜上『特別保護区』に設定しているんだけど、単なる土着の少数民族としての扱いだし。これだけ不鮮明な集落だから、都市伝説レベルの与太話になら、冗談半分で『怪しい魔女の村なんじゃないか』とか言われることだってなきにしもあらずだけど。スレた現代人がまさか本気にはしないでしょう。王国で火刑を受けた聖トゥーラのことは、歴史の闇に埋もれているみたいだし、樹海の奥で石槍を携えた未開の民族が非文明のまま生き残っている、ぐらいの認識だったのではないかしら。アフリカのマサイ族だってiPadを使いこなす時代だから、輸入されるネットショッピングの荷物にも違和感がないのかな。旧来、触らぬ神に祟りなし、という意識は感じるわね。魔女村は人跡未踏の陸の孤島だし、ペガサス便による物資運輸以外の行き来も絶えている。ママは例外中の例外。わたしたちの情報は少しずつ開示してる。彼らにとっては、見たこともないんだから、森続きの王国から実際のところどういう経路でアクセスできるのか、何人の仲間がいてどういう暮らしぶりなのか、全容は分からなさすぎるのよ」
では、そのような状況であっても【公表】に踏み切る理由がある、ということだ。
「魔女狩りだなんて血生臭い時代はとうの昔に過ぎ去った。カミングアウトしたからといって、問答無用で息の根を止められることはないでしょう。それより、外の技術はぐんと進化している。上空から見ても、村の構造物は森の中にほぼ紛れてしまうような立地だし、紛れて見えるように手も加えてる。夜になれば陰影が覆うし、雪が積もれば隠してしまうしね。
だけど、高解像度の衛星画像が宇宙からどこでも捉えてしまうようになった。人の目ならごまかせても、命のない最先端技術は遠慮がない。まずいことに、高所を箒で飛ぶ魔女の姿が激写されてしまった。ネットで拡散して世間を騒がせたけど、遠景のぼやけた一部分だったし、王国が珍種の鳥だと言い張ってうやむやにして、詮索ブームは下火になった。皮肉にも編集技術が発達している分、どうせ眉唾ものの加工写真だと切り捨ててもらえたのはラッキーだったわ。
覚えてる?それがほんの五年ほど前。森に守られていた魔女村の潜伏は、立てた刃のような均衡の上を渡り歩いている状態。どちらに転んでも、外界の受け皿に着地するしかないの。だって、いつどんな新しい技術が開発されてここの存在を暴くかわからない。宇宙からか、地中からか、それともネット回線からなのか。それは、今夜か明日かもしれない。世界は刻々と革新して変化のスピード速く、辺境に潜む不変を許さないほど狭くなった。油断も隙もなくつながってしまっているのよ。ネットやSNSの普及も、世界構造の見えない変化に拍車をかけた。ITに関しては、どこで情報やら技術やらを仕入れてくるのか謎だけど十八番の、進取の気風に富んだ天文魔女の受け売りだけどね。
そう、風景は同じに見えても、もう環境は変わってしまったのよ。いくら魔法を使える、自治で機能できるといっても、<四聖女>が集って以来約五百年続いた魔女村の鎖国独立はもう限界なの。良いも悪いもなく、ただそういう時機が来たということ。閉鎖した守りの砦を維持できる時代は終わった。仮想通貨ウィッチコインの導入も、『世界史』科目の新設も、文献のデータベース化も、経済セミナーも、全て外の世界と連携するための前準備なの。もちろん‘‘魔女サプリ’’プロジェクトもね。販路が確立したら‘‘まじょっち’’が製造の主導権を握って産業化する予定。ゆくゆくは、治癒系も天文系も参入して拡大できないかと考えてる。
【公表】すること自体、協議団の会合でも個人的議論としてもかなり紛糾したけどね。‘‘WITCH’’内の選挙権を持つ成人専用SNSでもそれぞれが意見を述べながらずいぶん話し合ったし、特別ページで投票を実施して最終的に決まったの。結果は、ほぼ満場一致で賛成だった。能動的な【公表】が最大の防衛だ、とみんなが判断したのね。冷静だった。迫ってくる現実を見て見ぬ振りしても、この先に待つための好転はない。魔法という独自の資源を活かしつつ、外との共存共栄を図ろうと前向きに考えているわ」
本当に枢要な話だった。去年の夏に是非を問う投票が実施されたことは知っている。可能性としての【公表】に対して賛成反対を表明する予期的な意識調査なのかと思い込んでいた。我ながら甘いことだが、期限を切られた選択だとは思いもよらなかったのだ。わたしは全然付いていけてなかった。能天気にお茶を煎じているうちに、共同体の方向性は一転していたのだ。
でも、魔法と魔女村が公表されるという主旨は理解できたけど、近いはずの未来図をどう想像しようとしても、頭の中には漠然としか形を成さない。せいぜいペガサス便に乗って続々とやって来る人たちが、睡眠不足の青白い顔をしてお尻を摩りながら、白馬をロバ呼ばわりするイメージしか湧かなかった。
翌朝、今度はエイジャの新星カンボジアへ向かうママを駅で見送ることにした。一二時間連続で馬上に揺られ倒した後、終点の王国地下バスターミナルから移動して列車に乗り換え、たどり着いた空港で国際線の深夜便に搭乗するのだという。
<トゥーラの聖痕>は、今日も地下にあまそそる斜面を急角度に切り立てて、しんとして飲み込むものを待ち構えている。落雷の痕跡だという静まり返った堀割りは、通す水もなく、懐に飼うものも持たず、であるのにかかわらず静寂すら支配下に収めている。無闇に近付けば、音もなく吸い込まれそうだ。
何もなかった空中に 、森の分け目を全長二〇メートルで渡す橋がもくもくと現れる。森を抜けて戻ってきたペガサス便を感知すると、どこからともなく噴き出した水蒸気が凝結する仕組みになっているらしい。天候魔女シスター・ソラの半永久的施工による。「雲路」と呼ぶのだ。雲霞にしては密な、しかし翼持つ美しい白馬にしか駆けること能わないその橋道を。
来た。ペガサスが、駆けてくる。終着間際の助走をしきって、崖を、跳んだ。翼を広げ、悠々と風を掴みながら、夢のような白雲をたどって疾駆している。この高い嘶きはどうだろう。風切る翼の力強さ、伸び伸びとした筋肉の躍動をどれほど正確に描写できるだろうか。寡聞にして力足らずのわたしには、いかにも表現のしようがない。心を掴まれてしまう。地割れの聖痕を超え、雲路を跳躍する勇姿を目に焼き付ける。
この消え橋を渡ったことがあるのは、わたしの知る限りではママとミスター・ルウの二人だけだ。出入りするにはペガサスの背を借りるしかない。
湯気を立て鼻息を荒くした翼馬たちは、今朝もまた規定の時刻に到着したことに自尊心を満たしたようだった。胴引きハーネスを外した狭めの荷車から、ケン・トゥ・ウルスが何やらぶつくさ言いながら段ボール箱を降ろしている。「気位ばかり高く」とか「ロバのマラソン」とかいう嫉妬心丸出しの暴言を吐いているのだ。
たった今渡ってきた外界との唯一の門口である雲橋を、速やかに出発の態勢を整えた交代のペガサスたちが、今度はあちらへ駆けていく。森向こうの王国へ。跳び上がったかと思えば蹄が雲を蹴り、白銀の鬣が風になびき、空の荷車の車輪が回る。雲路を対岸の森まで横断し終えると、狭い千鳥に組んだ隊列の、大地を蹴る小気味よい蹄の音がリズムに乗る。あっという間の出来事だ。
雲の橋道が消えていくのに合わせて、「ワルプルギスには帰ってくるからー」とうるさい声を後に残して、颯爽と鞍に跨るママの背は森の中へ消えていった。慌しく短い滞在だったが、いなくなると一抹の寂しさを覚えるのが不可思議だ。




