食欲ペパーミントティ
春爛漫と咲き誇る道端の花々を愛でながら帰宅すると、母屋の食卓にママがいた。モリーダスさんにもらったにんじんで漬けておいたピクルスを摘みながら、スマホでネットニュースを読んでいる。
「チャイナの動物園で激撮されたこの動物は、一見同国に生息する絶滅危惧種のパンダのようであるが、実は紛うかたなき犬である」
節をつけて音読していた。おこぼれを期待して隣り合わせに座り込むイノとブラッキーが、ここぞとばかりに大人しい忠犬ぶりを誇示している。
「いつ帰ったの」
と背後から声をかけると、
「あ、ベリィおかえり!‘‘WITCH’’のメッセージ見なかったのね。今朝のペガサス便で着いたんだけど、下馬早々、駅でスイ団長に捕まってね。協議団主催の経済セミナーが今からあるから講師で来い、あんた薬草代表なんだからって、直接公民館に連れてかれて。二、三言しゃべるだけかと思ったら、世界情勢やら経済の実態やら、果てはおすすめの脳トレアプリまで質問されちゃって。みんな熱心よねぇ。仕事を調整して参加した魔女たち、なんとその数二百人よ」
高過ぎる熱量の返事が戻る。一つ聞くと長い。しかも最初に自分のことばかりだ。
「そう。おかえり」
「つれないわねぇ。その冷淡な返事。久しぶりに帰ってきたのに、話したいこととかないの?一人で大丈夫だった?何か変わったことは?」
「特には」
後ろ姿を見た時は瞬間的に嬉しかったけど、やはりこの人のハイテンションには疲れてしまう。どうしても素直に受け答えする気が萎えてしまって、言いたいことがあっても呑み込んでしまうことが多い。
「あらそう?セミナーが盛り上がっちゃってね、夜に追加第二弾を開催することになったのよ、ママが臨時の担当講師で。せっかく帰ったのに悪いんだけど、夕食適当に食べてくれる?」
「大鍋スープまだあるから」
食事は自分で作ってるしほとんどいつも一人じゃんか、という反論も呑み下されて胃に落ちる。
「ママも夜食にいただこうかしら。ベリィの野菜料理は美味しいからね。薬草の扱いに長けた人はそういうコツも掴んでるのね」
無理に持ち上げなくてもいい。
「ママ、ちょっとモリーダスさんにお土産渡してくるわ。いつも新鮮な野菜をたくさんいただくから」
いつだって家を空けてるママには新鮮な状態で食べるタイミングはないけどね。いればいたで、手をかけて育てられた食べ物なのに、忙しさにかまけて萎びさせる名人だし。せっかくいただいたんだから、目を離さず傷む前に使い切ろうという心遣いがない。ピクルスの瓶も置きっ放しの開けっ放し。思い立ったら後先なしだ。
バタン、とがさつに玄関のドアを閉める音がした。ちょっとした悪意が胸の中でちくちくしている。ママと顔を合わすと毎回こうだ。わざとじゃないのに嫌な部分が露骨に顔を出す。
わたしの冷たい態度がママを傷つけていることも重々承知している。伝えたい件だって、本当はたくさんある。マイブランド製品を褒められたことや小間ねずみ折檻事件、それに胸の中でわだかまりになっている『トゥーラの伝承』の予言について。雷の衝撃、幻覚の火が本当に怖かったこと、聖トゥーラの悪魔の目。それら全てが言葉にならぬまま、ただただ胃の腑に溜まっていく。
翌日、ママは朝からドタバタと掃除箒をかけ、洗濯器を回す間‘‘まじょっち’’に出す魔女サプリをつくり、ランチを食べる間もなく協議団の寄合に出かけていった。薬草代表として協議団に名を連ねているのだ。
夕方帰ってきたママは、ガラス温室の作業場をざっと片付け、冷蔵庫の余り物と菜園から採ったハーブを使って、チーズとろとろの魔女釜ピザを焼いた。
二人の食事は久々だった。わたしはパイン材の作業机にギンガムチェックのテーブルクロスを敷いて、食事用ブレンド‘‘食欲ペパーミントティ’’をアイスで淹れた。もうすぐデビューさせる予定の夏向けの新作だ。
‘‘食欲ペパーミントティ’’は、食事を引き立てるだけでなく、食物からのエネルギーをより得られるように魔法を加えたお茶だ。熱湯を注いだティーポットに向けて人差し指で無限の字を描くと、わたしが送った気に反応し、改めて活性化する。さっきより香りが高まった。三分間蒸らして茶葉を開いてから、予め準備しておいた‘‘食欲ペパーミントティ’’を凍らせた氷を張る。溶けた氷でお茶が薄まらないように。
長旅からの休みない活動のせいか、超アクティブなママにもさすがに困憊の感が滲んでいた。
「あ、これいいわね。元気が出る気がするわ」
爽やかな香りを楽しんでから、一口啜ったママが満足そうな声を漏らす。自分の作品で人が喜んでくれるのは素直に嬉しいものだ。
徒党を組んで食べ物を奪いに来る小人をフォークで威嚇しながらたらふくピザを食べ、デザートのブルーベリームースと紅茶を並べた後、ママはいつになくシリアスな表情で切り出した。
「もうすぐ成人になるベリィにもちゃんと聞いておいてほしいの。どうなるかわからないし、やっぱり事前の覚悟は必要だから」と言って。
その夜、ママは、この村にとって非常に重大なことを淡々と話した。商談のように机上で手を組み、視線と口元以外は微動だにせず意識を研ぎ澄ます。外のビジネスマンと電話会談する時の、普段と違う気配を発する母を、知らない人のように盗み見たことを思い出す。
前口上や注意を促すための咳払いなどは皆無だった。ヴァイオレット・ウスペンスカヤは、つと口を開いた。
「この村は、外の全世界に向けて【公表】されるの」と。




