赤ちゃんトナカイ (オト ≪中世≫ 2)
オトは、毎日夕餉が済むとトゥーラの動かぬ手を摩り、腕の付け根を押さえて治癒の気を送った。必ず「大丈夫。必ず治る」と言い添えながら。
なかなか回復の兆しは見えなかったが、やがてわずかに手首が前後に動くようになり、親指と残りの指をまとめて曲げてものを摑めるようになった。
ローザは、森に自生する薬草を摘んできて干し、粉砕してから、蜂の巣から採った蜜で練って、体調が整うように各人に合わせた養分を補給する丸薬を作った。
「ローザはいつも何気なく摘むように見えるけど、どうやってその人に必要な薬草を選ぶのですか?」
オトによる恒例の施術が終わり、就寝前のひとときに蜂蜜湯で休息しながらトゥーラが訊ねた。
「うん、なんとなくわかるのよ。植物に関しては見ればわかるというか、直感で感じるというか。松なら松の、セージならセージのオーラのようなものがあって、その人の曇っている部位のオーラに合わせるのよ。薬草屋を継いでからね、自分の特殊技能に気付いたの。でも、急性や重症の場合には悠長に薬草、というわけにはいかないけどね。治すことを諦めてしまってる人とか、飲んでも治らないと思い込んでる人にも効かないわね。わたしの薬はあくまで補佐役」
「ずっと私に作ってくれる丸薬は、この手が治るように?」
「基本的な養分が足りるように共通の薬草は入れてあるわ。そこにトゥーラ用の薬草を一摘み」
「私、治りたいと心から思っていなかったのでしょうか。ローザもオトも手を尽くしてくれているのに」
「最初と比べたらかなり良くなったじゃないの。けど、そうね。手は、何かを高望みしたり本当に欲しているのに得られないものがあると病みつくことがあるみたい」
そこへ、焚き火に当たってうとうとしていたオトが口を挟んだ。ローザの指導により、薪材は火持ちの良い楢やメープルなどの枯木に変わっていた。
「トゥーラ、欲しいもの、ある?」
「そうですねぇ」
しばし考え込むように首を捻ってから、
「パンかしら」
と切なそうに戯ける表情に、ローザもオトも気持ちよく笑い声を上げた。
ローザは、残してきた母を想う時いつも涙ぐんだ。そんな時は、心落ち着かせる安らかな声でトゥーラが慰めた。ローザが生きていることにこそお母様は希望を持たれていると思います。生きるために選んだ覚悟をきっと喜んでいらっしゃいますよ、と言って。
また、毎夜悪夢に魘されるオトに、トゥーラは背中をゆっくり摩りながら、ふかふかの動物の毛を抱き締めた時のような、緊張和らぐ感触をその手で送った。洞口の外で門番を務めていたトナカイが、秋が深まるとオトに添うように寝て、本物の和らぎを与えるようにもなった。
心に消えぬ深い傷を負ったオトは、それでも時間をかけて少しずつ立ち直っていった。
「ねぇ、最初に会った時、トゥーラの手から若葉の匂いがしたの。あれは何?」
「その人が中心に持つ特有の波動があって、弱まっている時にそっと足すのです。そうすれば本来の生気が整って、元気を取り戻したり活力が生まれたりするのですよ」
「わたしの波動は植物に近いのね」
「オトのは?」
「そうですねぇ。あえて例えるなら、よちよち歩きの赤ちゃんトナカイ、かしら」
「赤ちゃん…」
「じゃあ、トゥーラは?」
「自分のものはわからなくて」
「そういうものなの」
「ええ、そういうもののようです」




