彼を端的に表現すると、もじゃだもの
チューリップの花のように綻ぶシスター・ソラに「そうします」と返した時、礼拝堂の磨き抜かれた重厚な両開き扉が滑るように開いた。
重めの足音を立てながら信徒席の間を闊歩してきたのは、誰あろう村の自治組織である協議団のスイ団長だ。自治活動、自警、消防、生活一般、経済流通、交易(ただし輸入のみ)における代表責任者であるが、昨日も見かけたように、子供っぽい口喧嘩の弁士としても名が通っている。
「やあ、ソラ。元気かい。あらベリィも。連日会うね。今度きっと夕食にいらっしゃいよ」と、挨拶代わりに上げかけた手に、無造作にカリン材の飾り杖を握っている。普段はみんな素手だが、フォーマルな行事や祭日にだけは杖を持つ。装いこそカジュアルな象牙色のローブだが、公用の最中なのだろう。
「ごきげんよう、団長。月初の礼拝以来ですわね。本日はお祈りに?」
シスターの黒い目が期待感に燃えている。
「いや」
団長、声を張って即否定。シスター・ソラの黒炎が冷水をかけられ最速で消えた。
「入っといで!誰も取って食わないよ」
後ろを振り返った団長のダミ声が、開放したままの扉の外へ向かって放たれる。誰か連れがあるようだ。
「歴史の先生だから建物や習俗なんかに興味があるみたいでねぇ、入り口のオブジェを物珍しげにじろじろ眺めてるよ。駅に着いてからずっとあの調子だから、ここへ来るのにも時間がかかってね」
わずかながら声を低めたが、うんざりした調子は隠しきれていない。ふくよかな壮年のスイ団長は、悪気はないがわかりやすい人だ。こういう人間臭さが、むしろ一癖も二癖もある魔女たちを束ねる求心力である。
「素晴らしい探究心ですわ。けれど、入り口のオブジェ、とは、コニーG翁が放置していかれたリスの夫妻の木彫りのことですか?あれは一昨日完成した翁の作品ですから、歴史的価値はあまりないかと」
こちらも平常と魔力を振るう凄まじさにギャップ著しいシスターが、気の抜けた可愛い声で天候魔女のイメージを翻弄する。気難し屋で通るコニーGじいさんが自作の彫刻を押し付けていくのは、日常的な魔女村あるあるだ。
「早く入んなさい!」
痺れを切らした団長の一喝で、扉の向こうの気配がびくっと慄いた。
最終通告に急かされておずおずと姿を現したのは、ノータイの襟なし白シャツに細身のダークスーツを着込んだ長身の男性だった。年の頃は40歳前後というところ。色の濃いおしゃれ眼鏡がアメリカ大統領のボディガード並みにハマっている。ママやダリヤ店長、パン屋のダグさんたちとそう変わらない風采だが、小物使いが若々しい。
その大きめの眼鏡がゆっくりと外されるまでもなく、一目見て悟った。知らない人だ、と。こんな印象を受けたことがない。ずっと近くに住んでいるのにたまたま顔を合わせたことがない、というわけではなく、今まで出会う機会のなかった類の人だ、とすぐにわかった。村の人ならなんとなくでも顔に見覚えはある。そういうことでもない。なんというか、とにかく違うのだ。
なぜなら、生体のオーラが微弱すぎるから。治癒魔女であるスイ団長や天候魔女のシスター・ソラにとっては訳が違うだろうが、いくら念を込めて注視しても、焙煎したチコリの根の片鱗を沸かしてゼロ近く薄めた希釈液ほどにも感じられず、その男性を流れるはずの生気はことのほか頼りなかった。
どこか停滞しているのか、見えざるままに問題なく循環しているものなのかも分からない。全くと言っていいほど波動らしい波動を感知できないのだ。これは、もしかして---。
踏ん切りがつかないままよろけるようにして二、三歩入堂したものの、簡単な自己紹介を発するでもなくやや俯き加減で固まっている。いや、口はパクパクと痙攣するように開けては閉められているので、何か発言する意志はあるようだ。祭壇前に陣取るわたしたちの方を向いてからしばし目を瞠り、視軸をずらしてすぐさま涙目になったのをわたしは見逃さなかった。
慣れない生息する魔女が怖いのだ。初めて会うのはあちらの側でもそうなのだろう。そこはかとなく緊張感を滲ませて-緊張している、というオーラは感じられないのであったが、どう見ても-入り口前に立ち尽くしているので、今度は彼自身がじっくり観察される番になった。生態や風俗はネットで見て知っているつもりだが、わたしには二次元の動画からオーラも何も読み取れないので、初めて目にする対象だった。いきおい興味を持つ。
十分に観賞に値する、と見る人が見れば言うだろう。例えば、キャピキャピした若さより落ち着いた年齢層の渋みある男性を好むアラサー女子。例えば、顔だけのイケメンならいくらでもいるから、そこそこの外見を前提に見所ある独自性こそ重視する、というおばさま魔女たち。
端整だけど愛嬌にじむ顔立ちだ。ナーバスな表情一つとっても、何かしらの剽軽さがある。
人の本質はどうしたって伝わってくる。このような場面でなければ、彫りの深い奥目は表情豊かにくるくると動き、腹を抱え込んだり仰け反ったり手を広げたり、人間らしい動作で惹きつけて、口舌の達者な座持ちで笑いの渦に巻き込むタイプの人ではないかと推察する。
また、背も高くすらっとしているので、引き締まったスーツ姿と言い、履きこなした革靴の光輝と言い、全体的に売れっ子俳優然とした雰囲気である。コメディもシリアスもこなす好感度の高い個性派の。とすれば、最前の目の瞠り方、逸らし方も、やや芝居がかったオーバーな感情表現をするコメディ役者の演技と見ることもできる。
でも、だが、しかし。それらの妙味を差し引いて余りある最大の特徴が、その人にはあった。
最初に扉の陰からびよん、びよん、と覗かせたのもその部位だったので、団長の連れてきたのは、すわステンレスたわしのお化けか柔軟剤に漬けた鳥の巣か、と真剣にバカげた反応をしてしまったことは、何気に墓場までもっていきたい恥となっていた。なので、その場にいたのが豪放なスイ団長と根っからの自然体であるシスター・ソラであったことが、羞恥を忍ぶわたしにとっては僥倖だった。
そう。それにしても、軽い驚きを伴って結果的に衆目を集めて離さないのが、限界まで伸び切ったトイプードルもかくやというもじゃもじゃくるくるの巻き毛なのである。
頭が、茂っている。剪定を待ちわびて密生している。
果たして天パなのだろうか。であれば、なんという粋な体質。パーマネントウェーブかもしれないけど、だとしたらめっぽう巻きが強い。どこかで流行っているのか、個性を追求しすぎた結果なのか。ダークな色味はとてもいいのに、扉を背に立つだけで様になる大人の男の魅力を帳消しにしているもの。
彼を端的に表現すると、もじゃだもの。
主要キャラ、出揃いました。




