↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷲羽山で起きた、本当のホラー話  作者: 櫻木サヱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

五人目の名前

笑い声が消えた。


ほんの一秒前まで、確かに車内に響いていたのに。


今は何もない。


静かだった。


あまりにも静かだった。


悠斗はハンドルを握ったまま動かない。


直樹も、美咲も、沙耶も。


誰一人として口を開かなかった。


ただ、全員が同じことを考えていた。


今の笑い声は、誰だった?


「……誰か笑った?」


悠斗が聞いた。


返事はない。


「なあ」


もう一度。


「誰か、笑ったよな?」


「……聞こえた」


美咲が答えた。


「私にも聞こえた」


沙耶も頷く。


直樹だけが黙っている。


「直樹?」


美咲が呼ぶ。


「……聞こえた」


「じゃあ……」


美咲は言葉を止めた。


四人の誰でもない。


それなら。


誰の声だったのか。


車内に、冷たい空気が流れた。


エアコンは止まっている。


窓も閉まっている。


なのに。


後部座席から、ひやりとした風が吹いてきた。


美咲が振り返る。


「……寒い」


「窓開いてる?」


「開いてない」


「じゃあエアコン?」


「止まってるよ」


沙耶が腕をさする。


その瞬間。


後部座席の中央から、


コン。


と音がした。


全員が振り返る。


何もない。


ただ。


座席が沈んでいる。


さっきよりも深く。


誰かがそこに腰掛けているように。


美咲は息を呑んだ。


「……まだいる」


「何が?」


直樹が聞く。


「ここ」


美咲は座席を指差した。


「ここに、誰かいる」


「見えないだろ」


「でも……」


「気のせいだって」


直樹はそう言った。


けれど。


声が震えていた。


そのとき。


車のロックが、


カチャッ。


と鳴った。


「……え?」


悠斗がドアを見る。


ロックされた。


誰も触っていない。


もう一度。


カチャ。


今度は全部のドアが同時にロックされた。


「ちょっと待って」


悠斗がロックを解除する。


カチッ。


解除された。


だが。


次の瞬間。


カチャッ。


またロックされた。


「何だよこれ!」


悠斗がボタンを押す。


カチッ。


カチャッ。


カチッ。


カチャッ。


解除しても。


勝手にロックされる。


「悠斗!」


「分かってる!」


「出られないの?」


沙耶の声が裏返る。


「まだ分からない!」


悠斗がドアノブを引いた。


開かない。


助手席の直樹も試す。


開かない。


後部座席の美咲も。


開かない。


四つのドア。


全部。


開かなかった。


そして。


車の窓ガラスに、


何かが映った。


美咲が気づいた。


「……待って」


「何?」


「窓……」


「何?」


「外を見て」


三人が窓を見る。


暗闇。


道路。


木々。


そして。


その木々の間に。


人が立っていた。


一人。


二人。


三人。


四人。


いや。


もっといる。


何人いるのか分からない。


ただ。


全員が車を見ていた。


誰も動かない。


顔も見えない。


ただ、立っている。


「……人?」


直樹が呟く。


「こんな時間に?」


悠斗がライトを点ける。


ハイビーム。


木々の間が明るくなる。


誰もいない。


「……消えた?」


美咲が窓に顔を近づける。


「さっき、確かに……」


「見間違い」


直樹が言った。


「絶対、見間違い」


その言葉を遮るように。


後部座席から、


「見間違いじゃないよ」


声がした。


女の子の声。


幼い声だった。


美咲の隣。


誰もいない場所から。


はっきり聞こえた。


美咲の顔から血の気が引く。


沙耶も固まった。


「……今」


直樹が振り返る。


「聞いた?」


「聞いた」


悠斗も答えた。


車内に四人しかいない。


なのに。


女の子の声。


もう一度。


「見間違いじゃないよ」


今度は。


さっきより近かった。


美咲の耳元で。


「……っ!」


美咲が反射的に身体を縮める。


「何!?」


沙耶が叫ぶ。


「耳元で……」


「何て?」


「見間違いじゃないって……」


その瞬間。


車内の照明が点いた。


パッ。


一瞬。


その一瞬で。


美咲は見てしまった。


後部座席の中央。


誰もいないはずの場所。


そこに。


長い髪の女の子が座っている。


顔は見えない。


俯いている。


髪が前に垂れている。


白い服。


細い肩。


そして。


濡れた髪の先から、


ぽた。


ぽた。


と水が落ちている。


「……いや」


美咲が声を漏らした。


照明が消える。


真っ暗。


「美咲?」


沙耶が呼ぶ。


「いる?」


返事がない。


「美咲?」


「……いる」


声が震えていた。


「でも……」


「何?」


「今、見た」


「何を?」


「女の子」


直樹が息を呑む。


「どこ?」


「後ろ」


「いないよ」


「今はいない」


「……え?」


美咲が震える声で言った。


「照明が消える前に……いた」


誰も答えない。


すると。


後部座席の中央から。


ぽた。


水滴が落ちた。


全員が見る。


シートが濡れていた。


さっきまで何もなかった場所に。


丸い水滴が一つ。


そして。


二つ。


三つ。


次々と増えていく。


「……何これ」


沙耶が呟く。


水は少しずつ広がっている。


まるで。


そこに濡れた人間が座っているように。


直樹が後ろへ下がった。


「……これ、もう無理だろ」


「どうするの?」


「知らない」


「じゃあどうするの!」


「知らないって!」


二人の声が車内でぶつかる。


そのとき。


車のカーナビが突然起動した。


画面が真っ暗なまま。


音声だけが流れた。


『目的地に到着しました』


悠斗が画面を見る。


「……何?」


『目的地に到着しました』


同じ声。


機械的な女性の声。


けれど。


目的地は表示されていない。


画面中央に、黒い文字が浮かんだ。


『料金所』


そして。


その下に。


『同乗者 5名』


美咲が息を止めた。


「……五名」


直樹が呟く。


「やっぱり……」


悠斗が画面を消そうとする。


しかし。


消えない。


むしろ表示が変わった。


『同乗者 5名』


『支払い状況 未払い』


『不足 1名』


最後の文字が赤く点滅する。


不足 1名。


不足 1名。


不足 1名。


「……誰が足りないの?」


沙耶が呟いた。


その瞬間。


カーナビから、女の声がした。


『名前を入力してください』


四人は固まった。


「……何の名前?」


『名前を入力してください』


「誰の?」


『五人目の名前を入力してください』


悠斗が電源を切ろうとした。


だが。


画面には勝手に文字が入力されていく。


一文字。


また一文字。


『さ』


美咲が息を呑む。


『や』


沙耶の顔が青ざめる。


『か』


『お』


『り』


画面に表示された名前。


「さやかおり」


誰も知らない名前だった。


「……誰?」


直樹が呟く。


沙耶が首を振る。


「知らない」


美咲も。


「私も知らない」


悠斗が画面を見る。


「俺も」


そのとき。


沙耶のスマートフォンが鳴った。


着信。


画面には。


「さやかおり」


と表示されていた。


「……え?」


沙耶の手が震える。


「誰から?」


美咲が聞く。


「分からない」


「出ないで」


直樹が言った。


着信音が鳴り続ける。


一回。


二回。


三回。


四回。


沙耶はスマートフォンを握りしめた。


「切って」


美咲が言う。


「うん」


沙耶が拒否ボタンを押す。


切れた。


静寂。


その直後。


また鳴った。


同じ名前。


さやかおり。


今度は。


画面の下に、小さく文字が出ている。


「車内」


沙耶が凍りつく。


「……これ」


「何?」


「着信じゃない」


「え?」


沙耶がスマートフォンを見せる。


そこには。


着信ではなく。


録音データが表示されていた。


タイトル。


『車内』


再生時間。


00:17


「……何これ」


誰も触っていないのに。


再生ボタンが勝手に押された。


ザーッ。


最初は雑音。


そして。


四人の声が聞こえてきた。


『……やっぱ、やめね?』


悠斗の声。


『は?』


直樹。


『夜の鷲羽山行ってみね?』


誰かの声。


四人は顔を見合わせた。


それは。


今夜、車の中で話した会話だった。


しかし。


録音には。


自分たちの知らない声が混じっていた。


『五人で行こうよ』


幼い女の子の声。


「……え?」


録音が続く。


『誰が言ったの?』


美咲の声。


『知らない』


直樹。


『でも五人のほうが楽しいじゃん』


女の子。


『……五人?』


沙耶。


そして。


最後に。


男の声。


『一人、乗せてきました』


録音が止まった。


車内が凍りついた。


「……今の」


直樹が言った。


「俺たちが話してない会話だよな?」


誰も答えない。


悠斗は前を向いたまま。


「……最初からだ」


「何が?」


「五人だったんだ」


「は?」


悠斗がゆっくり振り返る。


「俺たちが今日、鷲羽山に行こうって話したとき」


「……うん」


「俺、覚えてる」


悠斗の声が震えている。


「直樹と、美咲と、沙耶と……」


そこで言葉が止まった。


「……誰かと話してた」


美咲が顔を上げた。


「誰?」


「分からない」


「名前は?」


「分からない」


「顔は?」


「分からない」


「じゃあ、どうして五人だったって……」


悠斗は答えられない。


そのとき。


後部座席から。


女の子の声。


今度は。


はっきりと。


「思い出して」


四人が振り返る。


誰もいない。


「思い出して」


もう一度。


「私の名前」


シートが。


ゆっくり沈んだ。


何かが座った。


そして。


美咲の隣に。


濡れた長い髪が、


ゆっくり垂れてきた。


美咲は悲鳴を飲み込んだ。


目の前。


ほんの数十センチ先。


誰かの顔がある。


髪の隙間から。


白い顔が覗いていた。


口だけが動く。


「……まだ、私を忘れてる」


その瞬間。


車の全ドアが、


ガチャッ!


と一斉に開いた。


冷たい風が車内へ吹き込む。


そして。


遠くから。


料金所の男の声が響いた。


「五人目を置いていけば、帰れます」


四人は動けなかった。


男の声が続く。


「でも」


少し間を置いて。


「五人目が誰なのか、思い出せなければ――」


料金所の向こうから。


何かが近づいてくる音がした。


ザッ。


ザッ。


ザッ。


ゆっくり。


こちらへ。


「……あなたたちの中から」


男が言った。


「一人、選んでもらいます」


その瞬間。


車内の照明が消えた。


そして暗闇の中で。


誰かが美咲の手を握った。


冷たい手だった。


指が五本。


けれど。


その手は。


美咲の手より、ひとまわり小さかった。


耳元で。


女の子が囁く。


「……ねえ」


「私のこと」


「本当に忘れたの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。