7.光の中で見えた道
翌日、再びマヌエラの屋敷を訪ねた。
カーテンを開いて明るくなった室内で、マリアナはビクトリーノに用意してもらった品を使ってケアを行っていった。
肌を温めて血行を良くし、薔薇水を皮膚に浸透させる。肌馴染みのいいオイルを塗りこむと、艶のある柔らかな肌になった。
合わない化粧品を使って顔に赤みが出ていたため、メイクは軽く整える程度に留めた。それでもマヌエラの優しい栗毛と焦げ茶色の瞳、目鼻立ちのはっきりした顔に合う色合いとメイク方法を新しい侍女に教えた。
昨日までのメイクも流行りのものに違いなかったが、マヌエラの魅力をことごとく悪い方へと見せるように施されていた。どこか不健康で陰鬱に見えるように。
「色を変えるだけで、こんなにも変わるの?」
鏡を前にマヌエラは、信じられないというように漏らした。
「でも、流行りの色ではないから……。社交界では、どうかしら」
「奥様。優先させるのは、ご自身の魅力を引き出す色です。流行りの色を取り入れたいときは、宝飾品やドレスに使われるといいですよ」
マリアナは宝石箱から選んでマヌエラの耳に当てた。いままでのメイクにも使われていた色の宝石がついている。さほど大きくないため、メイクの魅力を崩すほどではない。
ドレスも合わせて着替えると、マリアナに付き添われて応接室へと向かった。彼女の軽い足取りを見て、マリアナは自然と笑みがこぼれた。
「マヌエラ。戻ってきたか」
応接室に入るとビクトリーノが、すぐさま立ち上がって歩み寄ってきた。
「いや、前より綺麗になったな」
抱き締めようと伸ばしてきた手を、マヌエラは素早く押さえる。
「やめてちょうだい、兄さん。メイクが崩れるわ」
その言葉にマリアナは驚き、二人を見比べた。髪も瞳も顔立ちも似ているようには見えない。けれど、言われてみると向かい合った笑顔に、どこか近しいものを感じた。
「ご兄妹……なのですか?」
マリアナの問いに、マヌエラが笑って答えた。
「従兄妹よ、母方の。幼い頃は一緒に暮らしていたから、つい兄と呼んでしまうけど」
コーヒーと甘いミルクスイーツを食べながら話をした。
ビクトリーノとマヌエラの子供時代のこと。新しいメイクのこと。マリアナの仕事のこと。
「ああ、マリアナ。ぜひ、あなたのことを友人に紹介させてちょうだい。あなたの助けを必要とする人はたくさんいるわ」
マヌエラは繰り返し言った。
マリアナは少し気恥ずかしく思いながら、役立てたことを嬉しく思った。そして、きちんと仕事にしていきたいと強く思った。
再び訪ねることを約束して、マヌエラの屋敷を後にした。
「ありがとうございました」
馬車の中でマリアナは言った。意外そうにビクトリーノは返す。
「なにか礼を言われるようなことをしたかな? 礼を言うのは俺の方かと思ったが」
「ドニャ・マヌエラに引き合わせてくださったおかげで、私は自分の目指したい道が分かりました。あなたのおかげです、セニョール・バルデム」
マリアナはふわりと微笑んだ。花が香りを放つように。
視線が絡み合う。
「ビクトリーノでいい」
低く、甘えるような囁きにマリアナはくすぐったさを覚えた。妙に落ち着かない気分になる。
――そういうときこそ笑みを。
そう言ったのは誰だっただろう。マリアナは記憶が引き出せないまま、華やかな笑みを残して囁くように繰り返した。
「ビクトリーノ」
マリアナは、ふとビクトリーノの瞳の奥に見たことのない感情が滲んだ気がした。
が、すぐ商人の目に変わってしまった。
「それじゃあ、商談に入るとしようか」
力強い宣言だった。
マリアナも、一連のやり取りの意味は把握しないまま気持ちを切り替えた。
最初に切り出されたのは、素材の原価と売値。次いで店舗の契約料。調合に必要な道具の調達費。そして、薬種商組合への加入費と毎月の上納金。
店舗と道具、素材はビクトリーノが所有しているものを融通してくれると言ったが、マリアナが思っていたより初期費用はかかるようだった。他にも従業員の給金と宣伝、継続的にかかる費用について言われた。
「従業員は特に必要ないかと思いますが」
「経理もハレムで学べたか? セニョレータ」
そう言われるとマリアナは言葉に詰まった。
ハレムの財務管理は女官頭や宦官の仕事だった。マリアナは薬種の名や効能は理解していても、素材がいくらで売買されているのかは、まるで知らなかった。
「宣伝は、どうする? マヌエラの口コミだけでは依頼も少ないだろう」
「国内にいらっしゃるハレム帰りの夫人を、ご存じありませんか? 私がいるときも何人かポルタベルタの方が退職されていたので、帰国された方もいらしたと思うのですが」
「それは……」
ビクトリーノが一瞬言いよどみ、マリアナは小首を傾げた。首を振り、ビクトリーノは続けた。
「そうだな、探してみよう。ハレムの秘薬に詳しいのは彼女たちだからな」
「はい。よろしくお願いします」
期待に胸を躍らせたマリアナの声は弾んでいた。




