6.閉ざされた部屋に差す光
ビクトリーノに連れられて来たのは、オラ・レガーダの閑静な住宅地に建つ屋敷だった。
――面会の約束もせずに訪ねて、よかったのかしら……。
マリアナは心配したが、応接間に通されるとビクトリーノは自宅のようにくつろいだ格好でソファーに腰かけた。
マリアナは行儀よく座ったまま、そっと部屋の中を見回した。異国の品はあまり目につかず、国内の骨董品らしき品が多く飾られていた。色とりどりのモザイクタイルで作られた牛の置物を見つけ、どきりとする。
父の書斎にも、同じようなモザイクタイルのニワトリが飾られていたことを不意に思い出した。屋敷は、領地はどうなっているのだろう。
マリアナは囚われそうになった気持ちを振り払い、顔を上げた。いまは、そんなことを気にするときではない。試験に集中しなさい、と叱るように自分に言い聞かせた。
ほどなく侍女がやってきて、マリアナを夫人の部屋へと案内した。
「俺は会えないんだ。話は通してあるから頑張っておいで」
と、ビクトリーノは出されたワイン片手にマリアナを笑顔で見送った。
マリアナはビクトリーノと離れて、少しほっとした。彼は、なんだか距離が近すぎる。
奥まった部屋の前に着くと、侍女が扉をノックして声をかけた。
「奥様、お連れしました」
間を置いて、中から入るように返事があった。
――顔を上げて、笑顔を絶やさず、ハキハキと。
マリアナは胸の中で繰り返し、部屋へと入った。
「失礼いたします、ドニャ・マヌエラ」
室内は薄暗かった。カーテンがほとんど閉められ、明かりもつけられていない。わずかな隙間から入る日差しだけが、ぼんやりと室内を照らしている。
マヌエラ夫人は、その光からすら逃れるように、部屋の中央に置かれたソファーに座っていた。
「あなたがビクトリーノが連れてきた薬種屋?」
しゃがれた声だった。
マリアナが後宮で何度も耳にしてきた、しゃがれ方をしていた。
「はい。マリアナ・スリナーチと申します」
「ビクトリーノから話は……」
「ご夫婦のお悩みについて、ご相談されたいとお聞きしております。おそばへ行ってもよろしいでしょうか?」
マヌエラがうなずくと、マリアナは礼をして近づいた。
薄闇に目が慣れてくると、マヌエラの様子が少し見えた。しかし、ハッキリと確認はできない。
マリアナはマヌエラの足元に跪いて、優しく尋ねた。
「涙の理由を、お聞かせ願えますか?」
マヌエラは息を呑んで、手にしていたハンカチを握りしめた。
「どうして……」
「お声の枯れ方で、悲しまれておられるのだと分かりました」
マヌエラはマリアナの手を取って、自分の隣に座らせると躊躇いがちに話し出した。
結婚したのは四年前。親族に紹介された相手だったが、しばらく交流をする中で惹かれ合い結婚を決めた。新婚当初は幸せな時間を過ごしていたが、いつからか女の影を感じるようになった。
次第に家を空ける時間が増え、最近では顔を合わせても冷めた目を向けてくる。
「もう……二度と愛されることはないのかしら」
嗚咽を漏らすマヌエラの手を、マリアナはそっと撫でた。少し渇きを感じる肌をしていた。
マリアナは、マヌエラが泣くままにしていたが、落ち着いてくると聞いた。
「カーテンを開けてもよろしいでしょうか? 明るい場所でご様子を確かめさせてください」
「いいえ! なんのために?」
マヌエラは叫ぶように言い、マリアナの手を退けた。
「わた……私は、あなたに……媚薬を頼みたかっただけよ」
かすれ、消え入りそうな声での告白だった。顔を両手で覆い、震えているのが薄明かりの中でも見て取れた。
マリアナは彼女の背中に手を添えて撫でさすりながら、薬種管理を司る女中頭が何度も口にしていたことを言った。
「ドニャ。媚薬は一時的なものにすぎません。殿方は、ご自身の魅力で捉えなければ、なにをしても離れていくのですよ」
皇帝の気を惹くため、秘かに媚薬を求める女性は多かった。しかし、それは不敬であり、争いの種だった。女中頭は愛妾相手でも毅然として断っていた。マリアナも、それを真似て流されないようにしていた。
もっとも媚薬の調合法など知りもしなかったのだが。
「一度は魅了したからご結婚なされたんですもの。いまは隠れてしまったドニャの魅力を、一緒に探しましょう。私は……そのための方法を多く学んできました」
マヌエラはゆっくりと顔を上げた。
マリアナは安心させるように、柔らかく微笑みかける。一緒に立ち上がると窓辺へといざない、カーテンをわずかに広げた。
明るい日差しの下でマヌエラの顔を見て、マリアナはすぐに察した。
「ドニャ……。メイクは、誰がなさっているのですか?」
「侍女だけど……」
「すぐに信用のおける侍女に替えてください」
マヌエラは泣きはらした目を大きく見開き、マリアナを見つめた。
「その侍女がご主人のお相手であるか、お相手の息がかかった者だと思います




