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4.潮境の街で

 潮境の街(オラ・レガーダ)

 マリアナの故郷バルフレードから馬車で五日ばかり離れた港町は、異国との交易が盛んで活気に満ちていた。多くの人や荷物が行きかい、呼び声、笑い声、怒声、馬の嘶き、そして音楽が溢れている。


 マリアナは、オラ・レガーダの高級宿のひとつから路地を見下ろし、幾度目ともしれないため息をこぼした。


「……暇だわ」


 毎日することがなさ過ぎて、宿の使用人にチップを多めに渡すと、自分のことは自分でするようにしたが……それでも、すぐに終わってしまう。


「やっぱり、仕事をしなきゃダメね」


 マリアナはテーブルに置いた、リーズの手袋に触れて呟いた。

 会うことはなくても、私も頑張っている、そう連絡をしたいと思った。


 とは言え、やはり不安はある。店舗の確保、素材の入手、販路。なにより、どの薬を売ればいいのか、そこから分からない。

 ひとまず、街に出て薬種屋をのぞいてみることにした。

 マリアナは小さく気合を入れて立ち上がると、身支度を始めた。



 大きく波打つ艶やかな髪を、緩くまとめ上げる。一房を残して垂らすと、黒髪に映える紅玉の髪飾りをつけた。顔を動かすと髪と一緒に揺れて、火の粉のように輝く。

 口紅は少し明るい赤。目元にも真珠を砕いたパウダーの混ざった朱を薄く乗せた。


 メイクを終えると、選んだドレスに袖を通した。髪飾りと同系色のワインレッド。滑らかなシルクが肌を滑る。マリアナの瞳と同じ、緑がかった金色の糸で刺繍が施されて華やかさを足していた。

 金の真珠が入った小振りな宝飾品を身に着けると、姿見の前で確認した。


 後宮ハレムで八年を過ごす間に、マリアナは女性らしく成長していた。背の高かった両親に比べると身長は伸びなかったが、やせ細っていた体にはふっくらと肉がつき、幅広のベルトに締められたウエストは引き締まっていた。


 くるりと回り、背中まで確かめる。ふわりと広がったスカートと一緒に、ベルトに下げた細い金鎖がきらりと光って見えた。

 ハレムの中にいたら地味だと言われただろうが、マリアナからしたら十分に頑張ったオシャレだった。


 鏡の中の自分に向かって微笑みかける。柔らかく、甘い香りを放つように。


「話すときは顔を上げて、笑みを絶やさず、ハキハキと」


 ハレムに入って一番に教えられ、最後まで言われ続けた言葉だった。

 少し曇りかけた表情を引き締め、顔を上げるとマリアナは宿を出た。



 マリアナが最初に向かったのは、街一番の薬種屋だった。壁一面の棚には薬種の入ったガラス瓶が詰め込まれ、展示台には細々とした雑貨がきれいに並ぶ。店内に充満する独特の乾いた香りを、マリアナは懐かしく感じた。


 ゆっくりと店内を見て回る。

 貿易が盛んな港町だけあって、高品質なものが揃っていた。素材も数百種類はあるだろう。それでもハレム内で扱っていた素材のいくつかは見当たらなかった。


 ――珍しいと聞いてはいたけれど、本当にないものなのね。


 マリアナは驚いた。しかし、高価なものは店頭に並んでいなくても保有している場合がある、とダシャに教えられていた。

 店員に尋ねてみようと辺りを見回すと、恰幅のいい男性と目が合った。男性は笑顔を浮かべると、両手を揉みしだきながら歩み寄ってきた。


お嬢さん(セニョレータ)、なにかお探しですかな?」


 男性の胸元についた徽章は、店舗の外に掲げられていたものと同じデザイン。

 マリアナは微笑みを向けると、軽く膝を落として答えた。


「こんにちは、ご主人(セニョール)


 そして、すっと歩み寄ると囁くように尋ねた。


翡翠草エシムートを探しています。こちらで取り扱っているでしょうか?」


 表に出していない品については、大っぴらに口にするなとダシャから言われていた。

 男性は緩んだ表情でマリアナを見やると、探してみましょう、と店の奥へと案内した。

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