14.祝祭の光の片隅で
迎えが来たのは夕方も近くなった頃だった。
「こんにちは、マリアナ」
馬車から下りてマヌエラが出迎えた。彼女は、赤みを帯びたピンクに、深い赤紫のレースが添えられたドレスを着ていた。メイクはドレスと同系色を中心に施され、ネックレスと耳飾りには真珠と翠玉。華やかさと落ち着きがある装いだった。
「こんにちは、ドニャ。ドレスもメイクも、とてもお似合いです」
マヌエラは嬉しそうに微笑み、言った。
「あなたも素敵よ。とっても綺麗」
「ありがとうございます」
マリアナが選んだのは、薄い青のドレスに深みと艶のある黄金色の長衣だった。どちらもマリアナの瞳と同じ、緑みを帯びた金糸の刺繍で飾られている。ネックレスは様々な色合いの黄水晶を連ねたものを、耳飾りは金鎖で蒼石を繋いだ細長いものにした。
後ろ髪は結い上げて金鎖の垂れるかんざしを挿したが、サイドの髪は下ろしてあり、マリアナが動くと黒髪の陰からチラチラと耳飾りが揺れて見えた。
馬車に乗り込むと、隣に座ったマヌエラはマリアナのメイクをじっくりと見ながら、どんな化粧品を使っているのか尋ねた。
目元は砕いた真珠を混ぜた朱で彩り、唇は紅色に少しの金色を足している。
「今日ぐらいは、あなたに頼んだ方がよかったかしら」
マヌエラは手鏡を出して、自分の顔を見ながら言った。マリアナは出会ったときのマヌエラと比べ、ずいぶん変わったと微笑ましく思いながら答えた。
「十分にお綺麗ですよ。新しい侍女は、ドニャの魅力を理解されていますね」
マヌエラは相好を崩してうなずいた。
港に着くまでマリアナは、肌のお手入れ方法について求められるまま講義した。
港が近づき、最初に耳に届いたのは歌声だった。
「荷揚げの歌だわ」
マヌエラが声を弾ませて言った。船から荷物を下ろすとき、歌われるらしい。大勢の声が一体となって港に響いていた。
馬車着き場に停車すると、商会の見習い少年が迎えにきた。普段とは違い、黒い刺繍のほどこされた赤い上着とズボンを着て、胸にはバルデム商会の徽章をつけている。
「あら、素敵ね。セニョール」
マヌエラがからかうように言うと、少年は頬を赤くして二人を会場へとエスコートした。
港は二つの区域に分けられていた。
手前は街の住人も自由に出入りし、楽しめるように。たくさんの屋台が並び、香ばしいにおいや威勢のいい声が溢れていた。大きな天幕の下に並べられたテーブルでは早くも宴が始まっている。
その奥には招待客だけが入れる区域。一日で準備したとは思えないほど豪華に飾られていた。張られた天幕には、すべてバルデム商会の紋章が織り込まれ、船で掲げる旗が風になびく。
マリアナは祭りの規模に、場違いな場所へ来たのではないかと気後れした。見渡す限りに人が溢れているのに、マヌエラはまだ早い時間だから少ない方だという。
帝都と比べてしまえば少なくはあった。帝都の市場は人とぶつかりながら進むのが作法かと思うぐらい、ごった返していた。フィエスタの会場は余裕をもってすり抜けられる。けれど、田舎で育ち、限られた人数の後宮で生活してきたマリアナにとっては、入り込むのにためらいを覚えるほどの人だった。
奥の区域に入ると人数は減ったが、それでも先は見通せない。大半は船乗りの家族で、みな一様に笑顔で語らっていた。
マヌエラは、マリアナの手を引いて花の鉢植えで囲われた広場へと向かった。人混みをかき分けて前へと出ると、ビクトリーノを中心に集まった船乗りたちが手に手に品物を掲げて歌っていた。一角には酒樽や麻袋、木箱が積み上げられている。
持ち帰った荷の一部だとマヌエラに教えられた。
力強い声で歌うビクトリーノは、まるで着飾っていなかった。厚手のコットンシャツにひざ丈のズボン。丈の長いベストを腰の飾り帯でまとめただけ。周りの船乗りと同じような格好で、いつもの蒼石の耳飾りと印章指輪だけが、彼を特別に見せていた。
マリアナは、ビクトリーノが遠い存在になったように思えた。
しばらくビクトリーノたちの歌を聞いてから、マヌエラは天幕へと移動した。風が通り抜けて、日差しで熱くなった肌を心地よく冷ましてくれる。
空いた椅子に落ち着くと、すぐにマヌエラの知り合いが声をかけてきた。彼女たちにマリアナを紹介し、ドレスや化粧の話に花を咲かせる。時おり、船の方へと話題が広がり、人が入れ替わると、また話題は戻った。
日が傾いてくると、暑さも和らぎ表へ出る人が多くなった。マヌエラも、そろそろ食事にしようと、マリアナを伴って天幕から出た。広場では楽団の奏でる音楽に合わせて、大勢が踊っていた。周りを囲んで見ていた人々も、手拍子を合わせ歌っていたかと思うと、音楽の切り替わりに入れ替わって踊る。
「あとで、私たちも踊りましょう」
マヌエラは楽しそうに言った。
マリアナは返事を返しはしたが、ポルタベルタの踊りは一つも知らなかった。
子供の頃、両親と踊っていたのは、ただ音楽に合わせて適当に動くだけのものだった。ハレムでは舞いの習得もさせられたが……后母や愛妾の慰みに集団で舞う舞踊が、ほとんどだった。
マリアナは不安に思いながら、人影を探すように視線を彷徨わせた。
一列に並べられたテーブルに、ずらりと料理とお酒が乗っていた。新鮮な魚介類を中心に、オラ・レガータの郷土料理から珍しい異国の料理まで。マヌエラに郷土料理について教えてもらったり、マリアナが香辛料について教えたりしながら味を楽しむ。
度々、マヌエラは友人に声をかけられ歓談した。マリアナは侍女のように黙ってそばに控えていた。
ソニアが、騒がしいのは苦手だといった気持ちが少し理解できた。
食事に満足すると再び天幕から出て、シグエニャ号の持ち帰った品の一部を見て回った。
香辛料。織物。植物。陶器。工芸品。
いくらか帝国の品物もあり、マリアナは懐かしく眺めた。ダシャに連れられ、リーズと帝都の市場を巡ったときのことを、ぼんやりと思い出す。
不意に近くで野太い笑い声が響き、マリアナはびくりと振り返った。船乗りたちが真っ赤な顔をして陽気に肩をたたき合っている。大きな体に、日に焼けた肌。髭を生やした人間も数人いた。
ビクトリーノの仲間だと思っても、マリアナは、その場から離れたいとマヌエラを振り返った。
マヌエラの姿は消えていた。
マリアナは見知らぬ人々の中で、ひとり立ち尽くした。




