第五話 「東京同時真実化事件」
それは、午前十一時三十二分に始まった。
最初は、たった一つの投稿だった。
《渋谷地下に能力者実験施設あるらしい》
よくある陰謀論。
最近では珍しくもない。
最初の反応も軽かった。
《また始まった》
《都市伝説系?》
《ソースなし》
《はいはい政府陰謀論》
だが。
数分後。
空気が変わり始める。
《でもこの搬入口、実在するぞ》
《駅裏に封鎖区域あるよな》
《昔から噂なかった?》
《清掃員の知り合いが地下行ったって言ってた》
曖昧な証言。
断片的な記憶。
そして。
それらが結びつき始める。
動画配信者。
まとめサイト。
考察アカウント。
ニュース系インフルエンサー。
皆が飛びついた。
《政府が隠蔽してる》
《前から噂あった》
《知り合いが見た》
《証拠画像きた》
そして。
“証拠”が増え始めた。
透は大学近くのカフェでスマホを見ていた。
画面更新。
数秒ごとに情報量が増える。
地下図面。
内部写真。
搬入口。
監視カメラ。
だが。
透には分かってしまう。
「最初は存在していなかった」
なのに。
今では、
“最初からあった扱い”
になっている。
「……なんだよこれ」
透の喉が乾く。
その時。
美咲が小さく呟いた。
「また始まった」
「……」
「今回は大きいね」
窓の外。
雨。
街中の人間がスマホを見ている。
その光景が異様だった。
全員が同じ現実を観測している。
そして。
観測された認識が、現実を固定している。
正午。
渋谷駅周辺が騒然となった。
人だかり。
警察。
配信者。
野次馬。
地下搬入口。
SNSでは既に、
【#渋谷地下施設】
が世界トレンド入りしていた。
透は現地へ来ていた。
来るつもりはなかった。
だが。
「確認しなければならない」
という衝動を抑えられなかった。
駅前大型モニター。
ライブ配信。
記者が叫んでいる。
『地下空間が発見されました!!』
映像。
暗い通路。
白い壁。
研究設備。
透の頭が痛む。
その施設。
“見覚えがある”。
いや。
正確には、
「ありそうだと思っていた光景」
だった。
その瞬間。
透の脳裏へ映像が流れ込む。
白い拘束室。
能力測定装置。
薬剤棚。
監視窓。
冷たい床。
その直後。
配信映像の奥に、
“さっきまで存在していなかった部屋”
が追加された。
「――っ」
透の呼吸が止まる。
コメント欄が爆発する。
《今部屋増えた!?》
《見た!?》
《研究区画あるぞ!!》
《やっぱ本物だ!!》
透は頭を押さえる。
ノイズ。
幻視。
白衣。
拘束椅子。
能力測定。
悲鳴。
知らない記憶。
でも。
「真実になりつつある」。
その時。
周囲で悲鳴が上がった。
『え!?』
『消えた!?』
地下入口。
さっきまであった扉が消えていた。
いや。
違う。
“存在が不安定化している”。
配信画面も乱れる。
施設構造が数秒ごとに変わる。
階段。
廊下。
部屋数。
全部。
まるで。
「皆の想像」が混ざっている。
『いや右に階段あっただろ!?』
『は? 左だろ!?』
『配信だと通路一本しかないぞ!』
『研究室消えた!!』
『いや今また増えた!!』
混乱。
怒号。
SNS。
認識。
現実。
全部が絡まり始める。
その瞬間。
透の視界へ大量の情報が流れ込んだ。
都市伝説。
能力者実験。
秘密結社。
地下国家。
政府隠蔽。
ネットで拡散された“物語”。
それら全部が、
“実在候補”
として世界へ流れ込んでいる。
「……やめろ」
透は小さく呟く。
だが。
止まらない。
午後一時。
事件はさらに悪化した。
東京各地で、
「存在しない施設」
の目撃報告。
《池袋地下にもある》
《新宿で能力者収容所見た》
《霞ヶ関に封鎖区画》
そして。
一部は、
本当に出現してしまう。
だが。
どれも構造が不安定。
見る人間によって内容が違う。
SNSで拡散された設定が混ざる。
まるで。
“集団妄想が現実化している”。
透は駅前で立ち尽くしていた。
雨。
頭痛。
ノイズ。
そして。
スマホ通知。
【小野寺:今どこ】
【小野寺:真壁くん】
【小野寺:これ止めないとまずい】
透は返信できない。
なぜなら。
もう理解し始めているから。
この現象は、
自分を中心に広がっている。
その時。
近くの大型ビジョンが突然乱れた。
ニュース速報。
『現在、都内各地で認識不整合現象が発生』
『政府は不要な情報拡散を控えるよう――』
画面ノイズ。
その直後。
別映像へ切り替わる。
地下研究施設。
白衣の男。
拘束された能力者。
だが。
透は凍りつく。
その映像。
“今この瞬間、生成されている”。
存在していた記録じゃない。
「今、真実になろうとしている」。
「……俺が」
透は震える。
「俺がやってるのか……?」
美咲は静かに透を見る。
雨の中。
赤い傘。
優しい声。
「透くん」
「……」
「人ってね」
美咲は静かに言った。
「“本当のこと”より、“信じたいこと”を真実にするんだよ」
透は答えられない。
「皆、“理由”が欲しいの」
「世界が壊れてる理由」
その瞬間。
東京中で停電が発生した。
悲鳴。
ノイズ。
スマホライト。
そして。
空。
雲の奥へ、
巨大な“ノイズの裂け目”
が走る。
人々がスマホを向ける。
撮影。
拡散。
観測。
その瞬間。
裂け目がさらに固定された。
透は息を呑む。
裂け目の奥。
そこには、
“夜空ではない何か”
が見えていた。
現実より僅かに輪郭の曖昧な、
別の層。
別の世界。
あるいは。
無数の“真実候補”が沈む場所。
透は理解する。
もう誰にも止められない。
この世界では、
「観測された真実」が現実を侵食する。
そして。
その中心にいるのは、自分だ。
その時。
透のスマホが震えた。
非通知。
画面には、文字だけが表示される。
【NRO監視対象:真壁透】
【認識災害危険度:A級相当】
【“矛盾観測者”認定審議中】
透の呼吸が止まる。
「……っ」
次の瞬間。
画面がノイズ混じりに切り替わった。
【これ以上の真実化を確認した場合】
【現実修正プロトコルを開始します】
透の背筋へ、冷たいものが走る。
美咲はその画面を静かに見つめ、
小さく呟いた。
「……来ちゃったね」
雨は、まだ止まなかった。




