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真実汚染 — 陰謀論が現実になった世界で —  作者: 逆位相
第七章 「真実汚染」

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第四話 「拡がる真実」

 クロウの様子がおかしくなったのは、三日前からだった。


 ーーー


 最初は、ただの冗談みたいな会話だった。


【クロウ:なぁ透】


【クロウ:俺って昔北海道住んでたっけ?】


【透:知らないです】


【クロウ:だよな】


【クロウ:でもなんか記憶あるんだよ】


 意味不明だった。


 透はその時、深く考えなかった。


 最近は皆どこかおかしい。


 死者再演。


 認識災害。


 真実化。


 世界そのものが軋み始めている。


 だから。


 少しくらい変なことを言われても、もう驚けなくなっていた。


 だが。


 翌日。


【クロウ:俺、小学生の頃に能力者事件見た気がする】


【透:能力発現最近でしょう】


【クロウ:だよなぁ】


【クロウ:でも覚えてんだよ】


 さらに翌日。


【クロウ:政府地下都市って昔ニュースになってたっけ】


【透:なってません】


【クロウ:だよな】


【クロウ:……だよな?】


 その辺りから、明らかにおかしくなり始めた。


 ーーー


 深夜二時。


 透は暗い部屋でスマホを見ていた。


 最近は眠れない。


 目を閉じるとノイズが聞こえる。


 SNS。


 ニュース。


 掲示板。


 陰謀論。


 見れば見るほど、現実感を持って脳へ入り込んでくる。


 まるで。


「観測した情報」が、直接記憶へ接続されるみたいに。


 その時。


 Discord通知。


【クロウ:通話】


 透は少し迷ってから応答した。


「……なんですか」


 数秒、無音。


 ノイズ。


 荒い呼吸音。


『透』


 クロウの声は掠れていた。


『俺さ』


『もう分かんなくなってきた』


「……何がですか」


『記憶』


 透は黙る。


『俺、小学生の時に能力者研究施設見た気がするんだよ』


『でも能力発現って最近だろ?』


『じゃあ辻褄合わないじゃん』


 乾いた笑い。


 壊れかけた声。


『なのにさ』


『“本当だった感じ”だけ残ってんだよ』


 透の背筋が冷える。


『最近さ』


『ネットで見た話と、自分の記憶の区別つかなくなる』


『逆に、自分の記憶をネットで読んだ気もする』


 ノイズ。


 通話が一瞬歪む。


『違う、俺まだ正常だから』


『ちゃんとメモ取ってる』


『確認してる』


『なのに増えるんだよ』


 紙をめくる音。


 乱雑なキーボード音。


 クロウは必死だった。


 自分自身を維持しようとしている。


 だが。


 それすら、もう崩れ始めている。


『透』


『お前、最近変なことしてないよな?』


「……」


『冗談でもいいから否定してくれ』


 透は答えられなかった。


 ーーー


 翌日。


 クロウは突然配信を始めた。


 久しぶりの雑談配信。


 だが。


 開始数秒で異常だった。


『あー……どうも』


『クロウです』


 画面の向こう。


 隈だらけの顔。


 乾いた目。


 部屋中に貼られたメモ。


 モニターには大量のタブ。


 SNS。


 掲示板。


 都市伝説。


 陰謀論まとめ。


 視聴者コメント。


 まるで。


“情報を浴び続けている”。


 コメント欄。


《顔やば》


《寝てない?》


《大丈夫か》


『なぁ』


 クロウはカメラを見る。


『お前らって、自分の記憶信用できる?』


 コメント欄の流れが少し止まる。


『俺最近さ』


『ガチで分かんなくなってきた』


 クロウは頭を掻く。


『例えばさ』


『政府地下都市』


『能力者収容施設』


『月面基地』


『全部、“昔から知ってた気”がする』


『でも最近までそんな話なかった気もする』


 コメント欄。


《陰謀論見すぎ》


《寝ろ》


《糖質化してる》


《でもちょっと分かる》


『違うんだよ』


 クロウは少し声を荒げた。


『違うんだ』


『“後から記憶が増えてる”んだよ』


 その瞬間。


 配信画面が一瞬ノイズ混じりになる。


 透は自室でその配信を見ていた。


 嫌な予感しかしなかった。


『なぁ』


『お前らも最近、“前から知ってた気がする”こと増えてない?』


 コメント欄。


《ある》


《分かる》


《俺も》


《デジャヴ増えた》


《昔ニュースで見た気がする》


 透の喉が冷える。


 共鳴。


 認識共有。


 視聴者同士が、互いの“真実感”を補強し始めている。


 視聴者が多いほど、認識は強化される。


 コメント欄が、


“事実確認”


として機能してしまう。


 否定も肯定も、


 観測そのものになる。


 そして。


 それがまた“真実化”を加速させる。


 クロウは震える声で笑った。


『ほらな』


『やっぱ俺だけじゃ――』


 突然。


 クロウの動きが止まる。


 数秒。


 無言。


 そして。


『……あれ』


 ゆっくりと、クロウが呟く。


『俺、高校どこだっけ』


 コメント欄がざわつく。


《え?》


《怖》


《演技?》


 クロウは混乱した顔で頭を押さえる。


『いや待って』


『俺サッカー部だったよな?』


『……違う?』


 メモを見る。


 机を見る。


 モニターを見る。


『なんで記録全部違うんだよ』


 コメント欄。


《大丈夫か》


《休め》


《ガチっぽくなってきた》


 透の背中を冷たい汗が流れる。


 クロウはもう、


“自分自身”を維持できなくなり始めている。


『透?』


 突然名前を呼ばれる。


 透は息を止めた。


『見てるんだろ』


『助けてくれ』


 透は立ち上がる。


「……っ」


 だが、その瞬間。


 配信画面の背景が変化した。


 壁に貼られたメモ。


 そこへ、新しい文章が増えている。


【観測者】


【真壁透】


【真実化中心点】


「……は?」


 透の顔色が変わる。


 クロウも壁を見て凍りつく。


『違う』


『これ俺書いてない』


『なんで増えてる』


 コメント欄が爆発する。


《怖すぎ》


《誰か通報しろ》


《演出だろ?》


《真壁透って誰》


《観測者ってマジ?》


《特定班》


 透は息を呑む。


 まずい。


 この配信そのものが、


“観測媒体”になっている。


 視聴者が。


 コメントが。


 認識が。


 全部。


「真壁透=観測者」


を固定し始めている。


 その時。


 クロウがゆっくりカメラを見る。


 焦点の合っていない目。


『透』


『最近さ』


『俺、他人の記憶まで入ってくる』


 ノイズ。


 画面乱れ。


『戦争』


『地下施設』


『能力者実験』


『知らない女』


『雨の日』


『赤い傘』


 透の心臓が止まりそうになる。


 美咲。


『なぁ透』


 クロウは泣きそうな顔で笑った。


『俺、もう“俺”がどれか分かんねぇ』


 その瞬間。


 配信画面が激しく乱れた。


 ノイズ。


 ブラックアウト。


 切断。


 ーーー


 数分後。


 クロウのアカウントは消えていた。


 配信アーカイブも。


 SNSも。


 過去投稿も。


 全部。


 まるで最初から存在しなかったみたいに。


 だが。


 完全には消えていない。


 一部の切り抜きだけ残っている。


 コメントログだけ残っている。


 人によって、


「見た内容」が違っている。


《クロウって誰?》


《いや普通にいたろ》


《最初から存在してなくない?》


《配信タイトルだけ残ってる》


《怖》


 さらに。


 切り抜き動画ごとに、


 クロウの顔が違っていた。


 声も少しずつ違う。


 配信時間すら一致しない。


《クロウって最初から女配信者じゃなかった?》


《いや男だろ》


《そもそもVじゃなかった?》


 存在定義そのものが崩れている。


 トレンド。


【#クロウ消失】


 透はスマホを握り締める。


 呼吸が浅い。


 嫌な汗が止まらない。


 その時。


 背後から声。


「透くん」


 美咲だった。


 静かな声。


 優しい声。


 だが。


 透は初めて、


 その恐怖から目を逸らせなくなった。


 輪郭。


 笑顔。


 存在。


 全部が、


“情報として維持されている”


みたいに見えた。


 記録されることで存在し、


 忘れられることで消える。


 この世界はもう、


“人間”をやめ始めていた。

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