第二話 「神格」
真壁透は、宗教になり始めていた。
ーーー
最初に現れたのは海外SNSだった。
【THE OBSERVER】
白黒加工された透の横顔。
雨。
ノイズ。
赤い瞳みたいに加工された画像。
その投稿は数時間で数百万拡散された。
さらに。
《観測者は世界を正そうとしている》
《既存支配構造を壊す存在》
《認識から解放する救世主》
《虚偽現実を終わらせる神》
そんな言葉が増殖していく。
透本人の意思など関係なく。
“物語”だけが一人歩きしていた。
ーーー
Rain。
窓際席。
透はスマホ画面を閉じた。
「……気持ち悪い」
本音だった。
だが。
胸の奥が熱い。
SNS通知。
止まらない。
【観測者様】
【世界修正】
【新時代】
【救世主】
透は舌打ちした。
「……馬鹿じゃないのか」
だが。
否定しきれない。
誰にも必要とされなかった人生。
誰にも理解されないと思っていた人生。
それが今。
世界規模で“意味”を持っている。
その感覚は、
麻薬みたいだった。
しかも最悪なことに。
透はもう、
「見られる快感」
を覚え始めていた。
ーーー
「真壁くん」
小野寺だった。
疲れ切った顔。
最近ほとんど寝ていない。
それでも彼女は透から目を逸らさない。
本当は怖い。
でも。
真壁透から視線を外した瞬間、
世界そのものが壊れる気がしていた。
「……なんですか」
「状況、理解してる?」
「まぁ」
「全然まぁじゃない」
小野寺はスマホを机へ置く。
そこには海外ニュース。
『THE OBSERVER MOVEMENT』
世界各地で、
「観測者信仰」
が急拡大していた。
内容はバラバラ。
救世主。
革命家。
終末預言。
能力者解放。
陰謀暴露。
だが。
全部の中心に真壁透がいる。
「……知らないですよこんなの」
「でも止まってない」
小野寺は低く言った。
「真壁くん」
「今、“あなたを信じる人間”が増えるほど現実歪曲が強くなってる」
透は黙る。
それはもう理解していた。
観測。
認識。
信仰。
それら全部が、
能力の燃料。
ーーー
その時。
Rain店内テレビ。
速報。
『本日、能力者解放戦線を名乗る武装集団が政府施設占拠』
映像。
銃。
能力者。
旗。
そこへ描かれているマーク。
“目”。
観測者の象徴。
『我々は観測者を支持する!!』
『虚偽の現実を終わらせろ!!』
透の顔色が変わる。
「……は?」
客たちも騒然。
『また観測者関連かよ』
『最近マジで宗教だな』
『怖すぎる』
だが。
SNSでは逆に支持が増えていた。
《政府よりマシ》
《真実暴いてる》
《観測者が世界変える》
《現実を解放しろ》
透は吐き気を覚える。
自分は救世主じゃない。
そんなつもりじゃなかった。
なのに。
世界は勝手に意味を作る。
しかも。
その“意味”が拡散されるほど、
現実側が合わせ始めている。
ーーー
その頃。
世界各地では、
“認識内戦”
が始まっていた。
観測者支持派
反観測者派
能力者至上主義
現実固定主義
人々は、
“どの現実を信じるか”
で対立し始めていた。
ニュースすら一致しない。
国ごとに歴史が違う。
地域ごとに真実が違う。
もう。
「客観現実」
そのものが消え始めている。
ーーー
「透くん」
美咲が静かに言った。
「……なんですか」
「最近、人の目見るの怖くなってない?」
透は少し黙った。
そして小さく笑う。
「まぁ」
「なんで」
「……見られると世界歪むんで」
冗談っぽく言う。
だが。
半分本気だった。
最近は人混みへ行くだけで現実変動が起きる。
視線。
認識。
期待。
恐怖。
全部が世界へ反映される。
美咲は静かに透を見ていた。
落ち着いて見える。
優しく見える。
でも。
その安定感が逆に怖かった。
感情の揺れすら、
“透に都合よく均されている”
ように見えてしまう。
ーーー
その時。
Rain窓の外。
通行人が突然叫ぶ。
「観測者だ!!」
一瞬。
周囲全員が透を見る。
その瞬間。
世界が悲鳴を上げた。
ーーー
空間ノイズ。
窓ガラス歪曲。
信号機が複数色同時点灯。
道路標識文章変化。
人々のスマホ内容同期崩壊。
『え!?』
『なんだこれ!?』
『空が……』
透は頭を押さえる。
ノイズ。
大量の声。
《救世主》
《神》
《革命者》
《化け物》
《世界修正》
その認識が。
“真実”になる。
空が割れる。
雲の裂け目。
巨大な“目”みたいな模様。
誰かが叫ぶ。
「観測者様だ!!」
その瞬間。
模様がさらに固定された。
透の顔色が変わる。
「……やめろ」
だが。
誰も止まらない。
撮影。
拡散。
配信。
観測。
世界中が透を見ている。
そして。
透自身も理解してしまう。
自分が見られるほど、
世界は“自分中心”へ近づく。
ーーー
その時。
白峰零から緊急通信。
《NROより全域警告》
《認識収束率限界突破》
《世界法則維持不能》
さらに。
《真壁透を中心とした神格化現象確認》
透は笑ってしまった。
乾いた笑い。
「……神?」
そんなもの。
一番嫌っていた存在だった。
戦争。
支配。
正義。
力。
全部。
自分は嫌っていたはずなのに。
なのに今。
世界は自分を“絶対存在”へ変えようとしている。
そして。
最悪なのは。
その万能感を、
少しずつ受け入れ始めている自分がいることだった。
ーーー
その時。
美咲が透の手を握った。
温かい。
でも。
本当に存在する温度なのか、透には分からない。
「透くん」
「……」
「もう、世界があなたを普通の人間として見てない」
透は空を見る。
空の裂け目。
巨大な目。
世界中の視線。
そして。
胸の奥に渦巻く、承認欲求。
誰にも認められなかった人間が。
今、
世界から“観測”されている。
その快感を。
真壁透は、完全には拒絶できなかった。




