第二話 「認識市場」
世界は、思ったより早く適応した。
ーーー
人間は恐怖へ慣れる。
そして。
利用できると分かった瞬間、それを消費し始める。
死者再演も。
真実化も。
結局は同じだった。
ーーー
朝。
透はスマホを見ながら、乾いた笑いを漏らした。
《この画像を拡散すると現実化します》
《能力者政府隠蔽説まとめ》
《“観測者”に狙われました》
《今この投稿を見た人、記憶を書き換えられてます》
「……地獄かよ」
SNSは完全に壊れていた。
いや。
むしろ。
“人間の本性”が可視化されただけなのかもしれない。
誰も彼もが、
「自分の信じたい真実」
を拡散していた。
そして。
最悪なことに。
最近はそれが本当に現実へ影響し始めている。
ーーー
ニュースアプリ。
【大手俳優、能力者差別発言か】
透は記事を開く。
動画付き。
確かにそう聞こえる。
だが。
コメント欄を見ると内容が食い違っていた。
《いや切り抜きだろ》
《最初と動画違わない?》
《字幕変わってる》
《昨日と発言内容違うぞ》
透は眉をひそめる。
再生。
数秒後。
確かに発言が変わった。
「……は?」
透は動画を見直す。
今度は微妙にニュアンスが違う。
まるで。
“世論側”へ調整されている。
その時。
ノイズ。
視界が揺れる。
「っ……」
頭痛。
最近、頻度が明らかに増えていた。
透はスマホを伏せる。
すると。
向かい席から声。
「また痛む?」
美咲だった。
大学近くのカフェ。
最近ここばかり来ている。
「……大丈夫です」
「大丈夫そうな顔じゃない」
「元からです」
「それ便利だね」
美咲は少し笑う。
透は目を逸らした。
最近。
彼女の笑顔を見るたび不安になる。
優しい。
自然。
なのに。
時々、
“誰かが、美咲を演じている”
ように見える。
ーーー
「透くん」
「なんですか」
「最近、“観測者”って言葉広まってるね」
透は少し顔をしかめる。
最近ネットで急増している単語。
【観測者】
認識を現実へ固定する存在。
真実災害の中心人物。
都市伝説。
陰謀論。
だが。
透は笑えない。
「……ただのネットのおもちゃでしょう」
「そうかな」
美咲は窓の外を見る。
雨。
相変わらず止まない。
「皆、本当はもう気づき始めてる気がする」
「……」
「真実って、“正しいもの”じゃなくて」
「“信じられたもの”なんだって」
透は黙る。
否定できなかった。
今の世界では、
「事実」
より、
「観測された回数」
の方が強い。
ーーー
大学構内。
大型モニター前。
人だかり。
配信者が映っていた。
『皆さん聞いてください』
『政府は能力者を秘密裏に管理しています』
『これは内部告発です』
コメント欄高速スクロール。
《うおおお》
《証拠きた》
《やっぱり》
《拡散しろ》
透は立ち止まる。
画面の資料。
どこかで見覚えがある。
いや。
“ありそうな内容”だった。
その瞬間。
透の頭へ映像が流れ込む。
白い施設。
拘束椅子。
実験。
能力測定。
「――っ」
透は頭を押さえる。
まただ。
知らないはずの光景。
なのに。
「本当にあった気」がする。
周囲の学生たちが騒ぎ始める。
『マジなんじゃね?』
『政府ならやりそう』
『怖……』
そして。
透は見てしまう。
配信画面の資料。
数秒ごとに内容が増えている。
写真。
署名。
施設番号。
“証拠”が補完されていく。
まるで。
観測されるほど現実へ近づくみたいに。
「……終わってる」
透は小さく呟いた。
その時。
モニター画面が一瞬だけ乱れる。
ノイズ。
そして。
数フレームだけ、
黒い人影が映った。
フード姿。
顔は見えない。
だが。
透の背筋が凍る。
その輪郭は、
自分に似ていた。
ーーー
その日の夜。
クロウから通話が来た。
だが。
様子がおかしかった。
『透』
「……なんですか」
『お前さ』
『最近、自分の記憶って信用できる?』
透は黙る。
『俺さ』
ノイズ。
息遣い。
『昔読んだ陰謀論と、自分の記憶の区別つかなくなってきた』
「……」
『政府地下都市って本当にあったっけ?』
『月面基地は?』
『能力者戦争は?』
透の背筋が冷える。
『分かんねぇんだよ』
『全部、“ありそう”で』
クロウの笑い声は乾いていた。
『今のネットさ』
『バズった方が真実になる』
「……」
『終わってるよな』
透は何も言えなかった。
なぜなら。
その原因が自分だと、もう薄々気づいていたから。
ーーー
深夜。
透は部屋でSNSを見続けていた。
やめられない。
見れば見るほど、
“真実が生成されていく”。
都市伝説。
陰謀論。
暴露。
政治。
全部。
観測されるたび、
輪郭を得ていく。
そして。
透はある投稿を見つける。
《能力者災害の元凶、“観測者”は実在する》
添付画像。
ぼやけた写真。
フード姿の男。
顔は見えない。
だが。
透は息を止める。
「……俺?」
次の瞬間。
投稿が爆発的に拡散され始めた。
リポスト。
考察。
切り抜き動画。
“観測者まとめWiki”。
そして。
頭の奥で、
“何かが固定される音”
がした。
ノイズ。
視界の揺れ。
脳裏へ流れ込む大量の認識。
《観測者は現実を書き換える》
《死者再演の犯人》
《世界崩壊の中心人物》
《正体は大学生らしい》
知らない情報が、
“事実”として侵入してくる。
透は呼吸を乱しながらスマホを落とした。
窓の外。
雨。
スマホ通知。
増え続ける閲覧数。
その中心で。
真壁透は初めて恐怖する。
「皆が俺を“観測者”だと信じたら……」
ノイズ。
照明が明滅する。
そして。
部屋の暗がりから、美咲の声。
「もう、“なり始めてる”よ」
透の呼吸が止まった。




