第三話 「矛盾観測者」
最初に違和感へ気づいたのは、小野寺梓だった。
ーーー
教室。
休講続きで人の少ない講義棟。
窓際の席で、小野寺はスマホ画面を睨んでいた。
SNS。
ニュース。
掲示板。
全部がおかしい。
いや。
「おかしくなっている途中」
だった。
記事を開くたび内容が変わる。
動画の発言が微妙に違う。
コメント欄の空気が数分単位で反転する。
だが。
一番異常なのは、
周囲の人間がそれを気にしていないことだった。
「……なんで誰も違和感ないの」
小さく呟く。
隣席の学生が振り返る。
「何が?」
「いや、この記事」
「普通じゃん」
普通。
その言葉が怖かった。
小野寺には見えていた。
記事の文章が、
“増殖”
している。
最初は三行だった。
数分後には内部証言が追加。
さらに画像。
さらに証拠。
まるで。
「信じられるほど補完されていく」。
ーーー
小野寺は昔から“違和感”へ敏感だった。
誰かの嘘。
空気。
話の矛盾。
それらが妙に引っかかる。
超能力発現後、それはさらに悪化した。
最近では、
“認識のズレ”
そのものが見える。
例えば。
ある人間が、
「昨日と違う記憶」
を持っている時。
小野寺にはそれが分かる。
ノイズみたいに。
歪みみたいに。
現実の継ぎ目みたいに。
そして。
今、世界中にそのノイズが広がっていた。
ーーー
小野寺はスマホを閉じる。
思い出すのは、真壁透だった。
無気力。
皮肉屋。
どこか他人へ線を引いている男。
だが。
最近の透は明らかにおかしかった。
そして。
“透の周囲だけ矛盾が増える”。
美咲。
死者再演。
認識修正。
全部。
繋がり始めていた。
「……まさかね」
小野寺は立ち上がる。
だが。
その直後。
教室後方のテレビが突然点いた。
『速報です』
『本日未明、都内地下にて能力者監禁施設が発見されました』
教室がざわつく。
『うわ』
『マジじゃん』
『陰謀論本当だったの?』
映像。
地下施設。
拘束具。
白衣。
透が以前見た“幻視”と酷似していた。
小野寺は画面を見つめる。
その瞬間。
“ズレ”
が見えた。
映像の奥。
壁の構造。
施設番号。
途中で変わっている。
編集じゃない。
現実側が補完している。
「……っ」
小野寺は息を呑む。
その時。
背後から声。
「小野寺さん」
振り返る。
透だった。
フード姿。
眠そうな目。
だが。
顔色が異常に悪い。
「……真壁くん」
「何見てるんですか」
「ニュース」
「……あぁ」
透はテレビを見る。
一瞬。
その瞳にノイズが走った。
小野寺は見逃さなかった。
その瞬間。
映像側が変化した。
拘束人数。
資料。
施設名。
全部。
“透が納得できそうな方向”へ。
小野寺の背筋が冷える。
「……真壁くん」
「なんですか」
「最近さ」
透は無表情で振り向く。
「“見たものが現実になってる”って思ったことない?」
沈黙。
教室の空気が止まる。
透は数秒黙った後、笑った。
「……陰謀論みたいですね」
「冗談じゃない」
「……」
「私、見えるの」
小野寺は低く言う。
「矛盾が」
透の目が微かに揺れた。
「ニュースも」
「SNSも」
「人の記憶も」
「全部、どこかで繋ぎ直されてる」
透は何も言わない。
だが。
小野寺には分かった。
動揺している。
「……真壁くん」
「なんですか」
「これ、あなたが原因なんじゃないの」
空気が凍る。
数秒。
透は小さく笑った。
「……買い被りすぎですよ」
「本当に?」
「俺はただの留年大学生です」
「でも」
小野寺は透を見る。
「真壁くんの周囲だけ、“現実が迎合してる”」
その瞬間。
教室照明が明滅した。
ノイズ。
透の頭痛。
「っ……」
透は壁へ手をつく。
そして。
一瞬だけ。
小野寺には見えた。
透の背後。
“大量の視線”。
SNS。
ニュース。
世論。
陰謀論。
人々の認識。
それら全部が、
真壁透へ収束している。
まるで。
「世界が彼を中心に再定義されている」
みたいに。
小野寺は確信する。
この男は危険だ。
だが同時に。
誰より壊れかけている。
透は息を整えながら言う。
「……小野寺さん」
「なに」
「もし本当に、俺が原因だったとして」
透は自嘲気味に笑う。
「じゃあ、どうしろって言うんですか」
小野寺は答えられなかった。
なぜなら。
もう世界は、真壁透を“観測者”として認識し始めている。
そして認識は、
既に現実へ侵食を始めていたからだ。




