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真実汚染 — 陰謀論が現実になった世界で —  作者: 逆位相
第六話 「死者再演」

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第一話 「再記録」

 最初は、ただの違和感だった。


 ーーー


 朝。


 透は布団の中でスマホを見つめていた。


 昨夜から、ほとんど眠れていない。


 脳の奥が熱い。


 常に誰かへ“観測”され続けているような感覚。


 そして。


 通知欄の一番上。


【雨宮美咲】


『久しぶり、透くん』


「……」


 透は無言のまま画面を見る。


 昨日まで存在しなかったアカウント。


 プロフィール画像。


 投稿履歴。


 全部ある。


 しかも。


 三年前から。


「……ありえない」


 震える指でプロフィールを開く。


《大学つかれた》


《雨の日嫌い》


《透くんまたゲームしてる》


 何気ない投稿。


 食事。


 風景。


 カフェ写真。


 そこには、当たり前みたいに自分が写っている。


 知らないはずの“思い出”。


 透の呼吸が浅くなる。


 だが。


 奇妙なことに。


 見れば見るほど、“本当に存在していた気”がしてくる。


 文体。


 句読点の癖。


 笑い方。


 怒り方。


 全部、想像できる。


 いや。


 “思い出せそう”になる。


「……やめろ」


 透はスマホを伏せる。


 怖かった。


 記録が現実を侵食してくる。


 違う。


 侵食されているのは、自分の記憶の方だ。


 美咲の存在を、自分はずっと忘れていた。


 いや。


 忘れようとしていた。


 事故を思い出しかけるたび、頭の奥で何かが拒絶して。


 感情ごと押し潰して。


 気づけば、“思い出さないこと”が自然になっていた。


 そのはずなのに。


 今は逆だ。


 世界の方が、無理やり思い出させようとしてくる。


 ーーー


 大学。


 講義室へ入った瞬間、透は足を止めた。


「……は?」


 窓側後方。


 そこに、一席だけ空席がある。


 ただの空席。


 なのに。


 周囲の空気が妙に自然だった。


『今日も休みかー』


『雨宮って最近見なくね?』


『またサボり?』


 透の心臓が強く跳ねる。


「……」


 誰も違和感を持っていない。


 まるで。


 “最初からそこにいた人間”みたいに。


 透は無意識に席へ近づく。


 机。


 教科書。


 ペン。


 学生証。


 全部存在している。


 そして。


 学生証の名前。


【雨宮 美咲】


「っ……」


 透は思わず後退る。


 その時。


 ふわりと、甘い匂いがした。


 雨上がりみたいな。


 柔らかい香水の匂い。


 知らない。


 はずなのに。


 透の脳裏へ、“隣で笑う少女”の感覚が流れ込む。


『透くんまた寝不足?』


「……ぁ」


「真壁くん?」


「あ……」


 小野寺だった。


「どうしたの?」


「……これ」


 透は空席を見る。


「雨宮って……誰ですか」


 小野寺は不思議そうな顔をした。


「え?」


「同じ学科じゃん」


「……」


「ほら、前一緒にレポートやってたじゃん」


 透は何も言えない。


 知らない。


 そんな記憶はない。


 なのに。


 小野寺の口調には、一切の疑いがなかった。


『雨宮さん最近見ないよね』


『また体調崩してるのかな』


『あの子、昔から雨の日弱いし』


 自然すぎる会話。


 誰一人として疑っていない。


 透だけが、世界から置き去りにされていた。


 ーーー


 講義中。


 透は内容をほとんど聞いていなかった。


 気になるのは、後方の空席だけ。


 誰も座っていない。


 でも。


 誰も“空席扱い”していない。


 その異常さが気持ち悪かった。


 その時。


 視界が揺れる。


「っ――」


 映像。


 教室。


 笑い声。


 窓を叩く雨音。


 雨宮美咲。


 透へ笑いかける。


『また英語落とすよ?』


 周囲の笑い声。


 カフェラテの匂い。


「……ぁ」


 知らない記憶。


 でも。


 感情だけが妙にリアルだった。


 懐かしい。


 苦しい。


 失いたくない。


 その瞬間。


 透は気づいてしまう。


 この“感情”が、現実を固定している。


 自分が“雨宮美咲を失いたくない”と思うほど。


 世界は彼女を補完していく。


 ーーー


 昼休み。


 透は逃げるように食堂へ向かった。


 だが。


 そこでさらに異変を見る。


「……は?」


 掲示板。


 学園祭実行委員一覧。


 その中。


【雨宮 美咲】


「……っ」


 透はスマホを取り出し、大学ポータルを開く。


 学生検索。


【在籍確認済】


【工学部三年】


「……なんで」


 存在している。


 完全に。


 記録上では。


 その時。


 後ろから女子学生たちの会話が聞こえた。


『雨宮さんって美人だよね』


『なんか儚い感じする』


『でも最近見なくない?』


 透は振り返る。


「……顔、覚えてるんですか」


 思わず聞いていた。


「え?」


 女子学生は少し困った顔をした。


「うーん……」


「なんか覚えてるような?」


「でもちゃんと思い出せないかも」


 透の背筋が冷える。


 存在は認識されている。


 だが。


 細部が曖昧。


 まるで。


 世界が“必要最低限の整合性”だけで無理やり成立させているみたいだった。


 ーーー


 帰宅後。


 透は部屋へ閉じこもっていた。


 机の上にはアルバム。


 スマホ。


 大学資料。


 全部に“雨宮美咲”が存在している。


 写真はさらに増えていた。


 LINE履歴まで生成されている。


『今日の講義だるかったね』


『また英語サボったでしょ』


 自然すぎる文章。


 自然すぎる関係。


 なのに。


 透の頭には何も残っていない。


 だが。


 読み返すほど、“本当にあった記憶”へ変わっていく。


 美咲の笑い声。


 雨の日に袖を掴まれた感触。


 カフェで向かい合った時間。


 存在しないはずの思い出が、自分の中へ入り込んでくる。


「……俺が」


 掠れた声が漏れる。


「作ってるのか……?」


 その瞬間。


 スマホが震えた。


【雨宮美咲】


『今日、会える?』


 透の呼吸が止まる。


 数秒。


 指が動かない。


 怖い。


 おかしい。


 全部、壊れている。


 なのに。


 会いたいと思ってしまった。


 その感情が、一番危険だった。


 次の瞬間。


 勝手に返信していた。


【透:どこで】


 既読。


 すぐ返信。


『いつもの場所』


 その言葉と同時に。


 透の脳裏へ、“存在しないはずの記憶”が流れ込む。


 雨の日。


 カフェ。


 窓際席。


 赤い傘。


 笑う少女。


 そして。


 そこが、あの“消えたラーメン屋跡地”だと理解してしまう。


「……っ」


 透はスマホを握り締める。


 恐怖。


 困惑。


 罪悪感。


 なのに。


 胸の奥には、どうしようもない期待があった。


 ――もう一度、会える。

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