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真実汚染 — 陰謀論が現実になった世界で —  作者: 逆位相
第五章 「認知改変」

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第三話 「空席」

 透は、しばらく動けなかった。


 アルバム。


 最後のページ。


 そこに写っていた少女。


 黒髪。


 細い肩。


 赤い傘。


 そして。


 どこか寂しそうな笑顔。


「……」


 透は無言で写真を見つめる。


 知らない。


 はずだった。


 けれど。


 胸の奥が痛い。


 ただの違和感じゃない。


 もっと深い場所が軋むような痛み。


 写真の中の透は、中学生くらいだった。


 隣に少女がいる。


 自然すぎる距離感。


 肩が触れそうなくらい近い。


 まるで。


 “昔からずっと一緒にいた”みたいに。


「……雨宮、美咲」


 口が勝手に名前を呟く。


 その瞬間、胸が強く締め付けられた。


 知っている。


 この名前を。


 本当は、ずっと。


 ただ最近、“思い出そうとするたびに抜け落ちていた”。


 事故の断片を思い出しかけるたび、頭がノイズみたいに拒絶する。


 気づけば、また曖昧になる。


 そういうことが、能力を得てから何度も起きていた。


 ーーー


「母さん」


 リビング。


 夜。


 透はアルバムを持ったまま立っていた。


「んー?」


 母・由紀はテレビを見ながら適当に返事する。


「これ」


 透は写真を指差す。


「……美咲のこと、覚えてる?」


 母はアルバムを覗き込み、何の迷いもなく答えた。


「何よ急に」


 少し困ったように笑う。


「覚えてるに決まってるでしょ」


 透の喉が詰まる。


「……」


「昔、あんた毎日のように一緒にいたじゃない」


 母の声は自然だった。


 “当たり前の話”をしている口調。


「事故の後、あんた全然喋らなくなったし」


「……」


「学校もしばらく休んでたじゃない」


 透は何も言えなかった。


 断片だけは、思い出せる。


 葬式。


 雨。


 静かな教室。


 けれど。


 そこから先へ踏み込もうとすると、脳が拒絶する。


 能力を使い始めて以降、その症状は酷くなった。


 事故を思い出す。


 頭痛が走る。


 気づけば記憶が霧散している。


 まるで。


 “思い出すこと自体”を、何かが阻止しているみたいに。


「……俺」


 透は掠れた声を漏らす。


「なんで、最近ずっと忘れてたんだ」


 母は少しだけ黙った。


 そして。


「忘れたいことって、人間あるから」


 静かに言った。


 その言葉が、胸へ深く刺さる。


 ーーー


 深夜。


 透はベッドへ座り込みながら、写真を見つめていた。


 雨宮美咲。


 幼馴染。


 2020年12月22日。


 轢き逃げ事故。


 知っている。


 本当は。


 全部、知っている。


 ただ。


 最近は思い出そうとするたび、記憶が削れていた。


 Rainで赤い傘を見た時も。


 夢を見た時も。


 SNSで断片を見た時も。


 一瞬だけ思い出し、すぐ霧散する。


 今までは、それを“疲れているだけ”だと思い込んでいた。


「……なんなんだよ」


 透は額を押さえる。


 すると。


 突然、視界が揺れた。


「っ――」


 映像。


 雨。


 交差点。


 濡れたアスファルト。


 赤信号。


 赤い傘。


 少女。


『透くん』


「――っ」


 声。


 確かに聞こえた。


『また、ひとりで抱え込んでる』


「……ぁ」


 透は息を呑む。


 少女が振り返る。


 黒髪。


 赤い傘。


 優しい目。


 高校生くらいの姿。


 そして。


 次の瞬間。


 轟音。


 ライト。


 ブレーキ音。


 血。


「――っ!!」


 透は反射的に目を閉じる。


 映像が途切れる。


 呼吸が乱れる。


 全身が震えていた。


「……事故」


 掠れた声が漏れる。


 死んだ。


 美咲は、あの日。


 その確信だけが残る。


 なのに。


 最近は、妙に“近い”。


 夢。


 Rain。


 赤い傘。


 SNS。


 世界中で、“彼女の断片”が増殖している。


「……なんで」


 透は写真を見る。


 すると。


 違和感に気づく。


「……空いてる?」


 美咲の隣。


 不自然な空間。


 まるで。


 “誰かが消えた”みたいな空席。


 その瞬間。


 頭の奥へ激しいノイズが走る。


『観測が足りない』


『存在が固定されていない』


『認識を補完しろ』


「っ……!」


 透は耳を塞ぐ。


 頭痛。


 吐き気。


 最近どんどん酷くなっている。


 その時。


 スマホが震えた。


【クロウ:おい】


【クロウ:お前今ヤバいだろ】


【透:……何がですか】


【クロウ:知らねぇけど】


【クロウ:さっきから“赤い傘の女”の話がまた増えてる】


 透の背筋が凍る。


【透:は?】


【クロウ:夢共有】


【クロウ:事故】


【クロウ:Rain】


【クロウ:皆同じワード言ってる】


「……」


 透はスマホを握り締める。


 嫌な予感しかしない。


 SNSを開く。


《最近変な夢見る》


《赤い傘の女の子》


《Rainって店、昔から知ってた気がする》


《なんで泣いてたんだろ》


 大量に増えていた。


「……なんで」


 透は掠れた声を漏らす。


 自分の見た記憶が。


 世界へ漏れている。


 いや。


 違う。


 もっと恐ろしい可能性が頭を過る。


「……俺が」


 もし。


 自分が“観測”することで現実が固定されるなら。


 今。


 美咲は。


 “存在を取り戻し始めている”のではないか。


 透が記憶を掘り起こしたことで。


 何度も忘れかけていた彼女の存在が、再び世界へ定着し始めている。


 その瞬間。


 窓ガラスへ、


 赤い傘を差した少女が映った。


『やっと』


 透の呼吸が止まる。


『思い出してくれた』


 振り返る。


 誰もいない。


 だが。


 窓ガラスの反射だけに、


 少女は確かに立っていた。


 そして。


 透は初めて理解する。


 雨宮美咲は、ただの“死者”じゃない。


 自分が忘れかけるたび曖昧になり、


 思い出すたび再び世界へ滲み出してくる、“観測された存在”なのだと。

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