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真実汚染 — 陰謀論が現実になった世界で —  作者: 逆位相
第五章 「認識改変」

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第一話 「"既視"」

 違和感は、本当に些細なものから始まった。


 ーーー


 大学帰り。


 透はいつもの商店街を歩いていた。


 夕方六時過ぎ。


 薄暗い空。


 雨が降りそうな湿った風。


 どこにでもある帰り道。


 そのはずだった。


「……ん?」


 透は足を止める。


 視線の先。


 そこにあるはずのラーメン屋が消えていた。


「は?」


 思わず声が漏れる。


 古びた赤看板。


 油臭い暖簾。


 愛想の悪い店主。


 留年してから妙に通うようになった店。


 それが。


 跡形もなく消えていた。


 代わりにあるのは、小綺麗なカフェ。


【Cafe Rain】


「……いや」


 透は眉をひそめる。


 そんなはずない。


 昨日も通った。


 確かにあった。


 透は周囲を見回す。


 通行人は普通に歩いている。


 誰も違和感を持っていない。


「……工事?」


 だが。


 建物は新品じゃない。


 看板も少し古びている。


 まるで。


 “最初からここにあった”みたいに。


 透は無意識に店内を覗く。


 知らない店員。


 知らない客。


 知らない空間。


 でも。


 何故か妙な既視感があった。


 窓際席。


 雨粒。


 白いマグカップ。


 そして。


 赤い傘。


「……っ」


 胸がざわつく。


 知らないはずなのに。


 懐かしい。


 そんな感覚だけが先に来る。


 その瞬間。


 脳の奥が揺れた。


「っ――」


 映像。


 雨。


 笑い声。


 窓際席。


 赤い傘を持った少女。


 こちらを振り返る横顔。


 だが。


 顔だけが、どうしても思い出せない。


「……ぁ」


 透は息を呑む。


 映像はすぐ消えた。


 残ったのは、説明できない喪失感だけだった。


 胸の奥が、ゆっくり軋む。


 まるで。


 忘れてはいけない何かを、自分だけが取りこぼしているみたいに。


「……気持ち悪」


 掠れた声で呟く。


 空を見る。


 灰色の雲。


 雨が来そうだった。


 ーーー


 帰宅後。


 透は真っ先にスマホを開いた。


 地図アプリ。


 店情報。


 検索。


【Cafe Rain 営業開始 三年前】


「……は?」


 透は固まる。


 口コミ。


 写真。


 投稿。


 全部ある。


 三年前から。


 ラーメン屋の痕跡はどこにもない。


「……嘘だろ」


 SNS検索も試す。


 だが。


 何も出ない。


 昔の写真。


 位置情報。


 全部。


 “カフェだったこと”になっている。


「……なんだよこれ」


 嫌な汗が流れる。


 世界の方が正しい。


 記録も。


 写真も。


 地図も。


 全部そう言っている。


 じゃあ。


 間違っているのは誰だ?


 その時。


 Discord通知。


【ユウ:なぁ】


【ユウ:駅前のゲーセン潰れた?】


 透の心臓が止まりそうになる。


【透:……は?】


【ユウ:いや】


【ユウ:俺あそこ昔行った記憶あるんだけど】


【ユウ:今見たら最初から銀行なんだが】


 透は無言でスマホを見つめる。


 自分だけじゃない。


 ーーー


 翌日。


 大学。


 透は妙に落ち着かなかった。


 講義中も集中できない。


 ノートを開いても文字が頭へ入ってこない。


 代わりに。


 違和感だけが積み重なっていく。


「……」


 教室後方。


 壁の掲示物。


 透はそこを見て固まった。


 サークル勧誘ポスター。


 去年まで存在しなかったはずの団体。


【認識科学研究会】


「……なんだこれ」


 透は小さく呟く。


 そんなサークル、見たことがない。


 だが。


 周囲の学生は普通に話している。


『あそこ最近人増えてるらしい』


『観測酔い研究してるとか』


『なんか怖くね?』


 透はポスターへ近づく。


 内容。


【“違和感”を覚えたあなたへ】


【現実認識のズレについて研究しています】


 その瞬間。


 視界が揺れた。


「っ――!」


 映像。


 大量のノート。


 壁一面の写真。


 赤線。


 監視カメラ映像。


 そして。


 無数の“修正跡”。


『現実は常に補完される』


 知らない声。


『矛盾は消される』


 ノイズ。


『認識が現実を固定する』


「……っ!」


 透は反射的にポスターから離れた。


 呼吸が乱れる。


 最近、能力の発動条件が近すぎる。


 関連情報へ触れただけで流れ込んでくる。


 しかも。


 前より“知らない情報”が増えていた。


 その時。


「真壁くん?」


「あ……」


 小野寺だった。


「どうしたの?」


「……いや、別に」


 透は目を逸らす。


 小野寺はポスターを見る。


「あー、認識研?」


「知ってるんですか」


「うん。有名だよ?」


 透の空気が止まる。


「……前から?」


「え?」


「そのサークル、前からありました?」


 小野寺は不思議そうな顔をした。


「一年くらい前からじゃない?」


「……」


「結構話題だったじゃん」


 透は何も言えなかった。


 知らない。


 そんな記憶、自分にはない。


 なのに。


 周囲は“最初から存在した”と言う。


 その瞬間。


 透の脳裏へ、クロウの言葉が蘇る。


『観測されるほど、現実は強くなる』


「……まさか」


 透は小さく呟く。


 もし。


 世界が“認識”で補強されているなら。


 矛盾した記憶は、


 少数派から消えていくのではないか。


 その時。


 ふと。


 透はガラス窓へ映った自分を見る。


 疲れた顔。


 眠そうな目。


 そして。


 一瞬だけ。


 その背後へ、


 赤い傘を差した少女が立っていた。


「――っ!」


 透は反射的に振り返る。


 だが。


 誰もいない。


 教室のざわめきだけが響いている。


 けれど。


 微かに。


 雨の匂いだけが残っていた。


「……なんだよ」


 透は掠れた声で呟く。


 心臓が嫌な音を立てていた。


 怖いはずなのに。


 どこかで。


 会いたかった、と思ってしまった自分がいる。


 その感情が、一番恐ろしかった。


 そして。


 透はまだ理解していなかった。


 “世界が変わっている”のではない。


 世界は既に、


 透が忘れられなかった記憶へ引き寄せられ始めているのだということを。

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