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魔導列車計画(1)

 こんど新宿で飲もうと言われたら新宿駅周辺のどこかで待ち合わせをする状況を想像するだろう。

 では東京で飲もうと言われたらどうか。東京のどこだよ、と思われるだろう。

 地名としての東京は東京都を指すし、東京市の名残なのか都区部を指して東京ということもあるだろう。


 東京駅周辺を指し示す適当な呼称が無いのだ。

 周囲には大手町、丸の内、日本橋、銀座といったそうそうたる地名が並ぶが、そのどれもが東京駅の周辺という意味合いでは用いられない。


 大阪駅も似たような条件であるはずだが混乱は少ないように思われる。

 『あっこらへんを大阪とはゆわんわな。あっこは梅田や』

 さらに明快に、駅周辺を意味する地名をつけてしまったケースもある。

 『だもんで、あのらへんをまるっと名駅いうんだがね』


 今でこそ日本鉄道網の原点のように扱われている東京駅だが、実は開業はかなり遅かったというあたりにその原因がある、という仮説はどうだろうか。

 駅を中心に街が広がっていったのではなく、繁華街の至近に後からドカッと建造された駅なのだ。


 最初の鉄道は1872年の新橋-横浜間だ。

 開国後に貿易と外交の玄関口となった桜木町から、江戸の玄関口(ちなみに俺は高輪ゲートウェイという駅名を認めていない)を入った先の築地居留地までを結ぶルートだ。


 その次に首都圏で建設されたのは上野-熊谷間の高崎線だ。

 北関東で生産した生糸を運び出して、鉄道網拡充等に必要な外貨を得るためだ。

 そのときの理想形としてはもちろん高崎から横浜までの直通運転だったはずだ。

 日本の大動脈たる東海道と、もう一本の大動脈である中山道の()()結合だ。


 ところがこれがどうにも繋がらない。

 物流と交通の起点であり日本一の繁華街であった日本橋近辺を蒸気機関車で突っ切るなど簡単であるはずが無い。

 そこで新宿経由で品川方面にバイパスする埼京線ルートを開通させる。

 貨物経路は一旦それでよいとして、旅客需要はどうするか。

 上野から新橋に行く人はぐるっと新宿を回ってきてくださいというのも情け無いし、都市内交通は軌道馬車や路面電車に任せて列車開通は断念するというのも不甲斐無い。


 結局その間の直通が実現したのは鉄道開業から実に半世紀を経た1925年となる。

 格子状街区を斜めにブチ抜かれた神田駅周辺の異様を見れば当時の苦労が窺えるだろう。


 その後1960年代には高崎から東京駅経由で横浜方面に抜ける旅客列車がわずかながら運行された期間もあったのだが、これは程なく廃止となってしまう。東北新幹線に建設用地を明け渡すためだ。

 そこからさらに半世紀を下って2015年、上野東京ラインの開通によってようやく日本の鉄道開闢以来の、あるいはその当時の悲願がひっそりと完成されることになった。



「ご機嫌よう、セイト親方」

 俺はこの王立魔道研究所の重鎮であるラッセル・アークライト博士のことを本気で尊敬している。

 最初に会ったときには純護樹人(エルフ)というのはここまで洗練された人種なのかと感心したのだが、その後徐々にどうもこの人物個人の智力や人格が最上級なだけらしいと解ってきたからだ。

 いや智力というならばあっちの博士(ドクター)のそれも相当なのだが、あの人はもう一方の要素のほうが、その、そこまで評価できるかというと、その。


「やはり軌道馬車の魔動力化で行くことにしましたよ!」

 新河川港から南に伸びる馬車軌道を保有するアイリスギルレイルウェイ社の合意が取り付けられそうだという。

 そして王都運送組合(ギルド)の下部組織で、軌道荷馬車の運行業務を管理する『シェアウッド・トランスポート』のほうも条件付ではあるがOKらしい。

 この人の交渉能力はどうなってるんだ?


 つまりこれは先日調査したアイリスギル廃窟で採集できるであろう空間魔力の活用用途の話だ。


 魔導貨物列車か……。

 望むところではあるが問題もある。

 一両編成の路面電車ですら確か200kW出力とかだぞ。2.5W程度の出力しかない魔力採集ユニットだったら数万単位で用意する必要があるんじゃないのか。


「いや、私の試算ではそこまでの数にはならないかと。現にセイト親方の魔動力車でもですね、」

 そうだった、地球の電車を再現する必要は無いのだった。軽トラックの軌陸車で十分なのか。

 軽自動車は64馬力だ。これは47kWになるから魔力採集ユニットを一万八千、いや違うな。どこまでも地球の科学を基準にしたがる自分に(あき)れる。

 現状で二頭立ての馬車で行っている業務を魔動力で置き換えればいいのだから、二馬力の1.5kW出力で代替できるはずだろうに。


 アークライト博士は廃窟の第四階層に縦横32ユニット程度の敷設を想定しているようだ。

「つまり計1024個で425Wということになります」

 これは俺が勝手に制定した魔力単位を博士も採用しているというわけではない。俺と話を合わせるためだけにそれを理解して習得して使ってくれているというだけだ。

 脳みその余力が凡人とは違うのかもしれない。


 1弊工房ワットは6.02地球ワットだから約3.5馬力か。原付スクーター程度になるな。博士の計算の妥当性の高さよ。

 この魔力を使って動かせる魔導貨物車両の叩き台を提案せよというのが今回の俺のお役目というわけだ。


 まずシェアウッド・トランスポート側の条件というのは、現状の運行業務を中断せずに工事を行うことと、従来の軌道馬車との混在が支障なく出来ることだそうだ。

 これによりある程度の仕様が既定となる。

 当然だが軌間は変更できない。

 路線の始点と終点は小さいループ構造になっているから、あまり長い車体ではそのカーブを曲がって折り返すことが出来ない。

 走行速度は馬車と同じ程度でないと運行が滞ってしまうので、速度向上で輸送効率を稼ぐ作戦は採れない。


 そしてアイリスギルレイルウェイ社側のほうは、工事に際して線路の更新を検討してもよいと言っているらしい。魔道研究所から補助金を出せるからだ。

 現状のレールは木製の角材の上面に鉄板が貼り付けられただけの簡素なものだ。

 この鉄板では厚さが足りないためか反りが発生し易く、また鉄輪のフランジが接触する内側の側面の磨耗も激しい。

 これを更新するというのは、中都ま(ベオルマン)での街道沿いに敷設工事中である新軌道の方式に置き換えるということだ。

 そちらのほうも軌間は同じだが、より厚い鉄でレールの上面と内側を覆うL字アングルが採用されている。しかもその規格の素晴らしいところは、レール同士が斜めに接合する伸縮継目となっている点だ。ガタンゴトンというジョイント音を軽減するための工夫だ。


 まずは魔力伝達方式を決めるべきだろう。

 といっても架線とパンタグラフのような面倒な方式にする必要性は無い。

 魔力では感電はしないからだ。


 そもそもなぜ電気は危険なのか。

 生体は微弱な電気信号で制御されているからだ。

 ただしそれは制御方式として電信を採用しているだけであって、動力エネルギー源としているわけではない。エネルギー源はブドウ糖や酸素だ。

 つまり動力源となりえるような大電流に耐えられるようには出来ていない一方で、外部からの微弱電流によってはいとも簡単に制御を撹乱されてしまう性質を持つわけだ。

 翻って魔力のほうは、不用意に身体に流れたとしても心拍や呼吸を止めてしまうようなことにはならない。せいぜい身体強化を乱す程度だ。むしろ魔力は身体強化に利用されるエネルギー源なのだから、身体のほうもそれ相応の大きさの魔力流に耐えられるように出来ているのだ。


 であれば魔力線を敷いてそれを正極(センド)として、レール側を負極(リターン)とする第三軌条方式でよいだろう。

 勝手踏切がいくらでもある半ば併用軌道のような運用状態だから、地下鉄のような側方に軌条を追加する方式は難しいか。

 となると二本のレールの間に魔力出力ポイントを埋め込むメルクリン方式がよいかもしれない。


「レールのそれぞれをセンドとリターンにするのではないのですか?」

「設計の基礎部分ですから、なるべく汎用性を持たせておきたいですよね」


 あの路線は複線が両端でループした線形で、分岐だの側線だのは皆無だ。車両の乗り入れや運び出しが必要な場合は、跳び箱の踏切板を大きくしてカーブさせたような跨線板とでも呼ぶべき台を人力でよっこらしょと設置する。


 つまりその線路を単純な二重円の魔導回路として利用できるということになる。

 ただベオルマンの新軌道のほうでは、遅い車両が後続に道を譲ることを想定した分岐ポイントが数マイル毎に設けてある。といってもそれは待避線というわけでもなく、対向路線に一時的に乗り入れてやりすごすための渡り線なのだが。


 二本の線路をプラス極マイナス極としてしまうと、分岐や直交が出来なくなるのだ。左側のレールを右側の鉄輪で踏み越えることになるので、回路がショートしてしまう。


 アイリスギル鉄道は現状では軌道運送のテストケースのような扱いなのだろうが、将来的には山梨リニア実験線のように幹線の一部として組み込まれる可能性もある。そのずっと先には半島最南端の港湾都市サムマスもあるのだから。


 魔力の長距離伝送方式については博士のこれまでの検証で目処が付いている。

 魔力採集装置で得られるギガヘルツ波を並列接続して整流し、さらに魔力インバーターに突っ込む。

 半導体魔導紋は無属性だから精霊が薄い地下空間でも動作する。そもそもが精霊タダ働き魔導紋なのだから動作効率が低くとも問題にはならない。動くか動かないかのどちらかとなる傾向が大きい。


 伝送周波数は低いほうが魔導インピーダンスを低く抑えられる。ただし魔石灯を直接繋いだときにチラついて見えるほど低くしてしまうと実用上の面倒が増えてしまう。

 これはキリのよい数値ということで256Hzにしてみることになっている。

 約180地球Hzになってしまうが、地球人よりも視覚や知覚機能の個人差が大きいから、50や60地球Hzでは足りないのだ。

 180Hzとなると今度は可聴周波数帯域にモロに入ってくるから音響機器設計の際などに問題となるかもしれないが、照明用途と比較してしまうと優先度は下げざるを得ない。どうしても音質に拘りたい場合は魔石を使えばよいはずだ。


 機関車は出来るだけシンプルな構造にする必要がある。

 今回の案件はファクトリーテックが受注した仕事ではなく、魔道研究所の准研究員として行うアークライト博士との共同研究だからだ。

 最初の一台は自分で製造してもよいが、最低でも保守業務はシェアウッド・トランスポートのほうで手配して行って貰いたいし、同等車両の再生産も別の工房に頼めるくらいでないと新技術の普及に繋がらない。

 公的機関である魔道研究所の予算で行うのだから、社会的な開明性が見込めなければならないわけだ。


 といっても自動車製造に比べれば格段に容易なはずだ。

 軌道の上を走行するのだから操舵に関する機構は一切不要だし、ショックアブソーバーも運転席のバネ程度でいいだろう。前進後退とブレーキの仕組みだけだ。

 これは地球においても自動車より先に鉄道が普及した理由の一つであったはずだ。


 ただし魔力量の問題がある。

 魔石を使ってよいのであればシンプル極まりない構造に出来るのだが、最大出力わずか3馬力で動かすとなると一工夫しておきたいところだ。荷馬車を大きく凌駕する性能でなければ、運用が面倒な珍車両扱いされるだけだろうからだ。

 速度は馬車と同じと決まっているのだから、消去法的に積載量を増やす方向になる。そのためにはやはり変速機能が欲しい。


 だがプーリーベルトを使用する無段変速機ではダメだ。構造が複雑だし、タナー氏の特殊技術に依存した部材を採用するのは避けたい。

 変速原理の腹案は他にもいくつかあるのだが、どれもさらに複雑になってしまう。


 ここは空間魔力由来の動力源であるという強みを生かせないだろうか。

 つまり停車しているときは常に魔力が余っているのだ。

 それを山盛りの魔導コンデンサにチャージしておいて、発車時の最大静止摩擦力を打破する。

 鉛版金属渦動力(メタルストーム)機の回転数トルク比のほうはMT車で言えば2速あたりに設定しておくイメージだ。


 貨車のほうは荷馬車サイズが3~5両といったところか。

 連結器には伸縮機構を持たせて先頭車両から順番にゴンゴンと動き出せるようにする。


 各車両の底面には魔力採集ブラシと、(ごん)属性斥力魔導(リパルサー)紋で車軸のディスクを締め付けるブレーキを搭載する。

 メタルストームには魔導ブレーキ機能もあるが、これでは弱い。加速に要した距離と同じ制動距離が必要になってしまう。

 減速するときは動力を断にすれば魔力が余るのだから、それはここでも最大限有効活用すべきだろう。


 金魔導紋は紋様が複雑になりがちだが、設置スペースにはいくらでも余裕があるので、並の魔導紋職人でも製造可能な大きさにまで拡大しておけばいい。



 アークライト博士に披露したこれらのアイデアを図面に起こして提出すれば、とりあえずのお役目完了だ。

 今後は共同研究者として現場に立ち会うことはあるだろうが、工事や製造にどの程度係わるかは未定だ。技術力のある馬車工房が興味を持って名乗りを上げてくれれば、いきなり全て任せることも出来るかもしれない。


 仮にこの魔導列車計画が上手くいったとして、その後は俺が関与するとしても今回のような技術的な提案の手伝いといった範囲に留まるだろう。


 路線敷設ルートの選定などになるとそれはとうぜん雲の上の人達が行うのだろうが、それでも妄想は膨らんでしまう。

 男子であれば誰もが架空鉄道路線図を作成したことがあるはずだ。

 だがあれは考えるほどに現実の厳しさを突きつけられてしまう妄想に過ぎなかった。


 都市部においては新線建設の余地などほとんど残されていなかった。

 高騰する土地の買収や大深度地下工事や全線高架化にかかる莫大な費用を誰が出して何年かけて回収するのか。満員御礼でも赤字解消できないのであれば、それはもはや事業として成立しないということだ。

 地方においては新線建設や延伸といった事業拡大ではなく、一部廃線廃駅や三セク化によって財務的延命を図る段階となっていた。

 要するに日本の鉄道事業開発はとっくに碓氷峠を越えて下り坂に入っていたのだ。


 だがこのセルティア王国においては、今まさに鉄道網が広がろうとしている。

 東京駅のような中央駅を造れそうな土地もまだ残されている。

 これらが妄想ではなく予想だと言えるだけでも幸福なことなのではないか。


 この世界では地球よりも容易にモータリゼーションが進むだろう。

 魔石コストの問題さえクリア出来るのであれば、その後は魔動車両普及のボーナスタイム確定であるはずだ。

 だがその後にどれほど自家用車が普及したところで、新幹線のような高速長距離輸送や地下鉄のような過密地域内の大量輸送の必要性が無くなるとは思えない。

 それこそ次元圧(ワープ)縮のような超技術でも実用化されない限りは。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 後世に残る仕事なのに主人公が相変わらず軽いですね。 ワープですか…昭和のおっさんからすると「ザ・フライ」を想像して怖いですね。
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