表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/234

精霊石

 セイトが暮らすこの世界は、かつて彼が生きた地球に非常に近い形で歴史を重ねてきている。

 ただし文化芸術や科学技術や社会制度の全ての発展が足並みを揃えて進捗してきているわけではない。

 特にセルティア王国の社会先進性については、フレデリック大王の(ザ・グレート)施政に因る個人的功績であるという側面が大きい。


 国際情勢の方面で言うならば、欧州諸国が植民地を拡大した帝国主義の揺籃(ようらん)期にあたり、セルティア王国においてはイギリス新帝国時代初期に相当するだろう。


 後にノーマンと呼ばれるようになるこの世界にも、地球史における植民地制度と似たような『経済圏』という概念が確立されている。

 それは軍事力を背景とした不平等条約という点では植民地と変わりは無いのだが、経済圏側にとってあながち片務的な関係とも言えないという違いがある。

 守護国という名の宗主国は安全保障を名目に自軍を駐留させるものの、その警戒対象は第三国による軍事侵攻ではない。魔物や魔族なのだ。


 精霊が薄い東方南方地域では属性魔法が発展していない。魔術師(ソーサラー)が育たない。とうぜん魔導兵器も十分な威力を出すことが出来ないし、魔道具師も育たない。

 通常兵器のみで魔物災害に対処するとなるとかなりの危険と困難が伴う。

 そこで魔道を活用できる守護国の実戦部隊が職業ハンター役として魔物討伐を肩代わりするのだ。

 西方においては魔物の中にも属性魔法を使う強力な種が存在するが、保護地域にそれらはいない。母国に棲息するものより格下の魔物を駆除するだけで優位な国家関係が確保できるということになる。


 では守護国軍は、精霊が薄い保護国内でどのように属性魔法を発動させ魔導兵器を使うのか。


 それには精霊石とい(エレメンタルストーン)う希少鉱物を戦場に持ち込むことで一時的に精霊を供給するのだ。

 アヴァロン島を中心とした内海沿岸部で稀に産出されるそれは、各属性の精霊を放出する性質を持つ。

 中でも複数属性を持つ精霊石や、魔導大隊が必要とする精霊密度を単体で賄えるような決戦兵器級の巨大精霊石は大変な価値を持つ。

 希少で美しいだけでなく、軍事力に直結した実用性をも併せ持つのだから、精霊石の価値は宝石のそれどころではない。

 さらには西方世界における神聖教の精霊信仰とも相まって、その価額は天文学的なものとなっている。


 魔術師が個人で利用するようなサイズのものは指輪やペンダントに加工されて携行されるが、それらは『アミュレット』と呼ばれている。

 その中にはホープダイヤモンドのように所有者に災いをもたらす『呪いのアミュレット』と呼ばれるものも存在しているという。



 内閣府逓信(ていしん)局に所属する連絡員ケネス・ホールズワースは、街道沿いの峠の茶屋のテラス席で休憩を取っていた。


 テーブルの上には1$銅(スター)貨が2枚置かれているが、これはいつでも店を飛び出せるように備えてあるのだ。

 彼が頼んだハーブ茶とバノック(パンの一種)のセットは$1.75なのだから、25クリス分の釣りを受け取り損ねることになるが、その程度はチップと思えば気にもならない。

 そもそも急に店から飛び出すような事態などというものはそうそうあるものではない。本来であればだ。


「今のはあいつだった、石の先生だっ!」

 カップに残った茶を飲み干し、眼前の路上を凄い勢いで走り抜けた人物を追って駆け出す。


 ケネスは自身の腰に装着した加速装置を造ってもらう際に、あの俊足の叉角人(プロングス)の素性を聞いてはいたのだが、『鉱物採取を趣味とする王立アルバイス大学博物学部地学専攻の教授』という人物説明に今一つ想像が付かず、彼の覚えやすい程度まで咀嚼して記憶していたのだ。


 ケネスモデルの加速装置は背嚢型ではない。彼は常に軽装を心掛けているし彼が運搬するのは専ら信書の類だけなのだから、上半身の自由度を無用に制限する背嚢形式ではない設計にしてもらってある。

 ただし腰の両側に固定された薄型の噴射装置からは背嚢型ときっちり同じ風量が出るようになっている。高出力の加速装置を用意して勝ったところで意味は無いのだから。


 前方を走行するプロングスとの距離が一時的に縮まるものの、怪しい追跡者に勘付いた被追跡者は走行速度を上げる。

 思わずおいっと呼び止めそうになったが、そこは(こら)えた。

 呼び止めてどうしようというのか。自分は追い剥ぎなどではないとでも弁明するのか。だとしてもそれは奴を追い抜き、前方に出てからすべきだろう。


 しかしながらその後は一向に距離を詰めることが出来なくなってしまった。

 プロの飛脚としての客観的分析でも、あるいは彼個人の希望的観測からも、彼我(ひが)の本来の走力は少なくとも拮抗しているように見える。


 だとしたらこの加速装置と使用者の相性差があるのではないか。

 限界を超えた高速走行においては、空気抵抗がさらに重要な要素となってくる。

 あのプロングスの身長は自分と同じほどだが、体躯の細さにおいては二周りほども細い。同じ出力の補助風力を得たからといって、それは対等条件になったというわけではなかったのかもしれない。


 そして走行術の違いだ。

 ケネスは靴裏に装着した鉄製の蹄鉄を自身の土魔法で操作することで走行を補助している。それは連続的に術を発動した状態となる。

 一方で相手の術式内容ははっきりとは解らないが、足裏が接地する一瞬だけ発動しているように感じる。

 土属性と風属性は対極なので精霊同士の相性も悪い。

 常に土魔法を発動していると風精霊のほうが集まり難くなると言われるから、加速装置の動作効率に差が出てしまっているのかもしれない。


 装置のほうは今更どうにも出来ないが、自身の走行術に関してはより大きい魔力を込めることで強化できる。

 そこで短距離用の走法に切り替えるという賭けに出た。


 再び距離が詰まったことを察知したプロングスは同様に加速をし、前方カーブ脇の木立に向かって突進する。

 林に逃げ込んで撒くつもりか。怪しい者ではないというのに。


 だがその予想に反して、突然プロングスが大跳躍を見せた。

「おいっ、その先は谷なんだぞ!」

 それらの樹木は馬車等が誤って直進して転落しないよう整備された保安林なのだ。


 ケネスが声を挙げた瞬間、プロングスの加速装置の噴射口が下方を向き、勢いよく白い霧風を噴き出す。

 それは大跳躍どころではない。もはや飛行ではないか!


 木立の向こうに姿を消した石の先生を見送りながら漏らす。

「ずるいぞっ……あんな機能」


 ケネスモデルの加速装置には跳躍補助機能は適さない。両側にブームを伸ばす背嚢型であればこそ水平安定性を確保できているからだ。


 それに本人がその機能を望んだところで、装置設計者が認めなかっただろう。

 ケネスは時速100km超の速度下での転倒事故にも耐えうるタフさを具えてはいるものの、それは彼自身の肉体の頑強さに由来するものに過ぎない。

 ピーター・ロックウェルのような低密度で柔軟な身体構造によるものではない。

 つまりケネス・ホールズワースは自由落下では死なないなどという特異体質者ではないのだ。



「セイト氏、ご機嫌よう……」

 教授だ(プロフェッサー)


「ご機嫌ようじゃないですよ、ズタボロじゃないですか!」

 狩猟服風の紳士服はあちこちが破れ、出血した形跡も見て取れる。

「いやあ、面目ない」

 今日は壊してしまった加速装置の修理をして貰いに来たのだそうだ。


 ターボブーストジャンプの最中に失速して墜落したというので、装置の不具合が発生したのかと肝を冷やしたのだが、単に魔石の残量確認を怠っただけらしい。

 ターボブーストは使用環境の湿度によって霧風の推力が増減するのでは危険なので、結果保障型の霧魔導(フォガー)紋を利用している。

 これは湿度が低い環境でも既定量の水分を集めることができる反面、膨大な魔力を消費するケースもある欠点を持つ。


「いやあ、普段はきちんと確認してからジャンプしているのですが、今回はちょっと事情がありまして」

 不審な牛人の追跡から逃れるためにやむなく緊急発動をしたのだそうだ。

 その人物は教授にも匹敵する高速走行を行っていたらしいので、もしかしたら逓信局のケネス・ホールズワース氏だったのではなかろうか。加速装置の弐号機を提供した人物がいることを念のため伝えておけばよかったかもしれない。


「はあ、徒競走の野試合、ですか。ちょっと仰る意味が解らないのですが……」

 いや俺にも解らないが、とにかく他人より速く走ることに人生を懸けているような人物なのだ。


 しかし50フィ(15m)ートもの高度から墜落したというのに治癒ポーションで何とかなる程度の外傷しか負わなかったというのは流石というべきなのか。

 加速装置のほうも外装とブームが曲がっていただけだったので、修理はすぐに済んだ。


「ところでセイト氏は精霊石の鑑定のほうはいかがでしょう?」

「お恥ずかしながら、実物に触れたことが無いんですよ」

 俺の能力では魔石と石英の判別は出来ない。若干の違和感はあるものの、基本的には同じ二酸化ケイ素結晶として認識される。

 もちろん魔石のほうからは魔力を感じるが、これは魔法使いや認定魔道具師であれば誰でも判ることだ。


 それと同様に、精霊石の化学構造もただの自然鉱石としてしか認識できないのではなかろうか。しかも俺は精霊に対する検知能力も高くはない。


「これなのですが」

 教授が取り出した小石は、書物で読んだ通り若草色をしている。抹茶ミルク かき氷の色だ。


 指先で触れて最初に感じたのはウランだった。

 そしてカルシウム、銅、リン。それらの水和物だ。

 暗所でアニサキスライトを照射してみると、その蛍光性質を確認できた。

 精霊石というのは燐灰ウラン石族だったか……。


 だが案の定それが実際に精霊石であるかどうかまでは不明だった。

 俺が感じられるとしたらそれは土属性精霊なのだから、だとしたら俺よりも遥かに強力な土属性魔法使いである教授のほうがとっくに判っていたはずだ。


 他の属性となると、確実なのはあそこだ。

 教授と一緒に向かった先は、王都一の工芸工房『Kuznets』だ。

 聯邦は(ヴァリャーグ)東部になると特に精霊が薄くなるが、元来が西方からの入植者によって建てられた国なので魔導文明が浸透している。親方達であれば精霊石に接した経験もあるはずだ。


「あらセイト、ずいぶん良いものを持ってるじゃない。またお土産かしらね」

 挨拶すらしないうちに鑑定が得られてしまった。

 精霊石は常に精霊を放出しているのだから、隠し持っていたとしても分かる者には分かってしまうのだ。カーチャさんが感知できたということは風水のいずれかの精霊石だ。

 念のためジーマ親方にも見て貰ったが、結局こいつは風の単一属性精霊石という鑑定結果となった。


「その品質でも$10万くらいになると思うのだけど」

「あいや、残念ながらこれは学部の所蔵物となるでしょう」

 学生達と一緒に採取活動を行い、その際に精霊石らしき鉱石が見つかったことは知れているから、いまさらポケットナイナイは出来ないようだ。


 これが精霊石だと判明したのはよいとして、もう一つ気になることがある。

「ちょっともう一軒行ってみましょう」

 ハシゴ飲みに誘うような口上で調査を続行する。


 次に教授と一緒に向かった先は、『アース・ワークス』だ。

 気になることというのは、精霊石の放射能についてだ。

 精霊は地下深くの空間には届かないし、分厚い遮蔽物は透過できないと言われる。魔導紋をあまり大仰な筐体に密閉格納してしまうと動作効率が落ちるのはこのためだ。

 この性質は中性子線と似ているのではなかろうか。

 この鉱物にウランが含まれることまでは検知できたが、ウラン235とウラン238の違いまでは判らなかった。


 ディナー営業の仕込み中だったところにお邪魔して、九条さんに石を持ってもらう。

 一瞬は何も起こらなかったのだが、少し遅れて手のひらにポッポッと青緑色の光点が明滅し始めた。

 彼女の身体に施されたラジオリフレクター処置というのは、核分裂による放射線に対してはこういった防御反応を見せるのか。

 最初から光らなかったのは、一定以下の線量に対しては光らない閾値(しきいち)のような特性が持たされているのかもしれないな。

 自然放射線や陽光に含まれる程度の紫外線に対して微発光してしまったのでは不便だということなのだろう。


 以前の毒スライム退治の際には巨大水槽を用意してまでその粒子線の有無を確認しようとしたのだが、今一つ判断をしかねる結果となってしまっていた。

 放射性物質から放出される放射線に対してはこういう発光パターンになると予め教えてくれればよかったのにと思ったのだが、どうも九条さんは核分裂だの電磁波だの粒子線だのという概念に全くピンと来ていないようだった。

 肩書きとしては宇宙飛行士だったのだろうが、科学者というわけではないのだから当然か。


 むしろ教授のほうが理解してくれたようだ。

「つまり紫外線のような不可視光で火傷をさせるだけでなく、その壊れた元素の破片がすっ飛んできて細かい怪我をさせるということですか」

「たぶんそういうことじゃないかと思うんですけど」

 専門外とはいえやはり科学者なのだから当然か。


 おそらくだが、この精霊石のウラン濃縮度はかなり低いのだろう。

 しかしそれは天然ウラン鉱石なのだから当たり前だ、とも断言はできない。

 この石は精霊石としては低品質であるがゆえにウラン濃縮度も低いということもありえる。国宝級とも言われる強力な精霊石はウラン濃縮度も高いという相関関係があるとすればどうか。精霊石の呪いという伝承に対する科学的な根拠となるかもしれない。


 精霊信仰を(こじ)らせてしまった一部の王侯貴族や教会上層部の人は、精霊の加護を得たいがために精霊石を破砕して服用するという行為をしているらしい。かつてはそういった無謀な慣習があったということではなく、現代でも行われている方法だ。

 これは水銀を不死薬(エリクサー)だと信じて服用するような荒唐無稽な民間医療行為とは一概に同一視は出来ない。

 なぜならば服用した精霊石粉が体外に排出されるまでの期間に限っては、自身の周囲の精霊濃度が増すというのはおそらくは事実なのだろうからだ。

 だがその一方で、低濃縮度であったとしてもウラン鉱石を体内に摂取するというのは自殺行為にも等しいはずだ。身体の基幹部が持続的に被曝するということなのだから。


 この考察は何らかの形で世に発信しておくべきだろう。

 今現在も精霊の呪いによって多臓器不全に陥っている病人は実在するはずだ。


 ここはとりあえず博士(ドクター)に相談して、いや、俺も今では王立魔道学院の准研究員なのだから、いや、先ずは魔道の師たるドクターに知らせないわけには、いや、なんかドクターに頼りすぎかもしれない俺。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ