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普河樓酒家(1)

「……なあ波士(ボス)、そのな、そろそろ(いとま)を貰いてえんだ」

 いつも力仕事を頼んでいるスン・フーさんがそんなことを言い出した。


 弊工房の仕事はブラック現場だったか。ハンドパレットトラックを廃止してしまったのがやはり(まず)かったか。

 なにしろ俺の何倍もの膂力があるものだから、どのくらいのキツさまでが許容範囲内なのかという加減がまるで掴めていない。


「あーいやそうじゃなくてな、ボスが割りの良い仕事を安定して回してくれたから予定が早まったというのは皮肉なんだが……」

「もしかして出店開業ですか!」

 スンさんは過去に一度潰してしまった華国料(ニグルドラ)理店の再起を目標に貯金をしていたはずだ。


「ああ、昨日やっと物件が決まってな。後はなるべく早く厨房設備なんかを手配したいんだ」

 静かに答えたスンさんの瞳には力強い眼光が宿っているように見えた。


 そういうことであれば何か協力できることは無いか。

 同じ独立事業者としてのシンパシーもあるが、それ以上にこの好漢との縁が切れてしまうことが惜しく思えたのだ。


「設備業者への発注がまだだったら、僕がやりましょうか。現物出資という形でも大丈夫ですけど」

「ほんとうか! でもボスの仕事となると結構な額になるんだろう?」

「特殊金属を使わないのであれば相場価格で大丈夫ですよ」

 ステンレスやチタンの優位性を抜きにしても、納期の短さや特注仕様への対応力で並の業者を超える自信はある。

 調理魔道具単体ならともかく、厨房設備や飲食店什器となると専門分野ではなくなるが、スンさん自身が監修をしてくれるのであれば問題は無いだろう。


「とにかく当座の資金を温存できるのがありがてえ。手持ちの額がつまり()()ってことだからな」

 失敗を経験しているだけあって随分とシビアな表現をするが、実際にそれはその通りだと思う。

 成功するための方策は可能な限り考えたが、それが思惑通りに行かなかったときのことをまるで考えられていなかったというのが前回の反省点の筆頭だと言う。


 流民も同然の外国人が飲食店を開業したいと言ったところで出資や貸付に応じる者などいないだろう。ましてや過去に失敗した実績のある相手にとなると絶望的だ。だからこそスンさんは十年にも渡りひたすら自己資金を貯めてきたのだ。


 だが俺はこの気の良い獣人が(ビースタン)社会人として信頼に足る人物であると知っているし、何よりも俺が投資するのは自分の作業費用だけなのだ。部材の大半はレンガ山で採集した鉄材で賄えるのだから。



 スンさんを誘って『アース・ワークス』に向かう。


 厨房設備の設計に先立って弊工房のキッチン事業部のショールームを見ておいて貰う方がよいだろうし、華国よりもさらに()()場所から単身やってきて4年以上も店を続けている先例を紹介しておきたかったからだ。


「成功してる店を見てもあまり参考にならないと思うがな。なにしろ失敗した店ってのは残ってないわけだろう?」

 外国料理だというだけでいい値が取れている店を見て勘違いしてしまっていたという。実際にはそれを見本にすれば必ず成功するわけではないし、安易に真似をして失敗した悪い見本というものは早々に消えてしまうから目にする機会は少ない。

 現在では他者の成功メソッドよりも自分の失敗原因をこそ追究すべきだと考えているようだ。


「その華国より遠いとこってのは、つまり裏大陸っ(グラスレンディア)てことか?」

 スンさんは国際貿易船に乗っていただけあって、そのへんの知識には明るい。

「いや、皇国あ(フォリスランド)たりらしいです」

「なんだ、ボスと同郷か」

「はっきりとはしないんですけどね」

 俺と九条さんが正真正銘同一の日本からやってきたという確証が無いのは事実だ。別々の世界線の日本という可能性も否定できないでいる。


「皇国ってのは東北部の東仙山脉の(ドンシンサンマク)向こうの国なんだよな。龍人が今もいるって話の」

「はは、皇国ではその加見(かみ)ヶ岳の向こう側に龍人がいるって伝わってましたけどね」

 華国と皇国で互いに龍人伝説を押し付けあう形となっているようだ。

 あるいは仮にその険しい山岳地帯内に居住しているということであれば、まんざら矛盾する話でもないか。


「この辺りは確か……」

「来たことありました?」

「ああ、昔ちょっとな」

 スンさんは周囲の店をキョロキョロと確認している。

 このストリートフード・ストリートは言ってみればプチ竹下通りのような場所だから、店舗の入れ替わりも激しいはずだ。


 カウンターの中には九条さんとギネスの姿が確認できた。閉店前を狙ってきたので客の姿は見当たらない。


 ドアを開けると同時にギネスが声を張り上げる。

「スンのアニキじゃねーか!」

「おおギネス、お前まだここにいたのか」

「あんたこそまだ王都に(セントフレッド)いたのかよ!」

「……当たり前だ、おめおめ尻尾を巻いて逃げ帰れるかよ」


 スンさんが最初の店を出す直前まで働いていたのがここの先代の『ポテト・ワークス』で、後釜としてヘンリーさんの調理補助を引き継いだのがギネスだということだった。


「ちょっと待ってろ、老老虎(ロウロウフー)を呼んでくる」

 ギネスは上階に住むヘンリーさんを呼ぶためにドアから飛び出していってしまった。

 確認するまでもなかったのだが、案の定ロウロウフーなどという意味ありげなニックネームを考案したのは十数年前のスンさんだったようだ。


 とりあえず九条さんに事情を説明し、厨房機器の紹介をさせて貰う。

 弊工房にあるものよりずっと本格的な冷蔵庫や魔導レンジに対して興奮した様子ではあったが、導入を検討する対象とまではならなかったようだ。


 まず熱源としては安価なコークスで全て賄う予定なのだそうだ。そのためにわざわざ火を使える店舗物件を探したのだから、そこは既定路線となる。

 そして冷蔵庫については既にマーカス親方に頼んで予約済みということらしい。

 うちの職場で得た人脈をしっかり活用していたというのは頼もしくもあり嬉しくもあるな。


 最終的にスンさんが最も興味を示したのは、定温保管庫、というよりその中身だった。


「これは黄豆醤な(ウォンタオジェン)のか? どこで買った? かなりの値がしただろう」

「ううん、私が作ったんだけど……」

「小姐(ねーちゃん)が自分でか!? 曲子はどう(ククジー(こうじ))したんだ? あいや、仕込みに使うタネだ」

「タネは西の耕作地のモルドだけど……」

「麦芽からこんな醤が造れるもんなのか?」

「ううん、麦芽(モルト)じゃなくてカビ(モルド)なんだけど……」

 九条さんが引くほどの食いつき具合だ。


 発酵には大抵の場合は糖化というプロセスが必要となる。

 デンプンなどの多糖類を酵母が食べ易いブドウ糖などの単糖に分解する処理だ。

 例えば日本酒醸造にはコウジカビを利用するし、ビールやウィスキー製造には大麦麦芽自身が持つ強い糖化作用を利用する。ワインについては糖化プロセスは不要だが、これは意外なことにブドウには元からブドウ糖が含まれるためだ。

 同じ糖化の目的で利用される麦芽とカビのそれぞれを意味する王国語がこれほど似通っているというのは偶然だろうか。


 ゆっくりとドアを開けてヘンリーさんが入ってくる。膝の調子が悪いのか、杖を突いた状態だ。

「いようスン。随分老けたじゃねえか」

 二十代の頃と四十代の現在では相応に印象も変わっているはずだ。

 スンさんからすれば『自分こそ』と返したかったに違いないが、それが躊躇(ためら)われるほどにヘンリーさんが老いて弱っているように見えたのかもしれない。

 時折顔を合わせていた俺ですらそう思ったのだから。


 スンさんは再び自分の店を出すこと、そして俺の手引きでこの店を見学に来たことを説明する。

「お前も懲りない男だな。確かにレナアは俺なんかが見たこともねえ料理をいろいろ知ってるし、セイト親方は聞いたこともねえ調理道具を作る。だからと言ってあれもこれもと欲張るとまた、」

「解ってる、だがあのまま終わらせるわけにはいかねえんだ」


 スンさんの最初の店の開店の際には、ヘンリーさん夫妻とギネスも手伝いをしたのだそうだ。

 そのときの話を聞いていると、どうも初期投資の大きさが失敗の原因だったように思われる。特注で家具類を(あつら)え、店員を何人も雇い、そして高価な輸入食材も使っていたらしい。

 なるほど、話が判ってきた。

 成功している一流外国料理店に(なら)おうとして過剰投資をしてしまったわけか。それは一概に誤りとは言えないのだろうが、成功した店だからこそ徐々に金を掛けられるようになったという面も少なからずあるはずだ。その完成形をいきなり再現しようなどというのは相当な賭けになる。


「だから今度は王都で手に入る材料だけを使った菜譜(レシピ)を揃えてある」

 例えば魔石需要の多い王都では端材肉が安くなりがちだからそれを利用した點心(ディムサム)といった具合だ。水餃子や小籠包であれば特殊な調味料も無しで大丈夫かもしれない。


「あと大豆も安いですよねー。お豆腐は作らないんですか?」

「ああ、デザートだな」

 なんとスンさんの故郷の臨海(ランホイ)市では豆腐は専らスイーツ扱いなんだそうだ。

 塩化マグネシウムはどうしているのかと思ったのだが、塩滷(にがり)ではなく石膏を使うのだという。石膏は硫酸カルシウムだ。 

 まあマグネシウムとカルシウムは同じ第2族の兄弟金属だし、要は豆乳成分が凝集してくれればいいのか。もしかして水に溶けて2価のイオンになる物質ならなんでも豆腐になるのか?


「麻婆豆腐は作れないですかね」

 挽肉に豆腐といえば必然的にこれだろう。一時期ハマっていたことがある程度には好物だった。

「誰だい、その麻婆ってのは。もしかして仙女の類か?」

 あれっ、無いのか麻婆豆腐。

 いや、この世界では華氏度がファーレンハイトではなくフロイデンタールだったりと人名由来の固有名詞が違っていたりもするから、そのパターンか?


 4人の料理人と、さらに公衆浴場から戻ったアンさんが加わって、あれこれとメニューのアイデアを出す。試し撃ちをするための弾数は多いに越したことはないはずだ。つまるところ王国人(セルティア)に受けるかもしれない華国()料理ということだ。

 スンさんはかつては本格華国料理の啓蒙布教を目論んでいたのだろうが、そうした教条的なスタンスは見る影もない。


阿礼(アーライ)、あの(ジェン)を卸して貰うことはできないか」

「うーん、売るほどは作れないかなー」

 自分の店でも出していない程度の、趣味の調味料造りなのだから当然だろう。

「そうか……。なら無理を承知で頼むが、どうにかあの(タネ)を分けて貰えないだろうか」

 自分で発酵調味料を造ることまでは考えてなかったというが、成功例を見せられてしまえば話も変わってくる。

 しかし人気ベーカリーのパン(だね)などは門外不出の秘伝であることが常だ。

 九条さんは一瞬だけ迷ったようだが、醤が出来たらその都度必ず届けるというスンさんの熱い条件提示にあっさりと折れてしまった。


海鮮醤を(ホイシンジェン)作ることが出来れば文句無しなんだが、まずは甜麺醤あたりから試してみるか」

甜麺(てんめん)醤って大豆なんでしたっけ?」

「いやボス、豆支(シー)を使うこともあるが元々は小麦粉だ。なんせ甜()醤だからな」

 華字の『麺』は日本語のそれよりも広い意味を持つ。ヌードル(よう)でないものも含むという点ではパスタという単語にも似ているが、それよりもさらに広く小麦粉や小麦そのものを指して麺ということもある。

「まあ言ってみれば『パン醤』だな、あれは」

 蒸しパンにカビを植えて発酵させたものらしい。

 小学生の頃、机の中にカビパンを放置しておぞましい状態にしていた子がいたが、あれはもしかして甜麺醤の製造を試みていたのだろうか。


「スン、新しい店の場所は決まっているのか」

「ああ、アクワース橋の北岸だ」

 確か新河川港の大橋よりも一つ上流側の橋だったか。

「そうか。もう少し近ければ手伝いに行ってやれたんだがな」

 ヘンリーさんが膝を撫でる。

 ある程度は歩いたほうが調子は良くなるらしいが、そうすると今度は杖を把持する手のほうが痛んでくるという。

 肉体の損耗に対して回復力が追いつかなくなってきているのだろう。強靭な身体能力を誇る虎人(こじん)ですら老化とは無縁でいられないのだ。

 あるいはアスリートは寿命が短いという説にもあるように、常人以上に肉体を酷使してきたツケが回ってくるのかもしれない。細胞分裂の回数は有限なのだから。


「セイトさん、あれ頼めないかな、こういう杖」

 九条さんが自分の肘の辺りを掴む。

「ああ、前腕部支(ロフストランド)持型杖(クラッチ)ですか」

「うん、分かんないけど」

「なんか良い杖が用意できるってんならオレからも頼むセイト。高くついても構わねえからさ」

 この二人にこうも言われたのではむしろ代金は取り難くなるな。

 別に難しいものでもないし、俺が考案したものでもない。見ただけで模倣できるような福祉用具なのだから、どんどん普及してくれたほうがよいだろう。



 王都を流れるプルネイド川は勾配が緩く川幅が広い。大陸型河川というやつだ。

 少々の大雨程度ではほとんど増水はしないので、その対策としては中性人(ニュートラン)の身長ほどのレンガ造防水壁という形で整備されている。

 一部には土を盛った堤防の箇所もあるが、このアクワース橋北岸もその一例だ。

 堤防の上は散歩道になっており、対岸に渡りたい人はそこを通って橋を目指す。

 散歩道の片側には粗末な長屋が何軒か連なっており、そこが飲食物件となっているのだ。


「ここってなんで火を使っても大丈夫なんでしょうね」

 王都の防災規準によるならば、市街地の木造建築では火を使えなかったはずだ。新宿ゴールデン街や思い出(ションベン)横丁みたいな既存不適格物件なのだろうか。

「いや、ここは建物じゃなくて屋台なんかの露店と同じ扱いって話だ」

 堤防の至近に他の住居等があるわけでもないので、火事を出したところで燃えるのはこの長屋だけなのだから勝手にしろと黙認されているらしい。

 地目が宅地でなく堤だから防火指定区域には含まれようがないということか。


 がらんとした店内は10坪ほどだ。

 少々狭いかもしれないが、屋根裏が物置になるしそこで寝起きも出来なくはないだろう。

「席数が足りなくなるようなら、軒先にテーブルを置いちまってもいいしな」


 まずはストーブ周りから固めていく。

 コークスに酸素を送る(ふいご)は足踏み式だ。風魔導紋方式のほうが簡単に実現できるが、それだと魔石代がかかってしまう。


「鍛冶組合(ギルド)に入ってるとコークスが安く買えるって話を聞いたんだが」

「ええ、うちから卸しましょうか」

「当面はそうして貰えると助かるな」

 鍛冶組合には組合費を支払っている。その特典としては鉄鉱石や金属材それにコークス等が卸値で買えるというのがあるが、俺の場合はコークスは使わないし、主材料はレンガ山で自前調達している。全く組合費の元が取れていないのだ。

 コストが下がってスンさんの店の余命が延びれば俺がタダで飲み食いできる期間は長くなるし、出資金回収の見込みも強まる。つまり無駄に支払っている組合費を少しずつだが回収できることになる。


 客席の椅子はスンさんが古道具屋を巡って揃えてきた。デザインがバラバラなのでこれは揃えたとは言えないか。

 座面の高さは概ね揃っているので実用上は問題ないだろうし、雑多な見た目がむしろ楽しげに思える。


 調理台や客席のテーブルは適当な板材や廃材を入手してきて自作する。

 スンさんも俺も木工に関しては素人なので(ほぞ)加工などは出来ないのだが、そこは鉄製のアングルやリジッドフランジのようなパーツを用意してやればよい。

 そして寸法をきちんと計り、弊工房の魔動工具を使い、ガイドを当てて板材を切断する。適切な太さ長さのタッピングネジを用意し、ちゃんと下穴を開けてからねじ込む。

「凄いなボス、売ってる品と遜色ないと思うが」

 専門的な手技がなくとも、出来ることを丁寧にやってやればそれなりの物は作れるのだ。


 調理道具はスンさんがずっと保管していたものを使う。

 華国料理人はこの丸い鍋一つと四角い包丁一本だけでなんでも出来るようになって一人前らしいが、それだけではどうしても出来ないこともある。

 同時に複数の調理を進行することだ。

 そこでスンさんの手に馴染んだ相棒である華国鍋の複製品を用意する。

 そのあまりの完コピぶりにスンさんは爆笑していた。


 最初の店に置いていた華国調度品は売り払ってしまったが、借金返済の足しにもならない値しか付かなかったものが残してあったので、それを店内インテリアとして飾る。


 そして看板だ。

 もちろん最初の店で掲げていた物だ。

 この掘っ建て小屋のような新店にはまるで似つかわしくない立派なものだ。


 これは『普河樓酒家』(プーハーロウジウチャ)と読むのか。

 その下には小さく『粤菜館』(ユーチョイグン)と補足されている。粤というのは臨海市を含む南方一帯を意味するらしい。

 そこで再び店名のほうを見るとそれが『普河樓酒家』(ポウホーラウザウカ)と南方語に読めるのだから概念翻訳という能力は不思議だ。


 普河というのはプルネイド川のことだろう。セルティウスさんのことを摂氏というようなこういう略記はレトロな趣があって好きだ。ドレッドノート級を弩級というあれだ。

 旧店は宮殿の向こう側の市街(シティ)の南端にある旅客船の船着場(ハイス)の近くだったらしい。言うまでもなく一等地だ。なにしろ王都の旧名であるアルバイス市の語源は『エルフ(アールヴ)の船着場』という意味なのだ。


 樓というのは眺望のよい建物を意味する。新店は高層建築とは程遠いものの、堤防の上に建っているのでオマケをすれば樓と名乗っても詐欺ではないだろう。


 スンさんは掲げられた看板を感慨深く眺める。

「俺はな、ボス……」

 ……ずいぶん溜めるな。


「海運会社が倒産したとき、俺は無人島に置き去りにされたような気分だった。自分一人でどうにかして生きていかないといけなくなったと」

 俺と同じだ。たった独りでいきなりレンガ山に放置されたのだ。

「だがこの王都ってのは、無人島なんかとは正反対の場所だったんだよな」

 この惑星上で最も人間の営みが活発な場所であるはずだ。

 世界経済と産業の中心地という名声を得ているし、実際に九条さんが高空から地表を隈なく観測した上で選択した世界都市なのだから。


 人の縁があり情があるからこそ、自分達は生きていける。そんなことを言いたかったのかもしれない。


 考えてみればヘンリーさんも奇縁を負った人物だ。

 大陸の果てで突然失職したスンさんを雇い、養父母を亡くして天涯孤独の身となり王都に出てきたギネスを雇い、宇宙の彼方から迷い込んできた九条さんを雇った。

 そして今度またスンさんのために骨を折ろうとしている。

 そういう人物なのだ。


 老老虎(ロウロウフー)という呼び名の由来を訊いてみる。

 これは老いた虎という意味だが、大御所とでもいうような隠居した権力者を思わせる語だ。

 ヘンリーさんは昔、商都を(フォートキャンプ)含むロックフォード侯爵領の領軍に所属する軍人だったらしい。

 その頃の部下だという人物が客としてポテト・ワークスを訪れたことがあったのだが、上級将校のような立派な軍服を纏ったその人物がヘンリーさんにペコペコする様を見て、この人は未だに軍部内に影響力を持つ影の大物なのではないかとスンさんは邪推したのだそうだ。

 実際のところは家柄の良かったその人物がヘンリーさんの退役後に出世しただけらしいのだが。

 その邪推の当否はともかく、面倒見の良さゆえに慕われ頼られる人物であることは間違いないのだろう。


 アルミ合金製の杖で足りなければ、バネを利用した膝用の装具を試してみてもいい。それでも駄目なら散歩車を(ストローラー)提供してもいい。

 スンさんの言葉ではないが、あのまま終わらせるわけにはいかない人物であるはずだ。

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