2話
和祢は昔から口で言うほど恋愛に興味はなく、あっても自分から動くような男ではない。あの娘が可愛いと正直に口にするだけの奴、それが和祢である。
そんな和祢が漣に気持ちを溢すほどに恋心を抱いた相手。
「おった」
「噂をすればなんとやら」
「余計なこと言うなよ」
衣川麗奈。
好みの問題が大半を占めているが、漣から見ればお世辞にも美人だとは言えない。けれど、確かに可愛くはある。
ついこの間まで中学生だったとは思えないような、落ち着いて大人びた雰囲気は、頭の先から胸の下までを流れる長い黒髪のせいか、それとも似合っていない眼鏡が顔を隠しているせいか。
「文化祭の出し物報告しやなあかんのやけど。あ、お昼食べた?」
取っつきにくい見た目を和らげるかのように、口を開くと優しさが滲み出る。
「これからやけど、衣川さんは食べたん?」
「まだやよ。今井くんがまだやったら石川くんも、まだ?」
「うん。つーか、」
「な、なに」
ふらふらと波に漂うくらげのように、空を流れる雲のように、掴み所のない和祢を落とした女子は意外にも普通の子であった。
面食いの和祢のことだからどんな美女かと思えば。朝生梨久や千草綾には到底追い付かないような、普通の女子だ。
「近くで見ると、うん」
「え、ほんまなに」
「レン、困ってるやろ」
見た目は普通だけれど、五十嵐冬馬の好きな女子でもある。
だから決して"普通"ではない。
クラスが違うのに、入学した当初から青木涼子と並んで男子たちの噂の的でもある。
どこにどんな秘密があるのか。ただそのことだけが気になって仕方なかった。
凝視されて頬を赤く染めた麗奈の反応に気付くと、漣は閃いたように目を見開いた。
「衣川さん、腹黒やろ」
「レン、ええ加減にせんな怒るで?」
和祢に首を締め上げられている漣に向かって、麗奈は楽しそうに笑顔を浮かべた。てっきり怒るもんだと思ったのに、怒りもせず苦笑いを浮かべる訳でもなく楽しそうに笑っていた。
「すぐ終わるけ、今井くんええかな?」
「ご、合格…もうずっと預けるわ」
気に入った、というわけではない。
いい人過ぎてその内バカを見そうだと心配になった。和祢といればバカを見ないで済みそうだ、そう感じただけ。
「ついてくんなよ」
「昼まだやもん」
どうせ和祢は一人だったら何もできないのだ。漣がいれば少しはうまく事が運ぶだろう。
漣の考えていることを察した和祢の嫌そうな顔が面白くて、笑いを堪えるのに苦労した。
「終わったら三人で食べよ」
「へっ?」
麗奈の無邪気な笑顔に戸惑ったのは漣のほうだった。まさか昼飯に誘われるとは予想もしていなかったのだから。
驚いて麗奈を見返す漣を横目で見ると、和祢は呆れたように深くため息をついたし、そんな和祢に気付いた麗奈は目を泳がせてうつむいてしまった。
「みんなお昼終わってるやろし、楽しい方がええかなて思って……」
「や、やよなあ!楽しい方がええに決まってる!」
普段の自分なら絶対にフォローなんてしないのに。咄嗟に作り笑いをすると、麗奈は顔をあげて大きな瞳を輝かせた。
「よかったー!今井くん、はよ行こ!」
「俺は衣川さんと二人がよかったんやけど」
「二人より三人、三人より四人やよね」
「そのわりには五十嵐くん以外の友達いてないよね」
「…い、いてるし」
教室に入っていく二人の背中を見送ると、漣は肩を落としてため息をついた。
「…なんぞあいつ」
変な奴。変に可愛らしくて驚いた。
大抵の男子はああいう女子を"守りたい"と思うのだろう。狙っているのか天然なのか。悪意を持って見れば狙っているとしか思えない。
見た目の雰囲気と人柄のギャップに酔いそうだ。
衣川麗奈。
大人びた見た目と、柔らかで可愛らしい反応をする不思議な女子。
あんな珍しい女子の近くにいれば、素直な和祢が心を奪われてしまったのも納得できる。純粋だからこそ、猛毒で。
和祢が少しだけ心配になった。




