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そんな事言ってる場合じゃないんじゃない



 スピードと体重を乗せた己の一撃の手応えをリーヴァは右肘の先からしかと感じ取っていた。ただでさえ深いダメージを与える事が出来る鳩尾の一撃だが、より効果的なダメージを与えるなら下から打ち上げるのが最適だ。下手をすれば命に係わる程のものだが、そもそもが竜人と人、急所を狙ったからといってそう易々と覆せるものでない。現に人であったなら悶絶必死の一撃にも関わらずアイラは体をくの字に折り曲げながらも、瞳に宿るリーヴァへの敵意には一切の陰りが見られない。


「あぐっ!」


 その敵意が攻撃へと結びつく前にリーヴァの左拳はアイラの顎先をフック気味に容赦無く打ち抜いた。一切の躊躇無く女性の顔を殴るとはなんと非道と言う者もいるだろうが、これは竜人と人の戦いなのだ。それに学生同士の決闘という事で致死的な攻撃は禁止されている。これは一見すると両方同じ条件のようだが、種族によっては魔力強化無しで岩を粉砕する様な亜人と、魔力強化してようやく岩を割れる程度の人との戦いでは人側が圧倒的に不利である。そんな不利な条件を覆すには急所攻撃しか手がないのだ。



(ふむ、女だろうが容赦無く急所を攻撃出来るか。余程戦い慣れているか、あるいは余程性根が腐っているのか……まぁ竜人と人の基本性能差を正しく理解できているという事だろうな)


 などとローレンツが一人で感心しているが、リーヴァの攻撃は更に苛烈にアイラに加えられようとしていた。


「大水楯、一、砲」 


 人間大の水の楯がリーヴァの言葉と共に目の前に現れ、砲の名に相応しい勢いでアイラに突っ込んでいく。脳を揺すられ視界が定まらないアイラにそれを防ぐ方法は無く、水の楯に体を強かに打ち付けられ後方へと飛ばされる。


「うぐっああああああ!?」


 呼吸を邪魔する攻撃と脳を揺する攻撃、そして頭から爪先までの面攻撃。質の異なる三連撃は如何に人に比べ頑強な肉体を誇る竜人でも無視できないダメージを与えていた。特に最後の楯に依る面攻撃はダメージこそ大きなものを与えられてなかったものの、脳を揺すられたアイラは前向きに自分が倒れたのではないかと誤認していた。


(う、あ……あれ?どこが地面なの、ま、不味い。この……ままじゃ、っ!!)


 だが、そんな不調を訴え続ける体を鞭を打ち、奇跡的にアイラは立ち上がった。主人の誇りを守る為というひた向きな心が生んだ偶然だった。揺らぐ視界、痛む体、上手く呼吸してくれない肺と問題点を上げればキリが無い。

 しかし、そんな根性位で勝てる程、世の中は甘くはなかった。現にリーヴァは足元も覚束ないアイラに向って追撃しようとしている最中だった。同じ従者と言う立場がら思うところはある。だが、それとこれは話は別だった。何故ならアイラとリーヴァが主人と傅くのは別の人物だからだ。


「中水弾、十五、行け!」


 リーヴァは再び数多の水球をマフラーから生み出すと下手な小細工は無用とばかりにアイラに向かって一直線に走り出した。相手へ与えたダメージはかなり蓄積している。更なる連撃にはもう耐えられそうには見えない。ここが勝負の決め所だった。


「ぐっ……うあ!?がふっ!?」 


 傍から見ると女の子を一方的に嬲っているようにしか見えない情けの無い水弾の連撃。だが、ふらつく体に何発もの水弾を受けながらもアイラは決して倒れない。いや、決して倒れられない。何故ならアイラには勝機をモノにする策があった。

 ふらつきながらも未だ倒れないアイラに感心しながらもリーヴァは次の攻撃をどうするかを決めていた。それはダメ押しでもう一度、鳩尾に渾身の一撃を叩き込む。直線的な軌道は読まれやすいという欠点を孕んではいるが、先の一撃と同等の一撃なら胸骨を粉砕する自身が彼にはあった。

 リーヴァの攻撃はまるで吸い込まれる様に鳩尾に吸い込まれていった。まるで受け入れられるかの様、そこまでリーヴァが考えた瞬間、凄まじいまでの悪寒が彼の背に走る。


「っ!?」

「く、ると思ってまし……たよ……!」

「まさか!?」


 アイラの鳩尾に再び肘を突き入れた体制のまま、リーヴァの全身が瘧の様に震える。しかし、その震えはリーヴァを抱きかかえるアイラ両の腕で抑え込まれていた。

 まるでリーヴァを己が胸で抱き止めている様にも見える格好でアイラは口元に血を滲ませながら酷薄な笑みを浮かべていた。


 ふらつき立つ事すら困難なアイラの最後の賭け、それは接近戦でおそらく鳩尾に攻撃を加えてくるであろうリーヴァを捕えるというものだった。

 リーヴァが遠距離で勝負をつけようとしたり、鳩尾に攻撃をしなければ失敗してしまうような実に割に合わない賭け。そんな賭けだったが、不思議とアイラはリーヴァは最後の攻撃はこうであろうという確信があった。

 最初のトラップやその後の態度は気に入らないものの、気配が消せるくせに遠距離で一方的に攻撃しなかったり、急所は容赦無く攻撃するのに胸や腹部、顔の中心は決して攻撃してこなかったりと実にちぐはぐな攻撃だった。

 これは敵であるなら決して容赦しないようにというナスターシャの教育と女の子には優しくしなさいというケティルの教えの二つがぶつかり合って生まれたリーヴァの妥協点であった。

 そして、その妥協点をアイラはこの僅かな戦いの間で見破った。その代償は胸骨の粉砕骨折と言う大きなものだったが、最大の好機を文字通りその胸に抱き留めていた。


(や、柔……じゃない不味いっ!)


 奇しくも、アイラがつい先程思い浮かべていた言葉を今度はリーヴァが思い浮かべる。その前にケティルに聞かれでもしたなら恐ろしい目に遭いそうな単語を半ば無理やり振り払いながら、リーヴァは自身が絶体絶命の事態に陥っていることを認識していた。

 リーヴァの魔力は平均値だ。多くもなければ少なくも無い。だが問題は一切の精霊の加護をほとんど受けていないということにある。こんな至近距離で雷撃を喰らえば紙の様な魔法防御しか持たないリーヴァが戦闘不能になるのは必至であった。

 なんとか脱出しようと体を捩じらせるが、そもそも膂力に差があり中々上手くいかない。むしろ顔を少々動かすのが限界で、傍から見ると胸に顔を擦り付けているように見えなくもない。


「地に宿りし雷の御子よ。天に頂く汝らが同胞(はらから)を導け」


 微妙に頬を染めながらもアイラは、ここに来て初めての詠唱魔法を行使し始めた。隙だらけの愚行に近い行動だが、何をされてもこの魔法だけは詠唱させる覚悟がアイラにはあった。




「……リーヴァ」


 深き水底から浮き上がる泡の様な声が小さく漏れる。

 リーヴァの今の状況はそこだけ切り抜けば、メイド服の美少女の腕の中に居るというものだ。リーヴァの表情は平時の彼に珍しく慌てたように見え、照れているように見えなくも無い。


「ケティル。あれは捕まってるだけだよ」

「……顔を押し付けてるわね……胸に」 

「ぐ、偶然じゃないかなぁ……ってかそんな事言ってる場合じゃないんじゃない?」


 今にも暴れだしそうな程に活性化している水精霊を背後にケティルはリーヴァを睨み、そんなケティルをリアニは宥めていた。


「地に宿りし雷の御子よ。天に頂く汝らが同胞(はらから)を導け」


 半分狂気に染まったケティルを正気に戻したのは皮肉にもリーヴァを胸に抱き留めているアイラの声だった。詠唱と共にアイラを中心とした地面に雷が数多に走り魔法陣を生み出していた。

 それは、魔法を撃ち出す魔法陣では無い。地面に強力な電荷を発生させて本物の雷を落とす高位の電撃魔法。そして、そんな魔法に耐えられる様な防御力はリーヴァには無い。

 それが脳裏に過った瞬間、ケティルの蒼い髪が左右に大きく広がり、胸の中心部から魔力が堰を切らんと膨れ上がっていく。その堰をなんの躊躇いも無くケティルが取り払おうとした。その瞬間。


「お嬢!!!」


 制止の意味を込めたリーヴァの言葉にケティルははっと我に返った。込み上がりかけた魔力が再びケティルの内に沈んでいった。


「――――――降参だ」


 アイラの魔法が完成する寸前。リーヴァは淡々と降参を宣言した。最後の切り札を使えばこの窮地を乗り越える事は十分可能だ。だが、ここはそれを切る戦場では決してない。女王ミトラの政敵たるローレンツ家の者が居るなら尚更だ。自分達が女王ミトラと懇意にしているとバレるのは不味い。


「それは空の怒り、それは天の裁き、大気を裂きて顕現せよ……ん、降参?」


 リーヴァの降参の声にアイラは詠唱を途中で中止する。少々困惑気味な声色だが、まさかここで降参されるとは思ってもみなかったのだろう。そのままの体勢……リーヴァを胸に抱いたまま暫しの間、辺りを沈黙が支配する。

 降参と言った後、リーヴァは抵抗の為の力を全て抜き、目を瞑っていた。


「……もう抵抗はしない。離してくれ」


 一向に解放してもらえない事に業を煮やし、アイラの顔を見る様に顔を少し動かして呟いた。


「はわぁっ!?」


 リーヴァな僅かな動きに刺激されアイラは戦闘時とは比較出来ない女の子らしい柔らかな悲鳴をあげた。それはとても、ぐはっとか言っていた本人とは思えない程の可愛らしい悲鳴だった。 

 悲鳴をあげ、アイラは刺激の発生部位に視線を向ける。そこには己の胸に顔を埋めた執事服の少年が居るではないか、しかも無駄に吊り上がった視線がアイラの瞳を射抜いている。


「……あ……と……ひ、ひゃわあああああああああ!!!?」


 固まった思考が徐々に冷静さを取り戻し、現状を理解する。自分が今、同年代の少年を胸に抱いているという現状を。


「あばばばばばばばっ!!?げふうぅうううううう!?」


 反射的に雷撃がアイラから生まれリーヴァを痙攣させる。更にリーヴァを解放した両の(かいな)がこれでもかという力を込めてリーヴァを突き飛ばした。全身の筋肉を引き攣らせた状態のリーヴァにそれに抗う力は無く、リーヴァは地面を数度バウンドしながら自陣へと戻らされた。


「あぅ……す、すみませーん!!」


 電光石火、恥ずかしながらも特殊歩法、雷歩を使ってアイラも自陣へと戻る。


「……も、戻りました」

「え、ええ。良くやったわアイラ。流石、私のメイドね」

「あ、ありがとうございますぅ」


(な、なんかいつものクールさが無くなっちゃわね。よっぽど恥ずかしかったのかしら……。下手に抱き合うよりも恥ずかしい格好だったしね。仕方ないのかしら?) 


「……あ、痛っ」


 気持ちを落ち着かせる為にアイラは深い呼吸を一つしようとして、急に蹲る。色々あったのと脳内麻薬が分泌されていた為、忘れていたが、今のアイラは胸骨がへし折られた状態だったのだ。胸の中心を手で押さえつけ苦しそうな声を思わず漏らしてしまう。


「アイラっ!?大丈夫?」

「え……あ、少し呼吸がしにくいですが……まぁ大丈夫です」


 案の定、主たるアストリアが心配そうに駆け寄ってきてしまう。 


「……だ、大丈夫か?」


 主に不甲斐無い所を見られて、少々落ち込むアイラに再び心配する様な声がかけられる。その声はアイラにとって聞き慣れたものではなかったものの、忘れようのない声でもあった。少々以上に疲労感に満ちてはいた事を除けばだが。


「貴方……なんでここにって、何してるんですか?」


 痛む鳩尾に手を当てながらアイラが顔を上げると、そこには巨大な水の手に襟足を摘ままれたリーヴァが空中に浮く様にぶら下がっていた。


「……えっと」

「申し訳ありません。うちの執事があんな破廉恥なまねをしてしまって……テスラ様もすいません。大切なお付の方に……」

「え……うぅ、い、いえ。き、気にしてないので」


 リーヴァがアイラの問いに応えようとすると、巨大な水の手を操っていたケティルがリーヴァを遮る様にして謝罪の言葉を口にする。その仕草と言ったら、いきなり初対面で頭を撫で繰り回そうとした人物とはとても思えない程に礼儀の正しいものだった。


「え……あ、気にしないで。こっちも悪かったわ。降参した相手に電撃を浴びせて、突き飛ばすなんて、礼儀がなってなかったわ」

「う、アストリア様。申し訳ありませんでした」

「こら、謝る相手が違うわよアイラ」


 アストリアの言葉に半ば反射的に俯きながらアイラは頭を下げるが、謝る相手が違うとアストリアに窘められてしまう。


「……申し訳ありませんでした」

「い、いや……こちらこそ」


 戦いの中でとはいえ抱きついてしまった事にアイラは恥ずかしさを深め、リーヴァはリーヴァでその胸の暖かさと柔らかさを思い出して、気恥ずかしさから赤くなる。このままだと永遠に二人で頭を下げ続けそうだったが、それはリーヴァの主たるケティルによって阻止された。


「リーヴァごめん。ちょっと良い?」

「ん……ああ」

「ローテスラさん。怪我は大丈夫ですか?さっきちょっと辛そうにしているのが見えたんですが」

「大丈夫ですよ。それなりに鍛えているので」


 ケティルの問いに対して、アイラはきっぱりと大丈夫だと言った。本当は息をするのも大変な怪我なのだが、ケティルはこれから主人アストリアが戦う相手。何をされるわけでもないだろうが、弱みは見せずに済むなら見せたくはなかった。

 だが、そんなアイラの心中を知ってか知らずか、ケティルは何の前触れも無くアイラへと歩み寄った。白く嫋やかな指先を持つ腕がアイラの鳩尾にそっと添えられた。


「あぅっ!?な、なにを?」

「ちょっとっ!」


 折れた骨のせいで熱く熱を持った皮膚はただ触れられただけでも激しい痛みをアイラに与え、アイラはその激痛に思わず呻き声を上げてしまう。そして、アイラの悲鳴にアストリアが過剰に反応した。


「やっぱり、胸骨だけじゃなくて肋骨も折れてますね。横隔膜も結構損傷してます。……後少しリーヴァの攻撃が強かったら骨が心臓に刺さっていたかもしれませんね。まぁ、この位だったら……」


 仄かに光る水がケティルの右手から溢れ、優しくアイラを包み込む。


「わあ!?あ、痛みが引けてく」

「……貴女」


 それまで自分を苛んでいた痛みが和らぐ様に先までの恥ずかしさまで忘れたのか、アイラは素直に喜ぶが、アストリアはアイラとは対照的にやや訝しげな視線をケティルに送っていた。


「礼は言うけど、手加減はしないわよ?」

「結構ですよ。あくまでうちの執事がしでかしたセクハラのお詫びと思って下さい」

「いや、別に故意にしたわけで……むぐぐっ!?」

「ふぅん。良いわよ。そう言うなら全力で相手してあげるわ」


 雷の竜人と水の竜人が互いに戦意を高め合う。その合間でリーヴァが抗議を訴えていたが、ケティル以外には聞き届けられず水で口を塞がれていた。





次回はいよいよ大将戦。やっとここまで来ました。


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