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敵意は無いけど

更新が遅れて申し訳ないです。

 痛みを堪える様に、はたまた難題に直面したかのようにリーヴァは小難しい表情をその顔面に張り付けていた。他人とのコミュニケーションがほぼ無いリーヴァがそんな表情をするのは非常に珍しいのだが、例外的に彼の姿が見えるケティルにはそれほど稀有な光景でも無いので、驚きこそしないものの、少し肩を竦めていた。


「……むむ」

「はぁ……」


 蒼い髪が小さな吐息につられ、僅かに揺れる。

 リーヴァの悩みの理由など基本的に、主たるケティル、園芸、存在感の無さ。基本的にこの三つ位しかない。ケティルの経験上、この三つの中で、リーヴァがここまで悩むものを想像するのは難しくない。

そう、今リーヴァが悩んでいるのはケティルのことだった。


(……悩み過ぎって言いたいけど。私の為だし、って放置して良い問題でもないか)


 悩み過ぎているリーヴァを少々気にしてはいるものの、ケティル自身も今リーヴァが悩んでいる問題を軽視してはいない。

 その問題とは。


(でも、アデ……えーと、なんだけ?とにかくあれの派閥が解散になったってどういうこと?)


 リーヴァが所詮小さな派閥同士の小競り合いと思ったそれは、実はアデル達の派閥が壊滅された争いだった。


(でも、誰がそんな事をしたの?とういか侯爵家の人が率いる派閥をどうやって潰したのかしら?)


 派閥が潰されたのは三日前、アデル達がケティルの勧誘に来た次の日の放課後だ。偶然にしては出来過ぎている気もするが、無理矢理なやり口で周囲に軋轢を生じさせていたのもまた事実、遅かれ早かれこうなっていたかもしれない。

 ケティルもリーヴァもそこまでは想像出来たのだが、侯爵家の派閥を誰が潰したのかというところで、悩んでいた。

 侯爵家の派閥を潰すなど、並大抵の貴族では出来ないからだ。


(そこが謎なのよね……貴族じゃない生徒かな)


 アカメディア学園は貴族も多いものの、実力さえあれば貴族うんぬんは関係無く入学することが出来る。竜人に限らず亜人、人など多数の人種が学内に居るのがその証拠だ。

 でも、それらに該当する者達はあくまで貴族のしがらみに囚われないというだけで、侯爵家が率いる派閥を一日で潰せるという条件に当て嵌まるという者は居る可能性は低いだろう。


(そんな都合の良い話が……ん?もしかして公爵家だってりして……ははは、それはそれで無いな)


 蒼い髪を無意識に撫でながら、考えられる可能性で一番可能性が無いものを思い浮かべケティルは心中で苦笑する。九大竜族で公爵家ならその実力は九大竜族でも最強クラス。しかも権力も最高位とあれば、侯爵家の派閥を一日で潰した上に、立て直す気も失くすこと位できるだろう。


(そんな都合の良いタイミングで公爵家が出てくるかしら?)


 そこでケティルは考えるのを止めた。ろくに情報が無い中で考えても答えに辿り着くことは無いし、それにそこまで悩まなくてもケティルにはとっておきがあった。


(リーヴァの出番ね)


 一度、大きく深呼吸をし、ケティルはいつも通りリーヴァに頼むことに決める。

 情報が足りなければ集めれば良い、幸い情報を集めるのに関してケティルはこのリヴァイオールで一番の手札を有している。

 リヴァイオールの上層部では暗剣と呼ばれ、他国では情報を奪われた痕跡があるにも関わらず、その存在すら疑問視される程の諜報能力を持つリーヴァが、ここ最近は学生の情報を入手するために活動してる等と知ったら、諜報に身を置く者だったら卒倒しているだろう。






「行ってくる」

「ええ、よろしく頼んだわよ」


 そんなわけでリーヴァは放課後、早速諜報活動に向わんとケティルに軽く挨拶し制服の裾を直すと教室を後にした。

 授業を終えた解放感からか、多くの生徒があちこちに集まって談笑する中、リーヴァはいつも通り誰にも気づかれる事無く教室を後にする。

 諜報活動に向いたこの体質だが、人に気付かれないというのは、リーヴァが目の前を歩いていても相手が避けてくれないという大きすぎる欠点があった。

 今でこそ、周囲を警戒するのが癖になっており大事に至る事は無いが、昔はよく馬車に撥ねられかけたりもしていた。


「うおぅ!?」

「っ!っと」


 曲がり角を曲がろうとした瞬間、ちょうど走ってくる生徒にリーヴァは激突してしまった。

 いくらリーヴァが警戒していようとも、相手に注意され無いというだけで危険な場所と言うものがどうしても存在してしまう曲がり角はそんな場所の一つだった。

 割と勢い良く歩いていた為、リーヴァは思わず後ろに弾かれてしまう。咄嗟の事だったため、衝撃を逸らしきれなかった。曲がり角はこういった事が多いのだが、生徒が居なくなってしまうと情報があまり得られないと急いでしまった事が仇となった。


「すまな……って?お前……」

「悪いちょっと急いでてな……ん?誰もいない?あれ?」


 謝っても気付いてもらえないとはいえ、そこで無言で去れる程、良心が貧しくないリーヴァが謝罪の言葉を口にするが、その言葉はぶつかってしまった相手を見て、最後まで言う事は出来なかった。

 そこに居たのは先日、温室を訪れた大男がまるで大木の様に突っ立っていた。

相変わらずの如何にも鍛えていると言わんばかりの肉体に、刈り上げられた野性的な金髪だが、アデルの様に制服を着崩すような真似はしておらず、野性的な雰囲気を放ちながらもきちんと制服を着こなしているのは、少々違和感を覚えた。

 だが、それが何処と無く野生の中に身を置きつつも、己を律することを知る誇り高き獣の様な印象を少年に与えていた。


「気のせいか?……精霊達も反応ないし」


 リーヴァに気付かず少年は、周りをぐるりと見渡し首を傾げた。

 自身よりも頭が一つ分以上大きい少年を見て、あくまで人の中で良くも悪くも平均的な体躯に少々凹むが、一瞬だけ少年の体中から漏れた紐のような静電気をリーヴァは見逃さなかった。


(フルメン・ドラゴンか?)


 確定では無いしても、電気の扱いに長けた竜人と言えばフルメン・ドラゴンが候補としては一番だろう。

 だが、別にそれでどうしたという事は全く無い。

 ここはアカメディア学園、九大竜族は珍しくとも何ともない。そこで少年への興味を失くして、さっさと上級生の教室に行き、諜報活動に移る。

 ―――昨日の放課後までのリーヴァだったらそうしていただろう。

しかし、昨日少年が口にした言葉が引っかかりリーヴァは、その場を後にすることが出来ないでいた。


「あれ?ぶつかったのは間違いないと思うんだが……」

「……」


 今度はゆっくりと探る様にして少年は周囲を再度見渡した。

 その瞳にリーヴァが映る事は無かった。








 長く蒼い髪を右手でゆっくりと梳き、ケティルは肺に溜まり切った空気をそっと吐き出した。


「……ふぅ」


 執事として幼馴染みとしてリーヴァが自身に心配してくれているのは良く分かるが、流石に三日近く警戒状態で傍に居ては守る方も守られる方も疲れてしまう。

 自分の事を考えてくれるのは良いが、ああなると後先を考えなくなってしまうのがリーヴァの欠点だ。それを少し煩わしいとも思う反面、何よりも心地良いとケティルは思ってしまう。

 意識せずケティルの口元が微笑みを形作る。その表情に何人かの生徒が男女問わずに見惚れるが、その原因となるケティル自身はそれに気付きもしない。


「あのオーシャンさん?」

「おつかれー」


 貴族位の九大竜族でありながら角無したるケティルに声をかける者は学園では数少ない。その例外である二人の少女が親しげに声をかけてきた。


「ん?カナデにリアニ、どうしたの?」


 声をかけてきたのはケティルがリーヴァを覗いて最も良く話すカナデとリアニの二人。留学生だという事と、竜族の角無しがどういった意味を持つのかを分からないが故と、ケティルが良い意味で貴族らしさを感じさせない為に二人にとっては話しやすかったからだった。


「今日はリーヴァ君、部活に来るのかなって」

「あーちょっと今日も用事を頼んじゃって……ごめんね、部活の邪魔しちゃって」


しゅんとケティルは申し訳無さそうに頭を下げた。


「う、ううん!謝らなくても良いよ。どうせリアニが温室を吹き飛ばしちゃったからやる事なんてないしね」

「うっ!」


 責めるつもりは微塵も無かったのに、唐突に謝るケティルに慌てたようにカナデはフォローを入れた。

そして、その煽りを受けて温室を吹き飛ばした張本人たるリアニは苦しそうに胸を押さえた。

 カナデのフォローはあくまでケティルに対してで、カナデに対しては責め以外の何物でもなかった。

 ただの勘違いで温室をほぼ廃屋にしてしまっただけに彼女が感じる罪悪感は割と強烈だった。


「あ、ごめんリアニ」

「……ううん。私が悪いのは事実だしふふ」


 瞳は半分に濁り始めたリアニを見て、慌ててカナデは謝るがそれでリアニの罪悪感が軽くなるわけもなく、ふふふと体をやや傾けてリアニは笑っていた。


「リアニそんなに気にしなくていいわよ」


 暗いを通り越し、もはや闇に沈みかけたリアニを心配してケティルは微笑みを浮かべた。リアニを慰める為に口にした言葉だが、可哀そうだから口にしたわけではなく。きちんとした根拠からケティルはリアニにフォローを入れていた。

 あのほぼ廃屋へと追い込まれた温室、元に戻す方が難しい。素人たるケティルでもそんな事は分かる。そもそも柱がひん曲がっているのだ。所詮、人の身に過ぎないリーヴァに金属を曲げるなんて真似は出来はしない。

 一から温室を作り直した方が早いとリーヴァがぼやいているのをケティルは聞いていた。

 そして思うがままの温室を作るならどうするかと、思索に耽るリーヴァもまた見ていた。

 幸い、女王の極秘の仕事を幾つかこなしているリーヴァの金は、そこらの貴族よりも遥かに多い。業者に頼めば一か月もあれば出来るだろう。


「……でも」

「大丈夫だって。リーヴァもあんまり気にしてないみたいだし。明日には温室に顔出させるから……ん?」


 言葉の途中でケティルは自身の感覚に引っかかる何かを感じ取り、言葉を途中で止め、感覚が告げる方向―教室の後ろ側の扉―に視線を向けた。


(敵意は無いけど……なに?)


 そこにはリーヴァが先程ぶつかった少年が興味深げにケティルに視線を向けていた。







 リアニと目が合うと少年は人好きのする笑顔を浮かべ教室へと足を踏み入れた。笑顔こそ子供っぽく無警戒に見えるが、その足運びに無駄は少ない。堂々と悠然に雄大にケティルへと近寄って行く。ケティルのクラスメートから見れば、少年は隙だらけに見えただろう。だが、ケティルとリアニ、カナデ、それと極一部のクラスメートから見る彼には隙が無いように見えた。

 それもそのはず、少年はこの教室内で自身に危害を加えられるのが、今警戒している三人と他に数人以外には居ないと確信していた。彼がその他のクラスメートから見て隙だらけに見えるのは、彼に警戒する必要すらないと思われているからだった。


「貴女がケティル・オーシャンでよろしいか?」

「は、はい」


 その体に似合わず少年は慇懃に礼をする。先日の制服をだらしなく着ていたアデルとは違い、その様子には気品が溢れ、普段から儀礼服を着用している様子が窺えた。制服に着られているのではなく、制服を着こなすそれは、まるで彼だけが別の服を着ているとケティルは錯覚してしまう程だった。


「いきなりで悪いが……決闘の申し込みだ」

「え……えええっ!?」


 悪いと言いつつも少年には申し訳なさは微塵も見られない。ケティルが慌てているのを面白そうに眺めている様子は悪戯が成功した少年のようであった。



ナスタ姉の過去話をちょろっと入れようと思って書いてみたところ、分量が増えすぎと、書くのが楽しすぎて更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。


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