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そこに居るのか?


 ボロい、という言葉を遥か彼方に置き去りにし廃屋に限りなく近い骨組みだけの温室に三日ぶりにリーヴァは立ち入っていた。

 昼休みや、放課後にケティルの元にアデル達が来る可能性を考慮して、リーヴァがケティルと離れなかった為だ。

 自主的な護衛の強化だったのだがケティルが所属するのが女子水泳部という事もあって、彼には大変居心地が悪く、また着替えは覗いていないものの男子が居ない為か何処かリラックスしている彼女達を前に大きな罪悪感をリーヴァは感じ、普段よりも数倍疲れてしまった。

 それに、下手に他の女生徒に視線を送ろうものなら、ケティルに何を言われるか分かったものでは無いのもリーヴァに掛かる疲労に寄与していた。

憂慮していたアデル、もしくは彼の所属する派閥の盟主とやらが訪れる事はここ三日に限っては全く無かった。

 なんやら二年生の方で派閥同士の争いがあったようだが、それも一日と経たずに終息した為、リーヴァはアデル達とは関係ない小さな派閥同士の小競り合いだと判断していた。

 アデルが所属する派閥は侯爵家をトップとしているようだし、もしそんな派閥と争うというならそれなりの大きさが無ければぶつかり合うのを避けるだろうし、もし大きな派閥同士が争ったとしても一日で終息するわけがない。

 故にリーヴァはそのいざこざについては諜報活動をしなかった。

 侵入者を防ぐ何重にも敷かれた結界だろうが、複雑に張り巡らされた探査魔法だろうが問答無用で突破可能なリーヴァだが、それでいて気配が皆無という体質故に聞き込みと言う基本的な諜報活動は苦手というか無理なので、ある程度の情報の取捨選択をしないとキリが無い。


(噂話ならお嬢の方が向いているだろうしな)


 ケティルも貴族だったり、九大竜族だったり、角無しだったりとそこら辺の色々事情が色々と絡み合いあまりそんなに話すクラスメートはいないものの、リーヴァよりは大分マシだ。水泳部ではそこそこ人付き合いもしているようだし、なにより派閥云々の情報はその水泳部で得られたものだ。


 腕組みをしながら、リーヴァは温室のなれの果ての室内で、今後の対策を練り続ける。

 半分以上は現実逃避なのだが、現実逃避しなくてもばら撒かれたガラス片はもう片付けたし、骨組みの仮補強も済んだのでぶっちゃけやる事はほぼ無い。

 温室自体は建物の意味を完全に失っていた。リーヴァの持っていた袋からばら撒かれた養土の種で無駄に栄養状態が富んだ地面は、雑草が繁茂しておりより一層、廃屋感を滲ませていた。

 リーヴァが入部するまで数年放置されていた時よりも、雑草とは言え植物に溢れているというのは皮肉なものだ。


(リアニとか言ったか……何度見ても良く死ななかったな俺)


 爆発の中心地を再び見て、リーヴァは幾度目にかなる感想を抱いていた。

 今は温室を歪ませる原因になるのでリーヴァが取り外していたが、爆心地に一番近い骨組みは45度近くも傾いており、爆発の強さを物語っていた。そんな爆発で吹き飛ばされてリーヴァが無事だったのは偏に吹き飛ばされた先が窓だった為だ。これが壁だったら如何にリーヴァとてただでは済まなかっただろう。

 一応打撃に対する衝撃緩和の訓練も、鬼の様に受けていたが、それは不意を打たれなかった場合に限る。


「……やることがないな」


 温室内……いやもう内も外もない室内でリーヴァは肩を落とした。

 そのまましばらくぼーっとリーヴァは立ち尽くす。

 さらなる現実逃避に陥ったリーヴァは、屋敷で自分に与えられた温室の光景を脳裏に思い浮かべ、心の安定を図っていたのだ。

 オーシャン家は当主を始め、使用人一同は基本的に仲が良い。そんなオーシャン家の一人娘ケティルを助けたリーヴァは、幼い頃からオーシャン家に居た事も相まって非常に可愛がられていた。……気付いてもらえた時に限ってだが。

 その可愛がりっぷりは温室を丸々与えてしまう程。

 規模は学園のそれと遜色が無い程で、そこでリーヴァは色とりどりの花や、ハーブといった薬草まで種々の植物を栽培していたのだ。

 まだボロいとはいえ温室があったなら、一から十まで自分の思い通りに温室を弄る楽しみがあっただろうが、ここまで破壊されてしまうと何をしていいかも分からない。

 最初からケティルと同じ部活に入れればこんな事で悩みはしなかっただろう。同じ部活に入るなと言われて、空いた時間で園芸が出来れば楽しいなと期待したばかりに生まれた落胆だった。

 その落胆ぶりは結構なものだったらしく、リーヴァはそのまま日が暮れるまで温室で立ち尽くしていた。

 カナデやリアニが一応温室に来たものの、無反応のリーヴァに気付ず、またリーヴァも己が内面に沈み込んでいた為、気付くことはなかった。


「……ん?そろそろ夕飯の準備しないとな」


 半分以上すり減った思考でも、ケティル至上主義のリーヴァはその身に染み込んだ習性で、執事としての思考を取り戻しのろのろと温室を後にする。

 ふわふわと無駄に柔らかい雑草の感触が靴の裏からリーヴァに伝わり、なんだか無性にリーヴァも虚しくさせる。

 そんな思考から脱するために、今日の夕飯は何にしようかとあれこれと料理のレパートリーの中からケティルの好きな物と、今ある食材で出来る物を脳裏に浮かべふるいにかけていく。なんとなく明日の朝にも持ち越せそうなスープ系の料理にしようかと決める。

 決まれば後は行動するのみ、それまでのネガティブな思考を脇に追いやるとリーヴァは踵を返し、自室へと戻る歩みを心なしか早くさせた。

 だが、その早くなった歩みもほんのわずかに歩いたところで、終わりを告げた。


「……?」


 温室から僅かに離れた所に、温室を注視する人影にリーヴァが気付いたからだ。

 人影の正体は数センチ程までに刈り上げられた見事な金髪をした学生服の少年だった。

 比較的整った顔ではあるが、それは端正、中性といったどこか線の細さを感じさせるものではない。それは無駄な装飾を施されていない戦場いくさばの剣の様な魅力を秘めた容姿をした少年だった。

 意思の強さを表した様な竜人特有の角を頭に生やし、その体はその年にしては多い筋肉の鎧で覆われていた。


(なんだこいつ?)


 リーヴァの二回りは優に超える体躯をした少年がそこにいることにリーヴァは疑問を浮かべる事しか出来なかった。体育会系の代表みたいな肉体をしている少年が、まさか園芸に興味があるのだろうかと、リーヴァは真剣に悩む。

 外見から人の事を判断するのは良くないし、護衛も務める執事としても第一印象で人のそれを決めるのは安易に過ぎるが、贔屓目に見ても少年が園芸が似合っている様には見えなかった。


「オーシャン嬢と一緒に居ないからここかと思ったのだが……居ないな」

「……っ」


 その言葉にリーヴァは心中で首を傾げた。

 まだ己が主ケティルに竜人が用があるのなら分かる。先日のアホ貴族の筆頭の様な派閥の勧誘の者が再び現れてもおかしくはないが、竜人が自分に用があるとは思えない。


「いや、それとも……そこに居るのか?……暗剣」

「……何?」


 暗剣、リヴァイオール上層部ではリーヴァの事をそう呼んでいた。

 ケティル・ドラゴンが能力を行使する際に見せる頭部の角とは違う、体の外にある力の顕現たる角――ミトラで言うところの聖杖セイクリッド・ティア――が顕現しなけらば決してその存在を探知できないのと同じように、探査探知を無効化する手際から、畏怖された故の異名だった。……呼ぶとは言っても、実際にその姿を見た者は居ないが。

 女王の子飼いという事で表だって非難する者はいないが、後ろ暗い事を抱えている貴族達からは蛇蝎のごとく嫌われていた。なにせ、どんな索敵魔法、結界術でも補足不可能。大なり小なり秘密を抱えている貴族にとってこれほど恐ろしい相手もいない。なにせ、あまりに情報が少ない為、その存在すら常に疑問視されてるのだ。

 だが、同時に他国の機密情報を奪われたことすら気付かせずに手に入れられるその諜報能力はリヴァイオールにとって強力な武器でもあり、余計に誰も何も言えない。

 そんな性別すら定かではない……そんな暗剣の正体をたかが一学生が知っている可能性を考えリーヴァは驚いていた。


「悪いが……何の話だ?」


 だが、それを素直に表に出す程、リーヴァは馬鹿では無い。内面の動揺を一切見せずにリーヴァは暗剣と言う言葉も今聞きましたとばかりに、問い返した。

しかし、リーヴァは甘かった。甘々だった。その見事なまでに装った無表情は来訪者たる少年にはまるで意味を為さなかった。

 何故なら……。




「?……やはり居ないか」


 少年は一瞬、小首というには太い首を傾げると、リーヴァには目もくれず温室を後にする。


「……」


 ある種の緊迫感を伴った空気は一瞬の内に霧散した。

 自身の異名を口にした事で、少年が自分に気付いていると勝手にリーヴァは勘違いしたが、そう容易く気付いてもらえるほどリーヴァの存在感の無さは甘くない。

 自身の異名を口にした少年に警戒心を向けていたリーヴァだったが、想像もしていなかった少年の反応に凄まじい虚しさを感じていた。


「おい……それは無いだろ?」


 最近、リアニとカナデという友人が出来て、いまいち忘れかけていたリーヴァだったが、視界に入らない、声も届かないというのは、リーヴァにとって当たり前の日常だったのだ。忘れかけていただけにリーヴァが受けたダメージは深刻だった。がっくりと肩を落とし夕日の中でしばらく項垂れていた。







 しょぼくれていようが、いまいが、そんな事を理由に主に対する奉仕を疎かにするのは執事としては有りえない。それは主兼幼馴染みであるケティルの執事リーヴァでも例外ではない。

 暗そうな顔はするものの、体に染み込まされた調理技術を持って、今晩の夕食を作り、テーブルへと並べていく。


「ただいまー」


 リーヴァが食事の準備を終えた頃、まるで見計らったかのようにケティルが帰宅する。


「お嬢……髪どうした?」


 帰宅してきたケティルの姿を見るなりリーヴァはそう問うた。

 服、荷物はいつもの通りなのだが、何故かその髪はしっとりと濡れていた。ケティルは水との相性に優れた竜人、アクア・ドラゴン。故に水の扱いは慣れたもので、今ではリーヴァと初めてあった日とは違い、雨の日でも傘を差さなくても濡れない程にその技は高い技量を誇っている。

 その技をもってすれば、濡れた髪くらいは数瞬で余分な水分を掃える。にも関わらず濡れている髪にリーヴァは疑問を抱いていた。


「んーどうせお風呂入るし、それに今日は少し気合入れ過ぎちゃって疲れちゃったのよ」

「そうか」


 靴を脱ぐなりうーん、と優雅とは程遠い大きな伸びをケティルは一つすると、水気を帯びてより艶やかさが増した髪を靡かせ、制服から部屋着に着替えるために自室へと入っていった。


(濡れているとより映えるな……思い出すな)


 ケティルの姿を瞳に収めるなり、沈み込み塞ぎ込みかけていた心がまるで正反対の青空へと変化する。

先までのシリアスな落ち込みはもう欠片も残っていなかった。

 存外にというか、当たり前というかケティルが絡むとどこまでも単純になってしまうリーヴァだった。



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