すべて責は自分にあります
アカメディア学園のとある一室。
学園の中心部に立つ大きな塔、学園塔と呼ばれる建物の最上階の学園長室でリーヴァ達は今回の事件の説明をしていた。
部屋の中には、老人と言って差支えない男性、学園長ヴェイダルが己が椅子に腰かけており、リーヴァとカナデが部屋の中心にテーブルを挟んで向かい合うように据えられたソファーに二人並んで座っていた。
そして、学園と言うか温室……と言うよりリーヴァ襲撃の下手人としてリアニが手錠を嵌められて、もう片方のソファーの近くに立たせられている。
その脇には、若草色の髪を後ろで纏めた竜人の美女が一本の紐を右手にぶら下げていた。
紐はリアニの腰に繋がっており、いわゆる腰縄と呼ばれる類のものだった。
涼やかな気配を漂わせているものの、纏う空気は一片の揺らぎも見せておらず、リアニへの警戒を怠ってはいない。
学園長はリーヴァ、カナデそしてリアニの話を遮ることなく一通り聞き終わるとふむと顎髭を撫でながら頷いた。
「つまりリアニ君はここ……アカメディア学園に留学したカナデ君を、そちらの国、ルー王国でも問題視されておる誘拐事件に巻き込まれたと思い、後を追いかけてきたと」
「……はい」
「そして、ようやくカナデ君を見つけたところ、ちょうどリーヴァ君がカナデ君の前でナイフの物質化の手本を見せていたところをナイフを突き付けられていると誤解して温室を爆発させてカナデ君を助けようとしたというわけじゃな」
「……その通りです」
そう何を隠そうリアニは、ルー王国で幼馴染かつ同じ学校のクラスメートだったカナデが、留学の際にアカメディア学園の迎えの者と共に馬車に乗るのを見て何を思ったのか誘拐されたと勘違いしたのだ。
元々単純な思考回路を持つリアニ、カナデの迎えの者がルー王国では珍しい亜人だったこと、そして多発しているという誘拐事件の噂も、彼女の不安を助長する材料となった。
そして悩むこと無くカナデを助けようと、村を飛び出し、リヴァイオールに密入国までしたのだ。
現に美しきは友情と言ったところだが、そんな理由でリヴァイオール王国でも優秀な人物を育成するアカメディア学園に襲撃をかましたのだ。
下手をすれば国家問題にもなりかねないほどの事件。
「本来なら衛兵に突き出さなければならない所ですね」
リアニの腰縄を握っている女性が、淡々と告げた。
ちなみにこの女性はライラ・シューン。
学園守護隊の一人かつ教師でもある風の竜人、ドラゴン・フロンス。
かつて王宮守護、近衛隊にも名を連ねた事もある女傑だ。
「そんな……」
「……」
ライラの言葉に、カナデは何とかならないのかと悲しそうな声をあげ、リアニは俯き黙ったままだ。
自分がやったことの重大さを理解しているのだろう。
しかし纏う気配に悲嘆の色は無い。
「衛兵に突き出してもらってかまいません」
「リアニっ!?」
リアニの言葉にカナデは大声を上げてそれを制した。
勘違いとはいえリアニがやったことは、あくまでも親友であるカナデを救いたい、助けたいという友愛から生まれた純粋な思いの結果。
他国まで乗り込むなど、そう生半可な覚悟でできることでは決してない。
その行動の結果、カナデの安否をしっかりと確認できたのだ。
ならば、獄に放り込まれる程度、彼女からすれば何と言うことは無い。
むしろ学園を襲撃したことをルー王国に抗議され、互いに留学生を送り合う程に友好的な関係に罅を入れてしまうよりは何倍もマシだ。
「……そうか」
「学園長っ!確かにリアニがやったことは大変な事です。で、でもそれは私の為にやった事なんです!私が、別れの言葉を自分で言う勇気が無かったせいで招いた事なんです。……だから、だから!」
目尻に涙を溜めて、一生懸命カナデを庇う。
あまり物事を考えない性格だったことと、幼馴染だったこともあり、リアニを数えきれないほどフォローする羽目になったカナデだが、なんだかんだで世話を焼いた分だけ愛着が湧くというものだ。
それに逆に型に嵌った考えをし、応用力に乏しいカナデにリアニの性格は対照的な分、以外と相性が良かった。
故に親友と呼べる間柄になったのだ。
「お願いします!私なら何でもします!だから衛兵に突き出すのだけは許して下さい!」
大粒の涙を零しながらカナデは必死に頭を下げ続ける。
元はと言えば、親友たるリアニに数年間離ればなれになると言い出しづらくて、他の友人の口から伝えようとした彼女にも責はある。
むしろカナデ自身が強くそう考えてしまっていた。
自分のせいで親友が投獄されてしまうなんて考えたくもなかったのだ。
「むぅ、そう言われると衛兵に報告しにくいのぉ……」
カナデの涙を見なくても、元々学園長はリアニを突き出そうという気持ちは薄かった。
なにせリアニはリヴァイオールに牙を剥こうと思ったわけではない。
ただ純粋に幼馴染を助けようとしたに過ぎない。
これが、並みの術者であれば道中見つかっていたであろうし、温室を吹き飛ばす事もなかったであろう。
偏に彼女の実力が並外れていた為に今回の事件は大事になってしまったのだ。
勘違いから引き起こされたにしてはあまりに出来事だが、それで少女を衛兵に引き渡す程、学園長は狭い心を持ってはいない。
むしろ、真面目で手の掛からない子よりも、彼女の様に何処か抜けていたり素行が悪い子供こそ正しく導くことこそ教師本来の役目だと思っていた。
色々なものが内心で渦巻き、元々深い皺で覆われた顔に更なる皺が刻まれる。
ちらりと片目だけ小さく開き、学園長はリアニへと視線を送る。
これから衛兵に引き渡されるかもしれないのだ。
罪状によっては牢屋に何年も投獄されるのもおかしくはない。
普通の少女であれば悲嘆に暮れるところであろうが、彼女の表情には悲しみにも憂いも無い。
純粋にカナデが無事であったことだけを喜んでいるように見えた。
とは言え、あくまで学園長個人としては衛兵に突き出すことなどはしたくはないが、リヴァイオールを代表する教育施設アカメディア学園の学園長としては十代も半ばの少女に密入国を許す国境警備隊の警備の緩さを指摘しない訳にはいかない。
ここのところ頻発する誘拐事件に最も警戒すべき北に人員を割くのは決して間違いではないが、だからといって不審者の密入国をほいほいと許すのは別だ。
「……ふむ」
緩んだ警備体制にリアニのような少女の密入国を許したとあらば、警鐘としては十分に過ぎる。
しかしそうなると、温室への襲撃も報告せねばならない。
だが、だからと言って……。
もう何度目かになる思考のループに学園長は捕えられていた。
次第に剣呑な空気に学園長室が包まれていった。
眉間に皺を寄せ、言い淀む学園長から無罪放免と言われると感じる程、空気が読めない二人では無い。
「……言いにくいのじゃが」
「申し訳ありません。すべて責は自分にあります」
冷静な、一切の感情を配した慇懃な声が学園長室に響き渡り、苦渋の決断をしようとした学園長の言葉を遮った。
その声の主に部屋に居た者達は一様に驚きの視線を送っていた。
声の主はこの事件の中心人物であり、リアニと死闘を演じた執事の少年リーヴァ。
そんなリーヴァに驚きの視線を皆が送っていたが、その驚きの中身はリーヴァの言葉の意図が分からない事ではなかった。
(そう言えば部屋に居た(のぅ)わね)
という酷いものだった。
学園長の下す決断を気にするあまりすっかりリーヴァの存在は皆の脳味噌から吹き飛ばされていたのだった。
人に気付かれないばかりか、人に忘れられるスピードも常人離れしているどこまでも不憫な少年である。
「オ、オールス君じゃったな。して責とはなんじゃ?こういう言い方はあれじゃが、お主は学生でありながら咄嗟の襲撃をほぼ無傷で対応したのじゃ。学園の守備隊でも難しい事をやってのけたのじゃ、責なぞ欠片も無いぞ?」
「いえ、温室の雑草を刈る際に風の精霊を暴走させてしまって温室を吹き飛ばしてしまいました」
「「「っ!?」」」
リーヴァの言葉にリアニ以外がその意図を汲み取り、目を見開く。
今までの証言からリアニが水と火の精霊を同時行使した水蒸気爆発で温室を吹き飛ばしたのは明白だ。
だがそれをこの場で否定するような言葉をリーヴァが告げたのは彼が彼女を庇っているのに他ならない。
リーヴァとしては温室を吹き飛ばされた恨みはあるものの、それが勘違いとなれば恨みも大分薄らぐ、それどころか女の子の肋骨をへし折ったのは流石にやり過ぎたと思っていたので多少庇おうかな程度の認識だった。
子爵家でケティルとほんの限られた人としか交流していないが故にリーヴァはいまいち常識に欠けていたため彼女が牢獄に入れられるなどとは欠片も思っていなかった。
精々が衛兵に少々怒られるだろう程度の認識だった。
リアニの罪をきちんとリーヴァが理解していてもきちんと庇っていたであろうが、そこには多少の躊躇いがあったであろう。
その躊躇いが無い分、自然にそれがさも当然とばかりにリーヴァがリアニを庇う言葉を口にしたため、学園長達はそこに口を挟めない確固たる意志を込められていると感じた……勝手に。
「彼女は友人を心配してここまで来ただけです。ようやくこの学園に辿り着き、温室の近くに来たところで温室の爆発を目撃した。それだけです。その温室も自分の精霊制御が未熟故に起こしてしまったものです。温室の爆発の責は全て自分に帰結します」
揺らぎを一切感じさせずリーヴァはそう言い放った。
マホガニー製のテーブルの上にティーセットが二人分並んでいた。
リーヴァがとある依頼の報酬に女王ミトラから貰い受けた無駄に高価なそのカップに並々と紅茶が注がれる。
手慣れた所作でカップが唇に運ばれ、芳しい香りと共に口内に紅茶が吸い込まれ嚥下される。
紅茶は淹れ手によりその味を驚くほど変える。
品質が良い事ももちろん大事な要素だが、淹れ方がより重要視される。
例えば飲む人数よりも一人分多くするとか、カップを温めるとかそりゃあもうゴールデンスタンダードと呼ばれる淹れ方がある程だ。
執事やメイドと言えば紅茶を思い浮かべる人も多いだろう。
紅茶の淹れ方は一流の執事やメイドの嗜みと言えた。
「苦い」
僅か三文字。
ばっさりと言い放ったその一言が今、カップに注がれた紅茶の全てを物語っていた。
「あれ?そんなに苦い?」
「苦いなんてもんじゃない。茶葉を使いすぎだお嬢、その三分の一でも多いくらいだぞ?」
やけに機嫌が良く紅茶を淹れてあげると言ったケティルの言葉を甘んじて受けた己をリーヴァは酷く後悔していた。
この紅茶を淹れたのはもちろんリーヴァではない。
リーヴァは女王に気に入れられているだけあり、紅茶の淹れ方は王宮仕込み、非公式とは言え女王に紅茶を淹れる事を許されている数少ない一人。
何かと彼に厳しいナスターシャも隠密と紅茶だけは勝てないと言わしめる味なのだ。
故にリーヴァの紅茶をいたく気に入ってるはずのケティルが自分で紅茶を淹れるなぞ異例中の異例であった。
「まぁまぁ味よりも、ここはお嬢様に淹れてもらったことを喜んだら?」
「……ふん」
満開の花の様な晴れやかな笑顔を浮かべるケティルに照れ隠しなのかぶっきらぼうな返事をして、リーヴァはそっぽを向いた。
苦い苦いと言いながらも、少しづつではあるが紅茶を飲み進めていく。
天邪鬼にも程がある男だった。
「♪~」
「な、なぜ俺を見ながら鼻歌を歌う?……」
「いや~うちのリーヴァはやっぱり良い子だなってね」
「んうっ!?」
テーブルに両肘をつき顔を支えながら突然、自分の執事を褒めだすケティル。
その脈略もへったくれもない褒め言葉に危うくリーヴァは目の前の座る主の顔面を的に紅茶を噴き出すところだった。
「ふふふ」
「お嬢……何を笑っている?」
リーヴァが紅茶を噴き出す顔が面白かったのかくすくすとケティルは笑っていた。
紅茶が顔面に噴き出されるという危険を知らなかった故の無邪気な笑いではない、例えそんな事態に陥ったとしても、彼女は水を司る竜人、不意打ちであろうとも意思が込められていない水であれば防ぐのは容易い。
「いや、カナデちゃんの友達……リアニちゃんだっけ?」
「……確かそんな名前だったな」
「覚えてないの?……まぁいいわ。とにかくそのリアニちゃんを庇って偉いなってね」
「え、偉い?」
「偉い、偉い。密入国に王国でも重要施設の一つであるこの学園の襲撃、十分に重罪よ。友達を助けに来たって理由で許される罪ではないわ。密入国と施設の破壊はしているわけだしね。最低でも数年は投獄されたでしょうね」
「……」
ケティルの言葉にようやくリーヴァはリアニが結構な罪を犯したことに気付く。
(え?あの子のやったのってそんなに大事だったのか?)
主人たるケティルと、先輩のナスターシャ、そして女王ミトラに散々に女の子には優しくしろと教え込まれたが故の反射的な行動だったのだが、意外に大事だったことにリーヴァは内心で肝を冷やす。
リーヴァが温室の爆発が自分のせいだと言い張ったおかげで、リアニは友達が誘拐されたと勘違いして密入国してまで追ってきた友達思いの少女に落ち着いた。
本来なら、それで納得はされないだろうが、幸か不幸かリヴァイオール国を含む周辺諸国では最近、誘拐事件が多発している。
ならばそれに巻き込まれたと勘違いしてもおかしくはない。
その方向に話を学園長が持っていったのだ。
リーヴァがその為に嘘を吐いたと勘違いして。
「ミトラ嬢ちゃんが言っていたオーシャン家の執事……確かに中々に面白い子じゃのう。儂の感覚にも全く反応無し。末恐ろしいのぅ」
そう言って学園長は自らの尖った耳をポリポリと掻いた。
学園長は亜人の国でも非常に珍しいというか、本来なら西の大密林に国を構えるエルフ族。
齢三百年を生きるリヴァイオールの生き字引。
実はミトラが只のルナ・ドラゴンのときを知り、女王陛下を嬢ちゃんと言ってのける数少ない人物だったりする。
故に、肉体的な強さこそ若者には負けるものの、魔力制御、精霊制御は非常に優れているし、人を見る目はある。
その彼をして、思わず同じ部屋に居ることすら忘れさせるほどの気配の隠蔽能力、しかし自分を襲った相手にも関わらずその理由が友人の為と分かるや、庇おうとする優しさ。
元々、学園長自身もどうやって彼女の罪を誤魔化すか考えていたところでのリーヴァのあのセリフ。
渡りに船と、リーヴァの案を採用したが、もし彼女を衛兵に引き渡していたら、その優しさがどうなっていたかと考えると背筋が冷えた。
「さてはて、ミトラ嬢ちゃんも色々と考えているようだしの。彼の実力がこれほどのものなら、安心じゃのぅ。帝国と魔人種達の動きも怪しいからの。……二百年前以来か……」
かつての教え子がケティル・ドラゴンへと覚醒し、活性化した魔物、魔人種達の討伐を行った。
最近、それに似た傾向が続き、思い悩んでいたがどうやら若い芽はまた芽吹いたようだ。
学園長は椅子に深く座ると安堵の吐息を吐いた。
それが多分な勘違いを孕んでいるとも知らずに。
二週間ぶりの更新です。
お待たせして申し訳ありません。
祖母の葬式で更新できませんでした。
まさか孫代表でお別れの言葉を言う羽目になろうとは、中二みたいな話じゃなかったか心配です。




