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立派な角が有りますから

ようやく、体が空いたので平常運転に戻します。


大分お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。


教室の前側のドアがゆっくりと開かれ、一人の少女が姿を見せた。

百六十後半のやや女性にしては高い身長、この国では珍しいリーヴァと同じ黒い瞳は切れ長の目尻と合わせて強い意志を表しているように見える。

そしてこれまた珍しい黒色の髪を後ろで二つに縛ってゆったりと肩に流し、新品の制服にその身を包んだその少女は、リーヴァと戦いを繰り広げた少女リアニその人だった。

埃と泥、そして疲れをその身に纏っていた頃とは想像もつかない姿は変身と呼んで差支えない変貌ぶりだった。

リーヴァが温室の爆破を庇ったおかげで、随分と罪が軽くなった為、対外的には他国に行く親友が心配で密入国をしてしまった友達思いだけど、そそっかしい少女に彼女の評価は落ち着いていた。

学園長がかなり顔が利く方とはいえ、どうやってルー王国の許可を取りつけたのかは謎だが、ルー王国にしても例年通りなら一人しか留学生をとらない名門校アカメディア学園が無条件で入学を許可するというのなら、拒否する理由は無いに等しい。

それにリアニは如何に北の帝国対策で、友好関係にあるルー王国との国境の警備を疎かにしているとはいえ十五の年齢で友人を救うために密入国を行う胆力と、遠距離からの精霊制御を容易く操る精密な魔力操作と持つ彼女は学園長としても是非、鍛えてみたい人材でもあった。


「リアニ・リーフラインです。ルー王国からの留学してきました。家庭の事情で少し遅い入学となってしまいましたが、三年間よろしくお願いいたします。あ、同じクラスのカナデとは幼馴染です」


堂々と物怖じせずに彼女はシンプルに自己紹介する。

ちなみに文面を考えたのは彼女の親友、カナデ。

……最後に付け加えたのはアドリブだが、余計な事は特に言ってないので問題は無い。

ぺこりと頭を下げ、リアニは担任の教師の指示通り、空いていた席へと足を進めた。

彼女の母国ルー王国とは違いクラスメートはカナデとリアニ、リーヴァ以外に人間はいない。

物珍しげにリアニは席に着くなりきょろきょろと辺りに視線を飛ばしていた。

猫人、狼人などの比較的多い亜人はもちろんのこと、竜人など他国では比較的珍しい亜人、皮膚を硬質な金属で覆われた岩窟人や、銀狼人等の希少亜人が一つの部屋の中にいるのだ驚くのは無理らしからぬことではあった。

しかも、そのうちの岩窟人が隣の席なのだ。

視線を向けるなと言う方が無理だった。


「じー」

「……」


二メートルを優に超える体躯。

金属と言うよりも、宝石の原石の様な凸凹でこぼこの皮膚。

時折、赤く発光する瞳。

クラス一無口な癖に、その風貌から一挙手一投足がやたらと目立つ。

にも関わらず未だに誰も声をかけようとはしていないかった。

だが、亜人を知らないが故に岩窟人がそんなに珍しいと思っていないリアニには、竜人だろうが獣人だろうが岩窟人だろうが大差は無い。

なにせ、見る亜人のほとんどが初見なのだから。


「これからよろしくね」

「……アア」


そんな素直な挨拶に岩窟人は言葉少なげながら頷くと同時に答えた。

ざわっと教室内にどよめきが走る。

入学以来、ほぼ初めてとなる言葉なのだ。

驚くなと言うほうが無理がある。

教室の喧騒は今しばらく静まる気配は無かった。








きらきらと太陽の光を反射し、透明感のある水に満たされたプール。

ここはアカメディア学園、第二プール。

授業で使う第一プールと異なり、主に部活動で使う事を目的にしたプールである。

時刻は既に放課後と言うこともあり、現在は多くの水泳部員が広いプールで思い思いに泳いでいた。

その中の一つのレーンから勢いよく、ケティルが飛び出した。


「ふぅ」


心地良い疲れを払う様にケティルは軽く頭を振った。

ただそれだけの動作で、ケティルの体に付いていた無駄な水分が消える。

何気ない動作で水分を切ると、ケティルはプールサイドに脇に据えられた三人掛けの椅子にゆっくりとした動作で近寄り、腰を下ろした。


「少し飛ばし過ぎたかな」


今まで自分が泳いでいた水面を泳ぎ着かれたのか、少し気怠げな様子でケティルは眺めていた。

水泳部ということもあり、アクア・ドラゴンはもとより、水辺に住む亜人達の割合が非常に多い。

それ以外は純粋に水泳が好きか、水の精霊との相性が優れた者達だ。

足の裏からジェットの様に水を噴き出して泳ぐ者や、水流を巧みに操り水の抵抗を減らして泳ぐ者など、個性溢れる泳ぎ方が彼女の眼前で繰り広げられていた。


「お疲れ様、オーシャンさん」

「あ、お疲れ様です」


ぼんやりとプールを眺めていたケティルにタオルを首にかけたショートカットの翠色の髪の少女が声をかける。

ケティルも急に声をかけられたものの、彼女の接近自体は水の精霊が感知してくれていた為、驚く事無く挨拶を返した。

声をかけてきた少女は、ケティルと同じ水泳部に属する一つ年上で部内でもスレンダーな部類に入る先輩ササミ・ボーデン。

一見すると角や獣耳も無く人に見えるが、彼女も立派な亜人。

彼女は水の中に住む亜人、ネーレウスという種族である。

水の中に住む亜人の多くは、水の中から出られない、もしくは水辺を離れられない種族が多い中、ネーレウスは鰭や鰓を備えた水中形態と、人と変わらない陸上形態という二つの姿を持つ変わった種族であった。

夜に狼の姿に変わる人狼族と少し似ているかもしれない。

とは言え、やはり元々は浮力が働く水中で暮らしている為に、陸上では人よりも体力面で人に劣っていた。

これも、人よりも優れた肉体を持つ者が多い亜人では珍しい特徴だった。


「流石アクア・ドラゴン。水の扱いにかけてはかなりのものね」

「ええ、ありがとうございます。でも先輩には勝てませんよ。精霊を使わなくても、あれだけのスピードが出せるなんて凄すぎですよ」

「あはは、ありがと。まぁ一応ネーレウスだからね。水中では魚並みには泳げるよ。陸が苦手な分、ホームグラウンドでは他の種族に早々負けてられないよ……ん?どうかした?」


他の部員が泳いでいるのを見ながら自慢げにササミは語る中、ケティルが興味深げに自身を見ていることに気付き、小さく首を傾げるササミ。


「いや、水の中と外だと随分姿が変わるんですね」

「そう?」

「ええ、水中だと足が無くなりますし、鰭とか鰓とかも生えるじゃないですか。あ、隣どうですか?」

「ん?ああ、ありがとう」


勧められるままに、ササミはケティルの隣にゆっくりと腰を下ろす。

両者が並ぶと、よりササミの華奢さが目立った。

……言っておくが、別にケティルが太っているわけでない。


「……なんですか?」

「んー。ちょっちねー」

「ちょっち?」


可愛らしく小首を傾げるケティルをちょっぴり可愛いなと思いつつも、ササミは言葉を続ける。


「オーシャンさんは派閥って知ってるかしら?」


新入生にはまだ聞きなれないかもね。

とササミは苦笑いしながら付け加えた。

アカメディア学園には学生同士のコミュニティ、派閥が生徒に対して少なくない影響力を持っている。

元々は絶対数が少ない亜人同士の集まりに過ぎなかったそれは、やがて能力や実力が優れた者が、中心となるのに、そう時間は掛からなかった。

元々、実力主義のある意味健全なコミュニティだったのだが、ここ数年、家柄が重視され大して能力は無いくせに幅を利かせる者が多くなっていく傾向にあった。


「ええ、名前だけは……でも私、別に派閥に興味はありませんよ?」

「うーん。だと思ったんだけどね。私みたいに爵位を持っていない人は良いんだけど……オーシャンさんって子爵家でしょ?」

「そうですね。それがどうかしましたか?」

「二年生に侯爵家のフルメン・ドラゴンが居るの、爵位にものを言わせて自分の家よりも位が低い有望な人材を次々に派閥に組み込んでいってるわ。断ったら親に言いつけて実家に嫌がらせするって悪質な方法もとってるみたいよ。私のクラスメートの子とか部内の人でも被害にあってる人がいるから、気を付けてってそれだけなんだけどね」

「それは……酷い事をしますね。でも私は見ての通り角無しです。有望とは程遠いですから心配ありませんよ。忠告して頂けたのはありがたいですけど」


同じ爵位を持つ家柄としてケティルは嫌悪感を露わにする。

そして憤慨を内心に浮かべながら、自分の髪を掻き上げ角が無いのを見せ、自身の実力が大したことが無いことを示す。


「そうそれならいいけどね。……じゃあまた私は一泳ぎしてくるわ。休憩中邪魔しちゃったわね」


小さな溜息と共にササミは立ち上がると、ケティルに背を向ける。

そのまま、去って行くかに見えたが、すぐにケティルに向き直った。


「……角の無い竜人は半人前って言うけど……貴方はそれに当て嵌まらないわね。というか本当に角が生えてないの?」

「買いかぶりですよ」


くすりと笑いながら、再びケティルは青い髪を掻き上げるが、やはりそこに角は無かった。

竜人族はある程度、歳を重ねるとほとんどの者が頭部に角が生えてくる。

生えてこないのは、竜人以外の血が入っている場合や、力が乏しい者などに限られ竜人の中では角の有無は大きな意味を持っていた。

差別や迫害にまで発展することは少ないが、冷遇される事は非常に多い。

ケティルも元々の家柄が高い事と、九大竜族に連なるアクア・ドラゴンということで表だって、彼女を悪く言う者はいないものの、友好的とは言えない視線を何度か感じていた。

ケティル自身は、そんな視線を意にも介していない。

何故なら。


「全然平気ですよ。頭には生えていませんが、ちゃんと立派な角が有りますから」

「へ?」

「私の執事をしてくれている立派な角がね」


思っても見なかったケティルの言葉に、ササミはポカンと口を開けて呆けていた。

そして、ケティルは自分で言っておきながら、恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて小さく微笑んだ。





まるで絨毯の様に青々とした雑草が地面を覆っている。

春という季節を考えれば、多くの者が別に不思議でもなんでもないと思う光景なのだが、ここが温室というなら話は別だ。

しかも、その温室は建物とは名ばかりでガラスはほとんどが吹っ飛び、その骨組みも歪んでいる。

そう、ここはリアニが先日吹き飛ばしたリーヴァが立て直そうとした園芸部の温室だった。

吹き飛ばされた当初は、風が吹くたびにグラグラと揺れていたのだが、特に弱った部分だけだがリーヴァが補強をしていた為、倒壊の危機は今は無い。


「本当にごめんさい……」

「俺もやり過ぎた……すまなかったな」


四方八方にばら撒かれたガラスを片付けながら謝るリアニに、リーヴァは自分もやり過ぎたと謝り返す。

リーヴァが温室を破壊された際に行った反撃でリアニはかなりの怪我を負った。

彼女自身が優秀な癒し手であった為に、大事には至らなかったが、放って置けば命に係わる程の怪我だったのだ。

女性には優しくとあれと激しい教育を受けたリーヴァは、謝罪以上の罪悪感を感じていた。

それにガラスは彼女に多大な非があるが、もう片方はリーヴァのせいでもあった。


「雑草は俺のせいでもあるしな……はぁ」


言葉尻の溜息はリアニに聞こえないように器用に吐きながら、リーヴァは肩を小さく落とす。

内心は盛大に落ち込んでいたが、なんとかそれを器用に隠していた。

そして、こっそりと懐に入れていた皮袋を握る。

養土の種を淹れていたそれは、今は大分その大きさを縮めていた。

そう実は、温室とその外の地面が大量の雑草に覆われていた理由。

それはリーヴァが爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた際に、緩んでいた袋からばら撒かれた養土の種にあった。

ばら撒かれた地面で養土の種は触れた地面を植物の生育に適した土に作り替えたばかりか、込められた大量のマナが放出された為に起こった珍事だった。

園芸用の植物でさえ、驚くほどの成長を見せる程のもの、雑草の成長が爆発的に進んでもなんら不思議ではない。

むしろなまじ生命力が強い分、その効果を受けやすいかったのかもしれない。

骨組みのみの温室に、辺りは生い茂る雑草。

リーヴァが立て直そうとしていた温室は、今や打ち捨てられた廃屋へと成り果てていた。

これが勘違いの末だと思うと、リーヴァが肩を落とすのは致し方無いことだった。


「……でもなんであいつが居るんだ?」


「……ォォ」


リーヴァが疑問に塗れた視線の先には、リーヴァとは逆に圧倒的な存在感を放つクラスメートの岩窟人がばら撒かれたガラスを器用に集めているところだった。






こぽこぽと耳触りの良い音が室内に溶け、あらかじめミルクを入れたカップに紅茶が注がれていった。


「淹れたぞ」


手早く、スプーンで紅茶を掻き混ぜリーヴァはケティルの前にカップを置いた。


「今日はスコーンかぁ。……ああ、やっぱりリーヴァの紅茶は美味しいね。ううんスコーンも美味しいー」


美味しそうにスコーンと紅茶と言うある意味完璧な組み合わせにケティルは舌鼓を打つ。

自身が手をかけた紅茶とスコーンを褒められ、多少頬を緩ませリーヴァは向かいの席に座り、自分の紅茶とスコーンを口にした。


(さて、ガラスをどこから調達するかな)


骨組みしか残っていない温室を思い出しながらリーヴァは紅茶を飲み進めていく。

あれだけの事があったというのに、リーヴァの土いじりへの情熱は、カップに注がれた紅茶の様に熱いままだった。


発表も無事に終わってようやく小説がかけますよ。

おあーストレスがマッハで溜まってましたよ。

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