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文字にすると怪しいお仕事~怪しい仕事ランキングナンバーワン(?)の「宝石商」だけど、地獄の短納期量産も職人の意地でねじ伏せます。~  作者: 成屋 伊織


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5 企画会議の結果

「——というわけで、先方の企画会議に通った場合、急ぎで対応しなければいけないかもしれません。サンプルと並行で進めないといけないので、二人には負担を掛けてしまうけれど、よろしくお願いします」

 僕は、出社してきた早乙女さんと朴さんに、今朝の出来事を説明した。

 早乙女さんは、うんうん頷きながら、A4の裏紙を半分に切ってまとめた紙束になにかを一生懸命書き留めている。

 朴さんは、じっと僕の顔を見たまま黙って聞いているが、理解しているんだかいないんだかよくわからない。

「それでどれくらいで返事が来るんですかね?」

「九時から企画会議だと言っていたので、十時位には連絡がくると思います」

 僕がそう言うと、早乙女さんがホワイトボードに予定を書き始めた。朴さんは無言のまま、作り途中のサンプルが乗っているトレーを手に取り、作業台に向かう。

「まず、今日鋳造に回しますよね。同時に石を発注。あ、石の在庫はあるんですよね?」

「うん。それはアーディブさんに話して在庫を確保してもらってるよ」

「それでは、鋳造が上がってきたらすぐに次の工程ですね。早ければ明日の夕方には鋳造が上がってきて、石留めと仕上げか……。納品は来週ですよねいつも通り木曜納品かな?」

「そうだと思うけれど、連絡が来たときにいちおう確認してみるよ」

 早乙女さんは、ホワイトボードを見つめながら、顎に手を当ててじっとなにかを考え込んでいた。頭の中で工程の日数を計算しているのだろう。

「木曜日ってことは、水曜に検品と発送か。ギリギリだね。念の為に浜崎さんにも仕事のつまり具合を聞いておきますね」

 浜崎さんは、僕が宝飾業界に入った頃からずっとお世話になっている鋳造業者【ネクストキャスト】の社長だ。

「早乙女さん。いつもありがとう」

 僕は本当に周りの人に恵まれていると思う。早乙女さんがこうやって色々と先回りをして調整してくれなければ、僕の会社はスムーズに回らないのだ。

「なにいってんのよ。職人じゃない私にできることなんてこのくらいなんだから当然でしょう」

 急に顔を伏せてサンプルの検品を始めた早乙女さんは、こともなさげにそう言った。

「でも、連絡が来るまでは確定じゃないんだから、とりあえずサンプルを進めましょう」

「うん。そうだね」

 僕が作業台に向かおうとしたとき、朴さんが石留め用の小さな金槌をリズミカルに動かし始めた。

 僕は別のサンプルが乗ったトレーを手に、磨き用のバフの機械の前に座り、集塵機のスイッチに手を伸ばす。

 早朝は静かだった小さな会社の中は、集塵機とバフのゴォウという轟音と、金槌のコツコツというリズミカルな音で満たされた。


 サンプルにバフを当てながらも、冴島さんからの連絡はすぐ取れるように、耳を澄ませていた。

 僕はサンプルを何個仕上げただろう。

 朴さんは石を何個留めただろう。

 早乙女さんは何個検品しただろう。

 気がつくともう昼近くになっていた。冴島さんからの連絡はない。

 僕は、仕上げ終わったサンプルを超音波洗浄機で洗って、ドライヤーで乾かしたあと、早乙女さんのところで持っていった。

「早乙女さん。これ検品お願いします。なんか企画会議通らなかったみたいだね」

「そうですね。まったくあの人は、先週から失礼過ぎません?」

 早乙女さんは、眉をひそめて肩を上下させながらため息をついた。

「まぁまぁ。多分他社のサンプルのほうが良かったんだよ。よくあることさ。サンプルに集中できると思うことにしよう。念の為に、昼休みが終わったら冴島さんに電話して結果を聞いてみるよ」

「まったく、秋葉さんは本当に人がいいというかなんというか。まぁ、そう言うところが秋葉さんのいいところなんですけどね」

 早乙女さんがそう言い終わると同時に、時計の針がカチリと十二時を差した。

「よし、お昼にしよう」

 そう言って朴さんが手を洗っている流しに向かって歩き始めた。早乙女さんは入口の扉に昼休業の札をかける。

 朴さんと肩を並べて手を洗いながら、朴さんに話しかける。

「朴さんは今日のお昼はなに?」

 朴さんはいつも奥さんの手作り弁当を持ってきている。

「プッチンゲ」

「プッチンゲ? なにそれ?」

 朴さんは少し考えたあとで、ニコリと笑いながら僕の顔を見た。

「アー。チチミ」

「チヂミかぁ。へぇ。韓国だとプッチンゲって言うんだ。美味しそうだね」

 朴さんは無言で笑みを返すだけだけれど、多分話は伝わっているだろうと思う。

 僕は弁当を買うために会社を出た。その瞬間に湿気を帯びた猛烈な熱気が全身を襲ってきたが、冷房の効いた室内で冷やされた身体に心地よかった。まぁ、すぐにこの暑さが不快になるのはわかっているのだけれど。

 このとき、僕はなにかを忘れているような気がしたが、どうしても思い出せなかった。


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