4 冴島の用件
「……そういうことですか。できるだけ早くとは、どのくらいをイメージされていますか?」
「来週だ」
ビジュアントの量産納期はいつも木曜日と決まっている。全国の店舗で金曜の夕方から新商品を並べられるように、ということらしい。すぐに発注が入ったとしても、今日を入れて八営業日で出荷する必要がある。
「ら、来週ですか? サンプルどころか、原型すら出来上がるかどうか——」
「それはわかっているよ。だから、新規で原型をおこさなくても作れるものを探しているんだ。君のところでなにか持っていないか?」
僕は少し考えて、金庫に手を伸ばした。
「少しなら持っています。アイテムは何がいいですか? そのスピード感だと、耳ものですかね? 上代はいくら位ですか?」
「地金は10金で、リングなら五万。ピアスなら三万だ」
10金は従来よく使われる18金と比べて、金の配合量が少ないので、安くて硬いという性質がある地金だ。
昨日の10金の地金相場は約一万円。今日の相場はまだ出ていない。昨日のニューヨークの地金相場はあまり大きな変動はなかったので、昨日とほとんど変わらないだろう。
ビジュアントの原価率から考えると、リングは一万円くらい、ピアスなら約六千円で作る必要がある。加工賃を考えると、リングはコンマ7グラム以内、ピアスならコンマ3グラム以内で作れるものに限られる。かなりきつい条件だ。
僕は金庫に鍵を差し込んで重い扉を開くと、サンプルが乗っているトレーをいくつか取り出し、テーブルの上に並べた。
「ピアスだったら来週までに量産できるのか?」
冴島さんがトレーに手を伸ばし、サンプルをひとつずつ手に取って眺め始めた。
「石屋が在庫で持っている石だけ使用したシンプルなピアスであれば、数にもよりますけど、量産は可能だと思います。リングはサイズ展開もあるので難しいですね」
「ふぅん。これとこれは良さそうだ。どうだ量産できるか?」
冴島さんは、ダイヤが一粒ついたスターモチーフのピアスと、クローバーモチーフのピアスをトレーから取り出し、テーブルに置いた。
「数はいくつくらいですか?」
「そうだな、スターはイエローゴールドで、クローバーはホワイトゴールドにして百個ずつはどうだ?」
冴島さんはそう言いながらスマートフォンを取り出し、サンプルの写真を撮る。
百個ずつで二百個、さらにピアスだから四百個作成する必要がある。正直に言うとかなり厳しい数だ。なにしろ、来週はサンプルの納期も重なっているのだ。だが、——八営業日あればギリギリ間に合うな——と頭の中で工程を思い浮かべた。
「まず、ホワイトはロジウムメッキをかけないといけないので、コストも上がりますし、納期的にも厳しいですね。クローバーもイエローにして、各五十個を二回の分納でいかがですか?」
「分納でも構わんが、クローバーはホワイトのほうが良さそうだな」
「それでは、クローバー少し重いですし、石をペリドットに変えたらどうです? ダイヤよりも安くなるうえに来月の誕生石ですし、モチーフとの色合いもバッチリですよ」
ペリドットは、輝きこそ弱いけれど他の石にはない黄緑色が特徴の美しい宝石だ。割れやすい石だから留めるときに気を遣うし、納期に影響が出るかもしれないが、そんなことを考えていてもしょうがない。
「なるほどな。そうしよう。それじゃあ商品部と販売部に共有してから連絡するから、見積書をメールで送っておいてくれ。よろしく」
そう言って立ち上がり、僕の肩に手を置いた。
「見積書は何時くらいまでに必要ですか?」
「これから会社に行くから、三十分以内で頼む」
三十分? 現在七時四十分。石屋が開くのが十時。ダイヤやペリドットの単価を聞かないといけないから、石屋も開いていない今の時間帯は、正確な見積もりを出すことなんかできない。
「石屋が開くのが十時以降なので、それまでは——」
そこまで言いかけたとき、冴島さんの目があの猛禽類の目に変わった。
「なにを言ってるんだ? それをなんとかするのが君の仕事だろ? 俺だってこんなに早く来てるんだ。販売部と商品部の部長に無理を言って、九時に企画会議を設定しているんだ」
——それはそっちの事情だろう。そもそも、打ち合わせが九時なら、一時間後でも間に合うじゃないか。
そう思ったが、冴島さんの目に飲まれた僕は、消え入りそうな声で「はい」と応えた。
満足そうに冴島さんが出ていったあと、一人で事務所に取り残された僕は、とりあえず石の欄を空けたまま見積書を作り始めた。
あとは石の金額だけ入れれば完成する見積書を見つめ、頭を抱える。
適当に金額を入れておくか?
でも、あとでバレたら冴島さんに詰められるだろう。
詰め寄ってくる冴島さんの顔を想像して、ブルッと身震いした。
どうすればいい?
あと十五分しかない。
そのとき、会社の入り口のガラスドアが開いた。
「おはようございまーす」
僕が入り口に目をやると、白のTシャツにベージュのパンツを履いた早乙女さんが不思議そうに事務所内を見回していた。
「あぁ、おはようございます」
「秋葉さん。階段のところで香水の匂いがしてるけど、あの人来てたんですか?」
「あぁ、そうなんだよ——」
香水の匂い。その言葉を聞いて、会社の階段を上がったときの記憶が蘇ってきた。
そういえば、ムクティ・ストーンのシャッターが半開きだった。
「ちょっとごめん!」
僕は慌てて外に出て、階段を駆け下りた。半開きのシャッターの中を屈んで覗き込む。
「アーディブさん! いる?」
「オゥ。オハヨウ。カシミサァン。キョウモハヤイネ。ゲンキ?」
大きな目でギョロリと僕を見て、笑いながら独特のイントネーションで話すアーディブさんに、ほっと胸をなで下ろした。
「助かった! おはようアーディブさん。ペリドットと、ダイヤの在庫を調べてほしいんだけど」
すぐに調べてくれたアーディブさんに感謝しながら見積書を作り終えて、八時十分ちょうどにメールの送信ボタンを押した。
「ぎりぎり間に合った……」
放心状態になっているとき、朴さんが「オハヨーコサイマス!」と元気よく会社に入ってきた。
十分遅刻だけど、まぁいっか。と、見て見ぬ振りをした。




