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口寄せ巫女と泡の子  作者: 淡雪みさ
第一章 麓の町

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大切な子です



 同じ学校の制服を着た女子生徒だ。顔を見たことがある。一クラスの人数が少ないため、名前も覚えている。小城、という名前の、分厚いメガネをかけた、体型がふくよかなクラスメイトだ。教室ではいつも一人でノートに絵を描いている。美古をいじめている女子グループが、陰で彼女のことを「キモ城」と呼んでいることだけは知っていた。

 美古が、どうしてこちらを見ているんだろう? と疑問に思っているうちに、テーブルに唐揚げ定食が運ばれてきた。赤子の視線が正面に戻る。

 正一が箸を割り、美古に「熱いから気をつけて」と声をかけてくる。美古も、箸を取って皿の上の唐揚げをつまんだ。唐揚げを口に含むと、衣の下からじゅわっと油が滲み出し、鶏肉の旨味が口の中に広がる。

 美古は、次から次へと箸を伸ばした。


「おいしい?」


 正一がくすりと笑って問うてくる。

 がっつきすぎたかもしれないと恥ずかしくなり、美古は俯いた。


「すみません、お腹がすいてて」

「お昼ご飯、食べてないの?」

「食べてはいるんですけど……あまり、落ち着いて食べられてなくて」


 クラスでいじめられているから便所飯をしているとは言えず、言葉を濁す。

 すると、正一が言った。


「じゃあ、お昼、今度は一緒に食べようよ」

「でも、正一先輩、同じ学年の友達もいますよね」

「いないよ。関東から来たから、クラスに馴染めてないんだ」

「……転校生ってことですか?」

「まぁ、そんな感じかな」


 親近感を覚えた。なるほど、全校生徒が少ないわりに見覚えがなかったのは、正一が元はこの学校の生徒ではないかららしい。


「……明日の休みなら……」


 控えめな声で言うと、正一はにっこりと笑った。

 人と一緒にご飯を食べるのは久しぶりだった。



 定食を食べ終えた後は、二人で並んで会計に向かった。

 レジには丸顔で愛想のいいおばさん店員が立っていて、二人を見るなりにこにこと声を掛けてきた。


「んだねぇ、見ねぇ顔だごど。あんたら、カップルが?」


 若い世代よりも訛っていてやや聞き取りづらい。でも、何を聞かれているのか、遅れて理解した。カップルかとからかわれているのだ。

 頬が熱くなる美古と、「違います」と冷静に即答する正一。


「でも、大切な子です」


 正一がさらりと付け加えるものだから、美古の心臓が一瞬跳ねた。

 おばさんは「ほおぉ〜」と目を細め、何故か嬉しそうに顔を綻ばせた。


「そういえば」


 会計を済ませて財布をしまった正一が、ふとおばさんに切り出す。


「俺たち、人を探してるんですけど」


 正一に軽く目配せされ、美古は慌てて鞄からスマホを取り出した。少しもたつきながらも画面を開き、兄の写真を表示しておばさんへ差し出す。

 おばさんは「んん~?」と眼鏡をぐいと額の上へ持ち上げ、腕をぐっと伸ばして画面を覗き込んだ。おばさんは眉間に皺を寄せながら必死に記憶を手繰り寄せている様子だったが、しばらくしてふっと脱力した。


「んだなぁ……なんだい、ずいぶん派手な子だねぇ。こごら辺さ、こんな子いねぇはずだよ」

「見たこともありませんか? 去年の夏頃、この辺りに来てたと思うんですが」

「去年の夏ぅ? うーん……」


 おばさんは写真から視線を外し、天井を仰ぐようにして腕を組んだ。


「なんせうちは、毎日色んな客が来るんだもの。一度きり来た観光客のことなんて、いちいち覚えでられねぇっていうか。しかも、去年でしょ?」


 申し訳なさそうに言葉を濁すおばさんに、美古は「分かりました」と小さく頭を下げ、これ以上は迷惑だろうと話を切り上げた。


「もし何か思い出すことがあったら教えてください。また来るので」


 正一が愛想よく微笑むと、おばさんも「おうよ」と顔を綻ばせ、手をひらひらと振って二人を送り出した。


 店を出ると、外はすっかり夜の帳が降りていた。街灯の光に照らされ、白い雪がしんしんと降り積もっている。

 吐く息が白い。美古たちは並んで雪を踏みしめながら歩き出した。


「正一先輩の家って、どっち方面ですか?」


 何気なく尋ねると、正一は少し笑って首を横に振った。


「暗いから送るよ。美古ちゃんの家まで」


 ここで別れるのだと思っていた美古は、一瞬きょとんとした。けれど、送ってくれるのなら心強くもあった。

 しばらく黙って雪道を歩いていた美古は、ふと正一を見上げた。


「あの、よかったら連絡先を教えてもらえませんか? 兄の写真、正一先輩も持っていた方が便利かなって」


 沈黙が落ちた。そこまで変なことを言ったつもりはないのだが、急に連絡先を教えてほしいなどと、距離感を間違えたかもしれないと恥ずかしくなる。


「あ、嫌だったら全然、いいです」


 慌てて付け足すと、正一は少し眉を下げ、どこか申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「スマホ、持ってないんだよね」

「持ってない?」

「うん」

「……スマホをですか?」


 今どき、そんなことがあるだろうか。

 ひょっとしたら自分と連絡先を交換しないための言い訳なのではないかと疑ったが、正一の表情からして嘘のようにも感じられない。

 スマホも持たせてもらえないほど、厳しい家なのだろうか。美古は正一の家庭環境を察し、それ以上追及せず、口を閉じた。



 正一は美古を送った後、雪降る夜道を戻っていった。

 だだっ広い祖母の屋敷で、美古はまた赤子と二人きりになる。


 祖母の屋敷は、昭和の名残を色濃く残した古い造りだ。重たい瓦屋根が低くのしかかるように広がっている。壁はところどころ塗装が剥がれて、木の地肌が雨風に晒されている。縁側からは、ひんやりとした空気が漏れてくる。庭は広いが、手入れが行き届いておらず、雑草が伸び放題だ。

 美古はまず、祖母が暮らしていた畳の間に向かった。古い線香立てから独特の匂いがする。

 祖父の遺影があるその部屋で、制服のまま、座布団の上に頭を置いて寝転がった。どっと疲れが襲ってくる。朝から嫌味を言われて、掃除の時はぶつかられて、赤子の力によって窓ガラスが割れ、人を傷付けた。

 忘れたい。嫌なことがあった日は、寝て逃げるのが一番だ。

 横向きに倒れ、目を瞑る。兄の姿が頭に浮かんだ。鮮明というわけではない、断片的な記憶が淡く光っては消える。

 自分は死んだ方がいいと思う。でも生きている。死んだ方がいいけれど、死にたいとまでは思わないし、死ぬ勇気もないからだ。それがまた、最低だと思う。兄は死んだのに、自分には兄の後を追う勇気がない。だからみっともなく、兄をこちらに降霊させようとしている。自分があちらに行くのではなく。


 兄への罪悪感がまた襲ってくる。

 ――あの時裏切ってごめんなさい、と。





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