一緒に探そう
「兄の遺体が見つかった場所は青森です。今は、目撃情報を集めて、およその兄の命日を知ろうとしています。目星がついたら、また相談させてもらってもいいですか?」
美古はここ最近ずっと、放課後になると人に頭を下げて兄のことを聞き回っていた。駄菓子屋のおばさん、道端で立ち話している主婦、塾帰りの子供。誰に聞いても知らない、去年のことなんて思い出せないと申し訳なげに笑われるばかりだ。
でも、諦めるわけにはいかない。兄の命日を知ることが、赤子の死体の行方に繋がるはずだから。
その答えを掴んで、背中の上の赤子を成仏させることができれば、いなくなった祖母も戻ってきてくれるかもしれない。今の美古は、そんな淡い望みに縋りつくしかなかった。
「……分かった」
長く黙って話を聞いていた正一が、ようやく重い口を開いた。
「じゃあ、一緒に探そう」
「え?」
思わず顔を上げた美古は、正一の横顔をまじまじと見つめてしまった。真剣な表情からして、冗談ではないらしい。
「君一人で地道に聞き込み調査をしているよりも、誰か協力者がいた方がいいだろう? 俺も手伝うよ」
「手伝って……くれるんですか」
こんな話に。
そうしてくれるのであれば、美古としても有り難かった。小さな町では、杖をついた女子高生が放課後に一人で人を探しているなんていう噂はすぐに広まってしまう。学校でも浮いているのに、これ以上気味の悪い子だと囁かれるのは耐えがたい。
その点、正一のような好青年が傍にいれば怪しまれず、周囲からの目も少しは変わるかもしれない。
「うん。俺も霊感体質だから、後ろにいるその子が気になるしね。早速、今日の放課後から聞き込みにいこうか」
美古は頷き、口元に笑みを浮かべた。ありがとうございます、と小さく返しながらも、心の隅では少し疑問にも思っていた。
――彼はどうして、初対面の自分にここまでしてくれるんだろう、と。
午後の授業は苦手な化学と物理だった。けれど、いつものように憂鬱ではなかった。
青森に来てから、祖母以外で初めて味方と呼べる存在ができた。そのことが少し、美古の胸を軽くしてくれていた。
帰りのHRが終わると、掃除の時間になる。担任が気を利かせて「美古ちゃんは無理に掃除しなくていいから」と言ったせいで、美古は掃除の班に割り当てられていない。結果的にそれが他の生徒の目からは特別扱いのように映り、狡いと思われているようだった。
美古は、本当に目が見えていなかった頃も家の掃除の手伝いをしていた。汚れの細部が見えない分、全体的に手を動かすことになるが、拭き掃除だってしていたし、粘着クリーナーを使って絨毯の掃除もしていた。見えないから掃除が全くできないと決めつけるのは、人から可能性を奪うことではないだろうか、と美古は思う。
惨めな思いをしながら椅子から立ち上がろうとしたその瞬間、横からどん、と勢いよく体当たりされた。杖ごと体が床に投げ出される。
「あっ、ごめん~。掃除の時間だのに、ずっとそこさ居るから邪魔でさぁ」
耳に入ったのは、美古の悪い噂を面白半分で広めている、柳という女子の声だった。その背後で、同じ班の子たちが、楽しそうにくすくすと笑っている。
「いいなぁ~美古ちゃんだけ掃除の時間なくて、早く帰れて」
「てか、目ぇも見えねぇのに、何で私らと同じ学校なん?」
「いいよねぇ、体育もやらねくていいんだもんね~」
「東京さ帰ればいいべ。都会なら、弱視学級ある学校もあるんでねぇの?」
「美古ちゃん、いっつもとろとろ動くから、だりぃんだよね」
さっきまで浮ついていた美古の心が、一気に地の底へと沈んでいった。
いくら優しく話しかけてくれる存在ができたとはいえ、正一は先輩だ。上の学年である。この教室の中での美古は、やはり一人きりのまま。周囲は敵だらけである。
美古は何も言わず、杖を拾い上げて立ち上がろうとした。
その時――背中の重みがぐっと増した。驚いて振り返ろうとした瞬間、鼓膜が張り裂けそうなほどの赤子の悲鳴が響き渡る。
金切り声のような赤子の叫び。
同時に、教室の窓ガラスが爆ぜるような大きな音を立てて割れた。
大きな破片が飛び散り、そのいくつかが、さっき美古にぶつかってきた柳の方へまっすぐ飛んでいく。声を出す暇もなく、ガラスが彼女の頬を裂き、鮮血が飛び散った。
「きゃぁあああ!」
柳が頬を押さえて崩れ落ちる。血の赤が床に点々と落ちていく。ぎょっとした周囲の生徒が「保健室の先生呼んでくる!」と叫び、慌てて廊下へ駆け出していった。
美古はその場に立ち尽くし、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「ふふ」と、後ろから赤子の愉しげな笑い声がする。
初めてだった。泣き声以外の声を聞いたのは。
血の気が引いていく。美古は恐ろしくなって、すぐさま荷物を持って教室を飛び出した。
――やはり。自分が傍にいると、皆不幸になる。この赤子が、不幸にしてしまう。




