↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口寄せ巫女と泡の子  作者: 淡雪みさ
第三章 二年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/46

どうせろくでもない女なんだろう


 ――実は美古には、正一にまだ言っていないことがある。それは、美古の最大の秘密だ。しかしそれを、今後も誰かに言うつもりはなかった。


 正一が立ち止まり、夜空を埋め尽くす桜を見上げた。


「美古ちゃん。その子がいなくなったら、君はまた、目が見えなくなるだろう」

「……はい」

「俺は元々目が見えるから、目が見えないというのがどういう感覚なのか分からない。でも、居場所を失ってからの美古ちゃんの世界は、ずっと暗くて悲しいものだったんじゃないかなと思うんだ」


 美古は何も答えなかった。

 光は、あった。けれどその光は、また失われてしまった。いつもそうだ。美古の大切なものは、いつも消えてしまう。


「この世界は怖いものばかりじゃない。いずれまた目が見えなくなっても、君が想像するべき世界は、暗闇の中じゃなくて、こういう光の方なんだよ。それを覚えていてほしい」


 正一の声は夜風に混じって、美古の耳に優しく届いた。

 赤子の瞳に映る鮮やかな景色を、ぼんやりと眺める。怖いもの、嫌なもの、悲しいもの。そんな現実のすぐ隣に、こんなにも優しく輝く場所がある。

 そこがまた、絶望しきれなくて、残酷だと思った。

 美古はまだ、この世を切り捨てられない。



 公園の華やかな喧騒を離れ、街灯の間隔がまばらになった住宅街の奥。正一に連れられて辿り着いたのは、生い茂る庭木に半ば飲み込まれたような、寂れた佇まいをした古い一軒家だった。

 正一がインターホンを鳴らすと、奥からゆっくりとした足音が響き、一人の老婆が姿を現した。足腰が弱いのか、出てくるまでかなりの時間を要していた。


「こんにちは、サチさん。お久しぶりです」


 正一が、サチと呼ばれたその女性に向けて、穏やかに会釈する。サチは深い皺の刻まれた顔を上げ、まずは正一を、そして次に、品定めをするような目付きで隣に立つ美古を凝視した。


「……それが、例の?」

「はい。古瀬美古ちゃんです」

「あの女の娘かい。ということは、どうせろくでもない女なんだろう」


 吐き捨てられた言葉は、明らかな敵意を含んだものだった。さらに、サチは忌々しげに顔を歪めて続ける。


「口寄せを教えたって、男と逃げるんじゃないのかい」


 美古は、冷たい水を浴びせられ、心臓が凍りついたような感覚に陥った。

 この人は母を知っている――そう確信したからだ。

 美古が立ち尽くしていた、その時。


「ろくでもない人かどうかは、関わってから決めてください」


 正一がはっきりと、凛とした声で言い返した。


「少なくとも僕から見たこの子は、優しい子ですよ」


 正一が、美古を迷いなく肯定する。美古は、その言葉が嬉しいとともに、何だか恥ずかしくて、きゅっと自分の手を握った。

 一瞬、張り詰めたような沈黙が流れる。遠くから、夜鳥の鳴き声が聞こえた。

 サチは正一をしばらく見つめていたが、やがて呆れたように、ため息混じりに言葉を吐き出した。


「そりゃ、あんたから見りゃいい子だろうよ」


 そして、美古たちに背を向け、足をやや引き摺りながら、薄暗い廊下の奥へと歩き出す。


「いいよ。入りな。茶は出さないからね」


 もてなす気など微塵もない様子だが、美古を家の中へ招き入れることだけは、許してくれるようだった。

 美古は、正一の背中に隠れるようにして、おそるおそる家の中へと足を踏み入れる。

 靴を脱ぎ、冷え切った冷たい廊下の感触を足裏に感じながら、サチに続く。


 案内されたのは、散らかったリビングだった。

 古い新聞紙や、中身の判然としない小瓶、色褪せた服が至るところに散乱している。床には細かいお菓子の欠片のようなゴミが落ちていた。

 美古は、中央のテーブルを囲む椅子の一つに、促されて腰をかけた。


「あたしの名前はサチ。あんたのおばあちゃんとは、腐れ縁でね。昔、口寄せ巫女の真似事のようなこともやっていた」


 引退した口寄せ巫女。どうしてそんな人と、正一が繋がりを持っているのか。

 美古は疑問に思って正一をちらりと見たが、目が合わないので、サチに視線を戻す。


「あの、正一先輩とは、どういう……」

「古い仲だよ。それについては正一が隠したいと言っているから、教えられない」


 美古の問いは、ばっさりと切り捨てられた。

 サチは火のついていない煙草を指に挟み、探るような目でこちらを射抜く。


「あんた、週末はこっちに来れるのかい」

「……え?」

「聞いたよ。中途半端に降霊させたんだろう。扉が閉じられていないんだって? 愚かだねえ」


 サチの細められた瞳は、まるでこちらの過去まで見透かすような不気味さがあり、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「色んな人に迷惑をかけて、さらに迷惑をかけるのかい」


 ライターの火が小さく爆ぜ、紫煙が天井のシミに向かってゆらりと立ち昇る。サチはその煙の向こう側から、美古の背中、あるいはその肩の辺りを、忌々しげに凝視した。


「沢山悪いものが憑いてるねえ……」


 吐き出された煙が、美古の視界を白く濁らせる。

 サチは椅子に深く背を預け、煙草から口を離して呆れたように言った。


「あんたも、あんたの周りも、このままじゃ死ぬよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。