そこ、見てもいいべか?
しばらく歩いて、町の中心から外れた古びた商店街に辿り着く。シャッターを下ろした店が目立ち、人も疎らだ。
ここもかつては賑わっていたのだろう。その頃の名残が、色褪せた看板や剥がれかけのポスターに残っていた。
その一角に、手芸用品の小さな店がぽつんと明かりを灯していた。客は誰一人いない。店の奥の棚には、色とりどりの糸やボタン、レースがぎっしり並んでいるのが見える。
古びたガラス戸を押すと、からんと小さな鈴の音が鳴った。
美古は、来てみたはいいものの、棚の前で立ち尽くしてしまった。何を買えばいいのか見当がつかない。
ポケットからスマホを取り出し、『初心者 編み物 作り方』と検索する。すると、一番上にショルダーバッグの編み方という動画が出てきた。概要欄をスクリーンショットし、顔を上げた。正一が近付いてきたからだ。
「何を作りたいとかあるの?」
「とりあえず、ショルダーバッグを作ってみようかと思います」
「へえ。普段使いもできそうでいいね」
糸とスナップ、ナスカン、カラビナを小さな籠に入れた後、美古はふと、別の棚を見ている正一を盗み見る。
……正一先輩にも、何かプレゼントをしたい。
これから春が過ぎて、夏がやってきて、また、深い冬が来る。その時彼が寒くないように、セーターを編んであげたいと思った。
美古はそっと手を伸ばし、ショルダーバッグとは違う色の毛糸を一玉籠に入れた。
それは、正一に贈るつもりのセーターの色だった。
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手芸店の店員は兄の姿を見たことがないと言っており、結局今日も手がかりは得られなかった。
帰宅した美古は、居間の机に買い揃えた材料を並べる。スマートフォンを立てかけ、再生した手芸動画の手順を黙々と追っていく。
画面上では簡単そうに見えたが、針の運び方一つ取っても、実際にやろうとすると途端に難しく思えてくる。
一度再生を停止したその時だった。
――カタン、と廊下の方から小さな音が聞こえた。
美古は動きを止め、しばし耳を澄ませる。続けて、ゆっくりとした足取りの、何かの足音のようなものが聞こえた。
不審に思い、立ち上がって戸を開け、頭だけをそっと差し出して廊下を覗く。
廊下には、誰の姿もなかった。
時折こうして音がする。古い建物であるが故の軋みなのだと思いたいが、どうにもそれだけでは説明がつかない。風で揺れる音とも違う、まるで人の気配のようなものをたまに感じる。
それに、足を怪我したあの日、手当してくれたのは誰だったのか。
美古はそっと戸を閉め、机に戻った。
小さく息を吐き、再び毛糸を手に取る。
耳元では今も赤子の泣き声がしている。不思議な現象には、もう慣れてしまった。
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翌日から、正一との約束がない日は、小城が美古の家に遊びに来るようになった。
どうやら小城の家は学校から見て美古の家と同じ方面にあるらしく、帰り道に立ち寄りやすいのだと知ったのは最近になってからだった。
門をくぐった小城は、瓦屋根を見上げて感嘆の声を漏らす。
「へぇ……だいぶ古いけど、立派な家だねぇ」
その言葉に美古は小さく笑い、玄関で靴を脱いだ小城を案内して自室へと通した。
畳の上に置いたローテーブルへ冷たいお茶を出す。小城は湯呑みを両手で包み、ぐいと一口飲んでから、室内を興味深そうに見回した。
「美古ちゃん、ここに一人で住んでるんだべ?」
「うん。おばあちゃんがいなくなってからは、一人だよ。たまに訪問介護のヘルパーさんが来るくらいだったかな」
「おばあちゃんも、目ぇ見えねぇんだっけ? すごいねぇ」
嘘をついているせいで、胸がちくりと痛んだ。その凄いねというのは、目が見えていない人二人で生活を営めていたのが凄いという意味なのだろうが、正確には美古は、この家に来る頃には目が見えていた。それを、祖母も見透かしていたように思う。
後ろめたい。でも、小城に目が見えていることを打ち明けたら、どうして今まで嘘をついていたんだと軽蔑されるかもしれない。それに、目が見えるようになった理由が、背中の後ろに赤子がいるからだというのも説明できない。
沈黙を選んだ美古の前で、小城は視線を巡らせたのち、ふと思い出したように尋ねてきた。
「ねぇ、おばあちゃんのスマホってどこに置いてあるの?」
「一階の、おばあちゃんが普段過ごしてた部屋に置いてある」
「そこ、見てもいいべか?」
「……いいけど、何で?」
「いや、何となく。あたし、そういう勘が鋭いから、見たら何か分かるかもしんない」
「そういう勘?」
「霊感みてぇなやつ。寺の娘だからか、ちょっとだけ、そういうの分かるんだよね」
小城が立ち上がった。美古も躊躇いがちに立ち上がる。
霊感といっても、祖母はまだ死んでいない。そう言いたかった。でも、祖母が行方不明になって随分と経つ。はっきりと反論できるような状況ではないのも事実だ。
美古は口篭り、小城を連れて、手すりをなぞりながらゆっくりと階段を下りた。
一階の畳の間へ足を踏み入れると、線香の匂いが漂っている。部屋の隅には、祖父の遺影が置かれていた。
「……これ、おじいちゃん?」




