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口寄せ巫女と泡の子  作者: 淡雪みさ
第三章 二年生

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22/46

恐山が開山すんの


 :



「いいと思う。参加してみれば?」


 コンテストの話をすると、机に頬杖をついたままの小城が、軽い口調でそう言った。

 最近、小城とは放課後にこうして少し話すことが増えた。ほとんどの生徒はすでに帰り、教室には美古と小城の二人だけである。

 微かに開け放たれた窓から、春の風がカーテンを揺らしていた。

 美古は黙って手元のスマホの画面に映った、全国小中高生ホームソーイングコンテストの応募要項を見つめる。

 手芸は授業の中でしかやったことがない。コンテストなんて、上手な人たちのためのものだ。齧った程度の自分が参加するべきではないような気がした。

 しかし、小城はしきりに勧めてくる。


「締め切り、七月でしょ? まだ期間あるし」

「あと三ヶ月しかないよ……」

「三ヶ月もあれば一つぐれぇできるべ。いけるいける」


 小城が笑いながら黒板を指差す。そこにはチョークで、四月二十八日という文字が書かれている。

 けれど、美古にはやはり三ヶ月が短く思えた。やっぱり無理だ、と小さくため息をついてスマホをポケットに戻す。

 その時、小城がふと思い出したように大きな溜め息をついた。


「あーあ。もうすぐ五月かぁ」

「……五月って何かあったっけ?」


 体育祭くらいしか思い浮かばない。運動が苦手であると言う小城のことだから、その準備が嫌なのかと思ったが、返ってきた答えは別の、意外なものだった。


「五月一日から、恐山が開山すんの。うちの家もまた忙しくなるんだぁ」

「……どうして開山したら小城さんが忙しくなるの?」

「うち、宿坊やってるんだよ。恐山さ来る観光客たちが、泊まっていくのさ。あたしもまた手伝わされるべな~」


 小城はうんざりとしたように顔をしかめ、机に突っ伏した。

 美古はスマホを取り出して検索してみた。恐山には大きな宿坊があり、宿泊ができるとある。小城の家が何をしているのか、今初めて知った。何となく発言から、客商売のようなことをしているのだろうとは思っていたが。

 時計の針が五時半を指しかけていた。

 正一との待ち合わせは五時半。気付けば、小城との会話が思いの外長くなってしまっていた。

 美古は慌てて椅子を引き、鞄の紐を肩に掛け直す。


「そろそろ帰るね」


 杖を持ってそう声をかけると、机に突っ伏していた小城がゆっくりと顔を上げた。眠たげな瞳の奥に、どこか訝しげな光が宿っている。


「……またあの人と?」

「うん。放課後、約束してるんだ」


 小城の眉がわずかに寄る。わずかに表情の影が濃くなったように感じた。


「美古ちゃんって、いつもあの人と、何しに行ってるの?」


 その声には、こちらの裏を探るような慎重な響きがあった。

 美古は立ち止まり、口を閉ざす。確かに、他人から見れば不自然だ。恋人でもない男女が、放課後に頻繁に一緒に出かけている。

 けれど、死んだ兄の命日を探っているなんて言えない。

 美古は少しの間を置いて、嘘を答えた。


「行方不明になったおばあちゃんを捜してる」


 小城の目がぱちりと見開かれる。


「……警察、動いでくれねぇの?」

「警察には行ったけど、取り合ってくれなかったの。変なこと言われて」

「変なこと?」


 小城が首を傾げる。

 美古は少し息を吸い、言葉を選ぶように続けた。


「おばあちゃん、携帯が繋がってるって。おばあちゃんの携帯、ずっと家にあるのに。誰もいないはずなのに、電話したらおばあちゃんが出るんだって」


 沈みかけの陽が黒板を染め、窓の外ではカラスの鳴き声が遠く響いている。

 小城はしばらく口を閉ざしていたが、しばらくして、何を思ったのかぽつりと呟いた。


「ねぇ、美古ちゃん……今度さ、あんたんちに遊び行ってもいい?」

「え? いいけど……」


 友達が家に泊まりにくることなどなかったので、美古の胸には緊張と共に、楽しみな気持ちが芽生えた。


「代わりに、今度うちの宿さ、タダで泊めであげる」

「そんなことできるの?」

「お父さんにお願いしてみるよ。うまぐ言えば、たぶん大丈夫」


 小城は少し意地悪そうな顔をして言った。

 美古は「ありがとう」とお礼を言ってドアを開け、一度だけ振り返り、小城に小さく手を振る。

 小城は机の上で頬杖をつき、何か考え込むように目を細めていた。

 夕暮れの光の中で、教室のドアが静かに閉まった。

 一階へ降りると、昇降口の向こうから、正一が片手を上げて近付いてくる。


「すみません……。友達と話してて、ちょっと遅くなっちゃって」

「いいよ。そこまで待ってないし」


 正一と並んで歩き出す。

 夕暮れの桜並木の下、咲き残りの花びらが地面に落ちていた。

 美古は鞄を抱えながら、さっき小城に話したことを、正一にも軽い気持ちで話してみた。


「そういえば、学校で手芸コンテストがあって……暇潰しに出してみようかなって思ってるんです」


 普段自分のことはあまり話さないのに、何故か話したくなった。正一に知ってほしいと思った。もしかすると自分は、直接このコンテストを先生に勧められたことで、少し浮かれているのかもしれない。

 正一は意外そうな顔をして、「ふーん?」と何故か嬉しそうに笑った。


「じゃあ、商店街への聞き込みついでに、今から材料でも買いに行こう」

「え、今からですか?」


 正一が、急に方向を変えて歩き出す。

 美古も小走りでその後を追った。

 本当は今日、別の店に行く予定だった。しかし正一はそれよりも、美古の興味の方を優先してくれているらしい。




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