やっぱり手芸、上手ね
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いつの間にか、あれだけ寒かったむつ市に、本当の春が訪れていた。
校庭の桜は散り際を迎え、花弁が風に舞って、美古のいる窓際の机の上にひらりと落ちる。
冬の間閉ざされていた町が少しずつ色を取り戻していくのを感じながら、新しい教科書を並べた机に肘をつく。
美古は、高校二年生になった。
と言っても、学年全体の生徒数が少ないため、顔ぶれはほぼ変わらず、クラス替えもほとんど意味をなしていない。
斜め前の席には相変わらず柳がいて、廊下側の端の席には小城がいる。教室の空気は、去年とほとんど同じ匂いをしていた。
生徒たちが談笑するざわめきの中で、美古はこっそりと机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
正一と一緒に使っている小さな地図だ。その上には、赤いペンでつけられた×印がいくつもある。冬に比べて、その数は明らかに増えている。
春休みの間、美古は正一と一緒に何度も町を歩いた。喫茶店、神社、漁港近くの古い倉庫街。
それぞれの場所で人に話を聞き、既に行った場所にはバツの印を地図に記してきた。
今のところ、兄に関する手がかりはほとんどない。そろそろ諦めるべきなのかもしれない、と美古は感じていた。
さらに、美古にはもう一つ、ずっと気になっていることがある――正一のことだ。
正一は毎回、三時間ほど経つと、まるで何かに追われるように帰っていく。行き先を聞いても、ちょっと用事がある、と笑って誤魔化すだけである。
正一について考え込んでいたその時、耳元でおぎゃあ、と赤子の泣き声が響いた。地図が微かに震え、紙の端が風もないのに捲れ上がる。
「……静かにして」
美古は他の生徒に聞こえないように、小さな声で囁く。背中の上で、赤子がもぞりと動いた。
最近、赤子の体が大きくなってきている。夜になると脈を打つように重く、熱を持っているようにも感じる。
このまま成長を続けたら、どこまで大きくなるのだろう、と不安に感じるほどだ。
窓の外では、春風に吹かれて花びらが舞っている。
教室のざわめきが遠のく中で、美古は地図を折りたたんだ。
今年度から、月曜日の午後の授業は家庭科になった。
授業時間に作るものは、刺繍か、染色か、編み物の中から選べる。
担当教員があまり厳しくない人なので、この時間帯の家庭科室は常に生徒たちの雑談の声がしている。作業をしながら、近い席の相手と話し合っている人がほとんどだ。さっさと作業を終わらせて、他の授業の宿題をしている生徒もいる。
そんな中、美古は近場に友達もいないので黙々と作業をしていた。ちらりと廊下側の席にいる小城に目をやると、小城はさっさと刺繍を終わらせて絵を描いているようだった。熱心だな、と思った。
小城は学校ではずっと絵を描いているので、こちらから積極的に話しかけることはない。でも、放課後になるとこっそり喋るし、顔を合わせれば挨拶をするような、付かず離れずの関係だ。
美古は前に向き直り、手元の編み物に集中した。
編み物は小学校の授業でもしたことがあるけれど、一人で黙々とできるというところが楽しい。誰かとの共同作業ではなく、単独で進められるという点が気に入っていた。指先で毛糸の細さを確かめ、ゆっくりと編み針を通していく。
そうして集中していた時、ふと、真横に人の気配を感じた。
顔を上げると、そこには家庭科の先生が立っていた。甘い花のような香りがほんのりと漂ってくる。
ふわふわとした栗色の巻き髪に、柔らかな笑みを浮かべた女性教諭。男子生徒たちに密かに人気の、美人の先生だった。
「美古さん、やっぱり手芸、上手ね」
思いがけず声をかけられ、美古は少し驚いた。
「……あ、ありがとうございます」
「お世辞じゃないよ。美古さんが一年生の頃から、先生そう思ってた。見えてないからこそ、手先の感覚が繊細なのかも」
確かに、美古は去年も家庭科の成績がよかった。視覚ではなく指の感覚だけを頼りに形を作っていくことは、小学校の授業でもしていたからかもしれない。
「美古さん、ちょっとスマホ貸してくれる?」
促されるままにスマホを差し出すと、先生は数秒ほどそれを操作し、美古の手元に戻してきた。
「このページ、音声で再生してみて。後で全体にもお知らせするけど、興味があったら美古さんにも参加してみてほしいんだ」
手の中のスマホから、読み上げ機能の声が流れる。
『全国小中高生ホームソーイングコンテスト』――と、明るい音声が告げてきた。
画面には、コンテストの応募要項が記載されている。
高校生の部の応募部門は、小物作品部門、衣装作品部門、デコ作品部門、コスチューム作品部門の四つ。手芸で参加するとしたら、小物作品部門だろうか。
もう一度顔を上げる頃には、先生はもう別の生徒の元へ歩いていっていた。
その後ろ姿が、春の光を受けて白く霞んで見えた。




