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口寄せ巫女と泡の子  作者: 淡雪みさ
第二章 友達

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18/46

スポーツ観戦して楽しいの?



 :



 日曜日の午前九時、まだ朝の涼しさが残る時間帯。

 美古は知らない駅に降り立った。ここは初めて来る場所で、ホームの向こうから聞こえるアナウンスもどこかよそよそしく感じられる。人波が途切れず、スポーツ観戦に向かう様子の家族連れや学生のグループが歩いていた。

 体育センターへと続く道では、色鮮やかなフラッグや、サッカー選手やバスケ選手の顔が映ったポスターが風ではためいている。地元チームのようで、美古にとっては、知らない選手ばかりだった。

 会場前で先に待っていたのは小城だった。

 制服姿しか見たことのなかった彼女は、今日は少し大きめの灰色のパーカーを着た、ラフな格好をしていた。その姿からは、普段の教室での姿とはまた異なる印象を受ける。

 会場入口の脇に、屋台がいくつか並んでいた。綿菓子、フライドポテト、串焼きの肉巻きなどがあった。

 「先に買っとこうか」という小城の提案に、美古は頷いた。正一が来る前に用意しておけば、ちょっとしたお礼にもなる。いつも奢ってもらっているので、今日は自分が返したかった。

 二人で選んだのは、山盛りのポテトと肉巻きと、それから、透明なカップに詰められた、原価の安そうないちごジュースだった。

 それらを両手いっぱいに抱えて待っていると、ふと、人混みの向こうから正一が駆けてくるのが見えた。


「ごめん、少し遅れちゃった」


 正一は、はにかみながら美古に謝ってくる。彼は美古の隣に立つ小城へと目をやると、柔らかな声で問いかけた。


「こんにちは。君が小城さん?」


 突然声をかけられた小城は、ビクッと肩を小さく揺らして驚いたように答える。


「……はい。小城です」

「美古ちゃんがお世話になってます」


 正一が緩やかに笑う。

 その口ぶりがどこか保護者めいていて、美古はむず痒さを覚えて視線を逸らした。持っていた袋をずいっと差し出し、正一にポテトと肉巻きを一つずつ渡す。


「え? これ、くれるの?」

「……いつものお礼です」

「嬉しいな」


 正一は袋を受け取り、子供のように素直に笑った。

 その笑い方が、誰かに似ているような気がした――が、会場の方から歓声が上がり、美古の思考は遮られた。

 体育センターの建物全体が揺れるような熱気。靴底の下で微かに響く振動が、観客たちの興奮を伝えてくる。


「もう始まったね。ごめん、急ごう」


 正一がチケットを手に軽く掲げ、入口へ向かって歩き出す。

 その背中を追おうとして、美古は足を止めた。小城が付いてこない。

 小城は正一の方を見つめたまま棒立ちしている。ガラス越しに差し込む朝の日差しが、彼女の眼鏡のレンズに反射して光った。


「……どうしたの?」


 美古が尋ねると、小城はまた、何かに怯えるようにびくりと肩を揺らした。


「あ、いや……なんでもねぇよ」


 慌てて笑っているが、その声に、戸惑いの色が混じっているような気がした。

 小城は視線を落とし、パーカーの袖口を握りしめながら、美古の隣へと小走りで追いついてくる。


「ていうか、美古ちゃん、スポーツ観戦して楽しいの?」


 不意に質問を投げられた。小城の声はいつもより少し小さかった。


「え?」

「だってさ、ほとんど見えねぇんでしょ?」


 美古は一瞬だけ黙り、ゆっくりと首を横に振る。


「音だけでも楽しいよ。ボールが床に打ち付けられる音とか、選手たちがボールを打つ音とか、周りの人の声とか、笛の音とか。スポーツを聴くのは、昔から好き」


 会場の扉をくぐると、熱気とざわめきが押し寄せる。

 広い体育館にびっしりと椅子が並び、照明がコートの床を明るく照らしている。観客席のあちこちで紙の応援うちわが揺れ、マイク越しの実況の声が響いていた。

 正一が人の波を見渡し、「あ、あそこ空いてる」と指を差した。

 三人は人と人の間をすり抜け、少し高い位置の観客席に腰を下ろした。

 ホイッスルが高く鳴ると同時に、空気が一変した。

 ボールが勢いよく打ち上がり、弧を描いてコートの上を飛ぶ。ドンッと床を叩く音がして、次の瞬間、観客席から一斉に歓声が上がる。

 美古の耳には、試合の流れがまるで立体のように広がっていった。選手たちが跳び、走り、ボールを繋ぐ音のリズムが、一つの音楽みたいに響いている。

 目を瞑る。が、視界は閉じてくれなかった。いつも聴いているばかりだった試合を観るというのは、妙な感覚だ。


「すっげ……! みんな動き早くね?」


 隣で小城が、身を乗り出して言った。


「今のは何やってるの? なんか三人ぐらいで入れ替わってるけど」

「サーブ権が移動するたびに、場所をローテンションするんだよ」

「へぇ〜……。色んなルールがあるんだなぁ」

「面白いよ。後衛と前衛が入れ替わると、打ち方も変わるから」


 美古が淡々と説明するたび、小城は「ほぉ〜」「なるほどねぇ」と相槌を打ち、何度も感嘆の息を漏らした。


「美古ちゃん、すげぇな。見えねぇのに、音だけで分かるんだもんな」

「うん。音で大体分かるよ。ボールの位置とか観客の声で、今どっちが押してるかも分かる」


 その間にも、コートでは次のラリーが始まっている。

 選手が床に滑り込み、腕でボールを拾い上げる音、それが渾身の力で叩き落とされる音がする。美古の胸も、その音と同調するように高鳴った。

 隣の小城が、タイムアウトの時間にポテトを食べながら聞いてきた。


「音だけで分かるようになるまで、長い道のりだべ? 美古ちゃんって、ようバレー観てたの?」


 美古は一瞬、黙り込む。その後、ゆっくりと口を開いて答えを返した。


「……中学の時の先生が、バレー部の顧問だったんだ」


 頭に浮かぶのは、先生と一緒に並んだ体育館の音である。

 あの場所でも、こんな風に、床を叩くボールの音が何度も何度も反響していた。シューズの底が軋む高い音も、選手たちの気合いの掛け声も、高鳴る胸の鼓動も、全て覚えている。

 セットが取れるたびに先生が立ち上がり、拍手して声を上げる。美古も少し遅れて、控えめに手を叩いた。先生の隣にいると、自分まで明るくなれる気がしていた。


「……それって、」

「――それって、美古ちゃんを妊娠させたっていう先生?」


 小城が何か聞こうとしたのを遮るように、反対隣にいる正一が尋ねてきた。

 おそらく言葉を選ぼうとしてくれていた小城は、「おめぇ、そんなことずばっと聞くが?」という驚愕の目を正一に向ける。

 美古は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 この話題が出るのは分かっていた。美古が前の学校の先生と恋仲であったというのは、柳のせいで学校中に広まっているだろうから。




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