何回かうちに来てらったよ
カップの底が見えるまで、苺のジェラートを平らげる。木のスプーンを空になったカップの中に置くと、既に食べ終わっている正一がちらりと店員たちの方に視線をやった。
「今ならお客さんも少なそうだし、お兄さんのことを聞いてみる絶好のタイミングかもしれないね」
美古はこくりと頷き、正一と一緒に会計カウンターに向かって、店員に声をかける。
「すみません。私達、人を捜しているのですが。この人、ここに来たことありませんか?」
鞄からスマホを取り出し、アルバムを開いた。兄の写真が映っている。レジに立っていた店員の女性は、その写真を覗き込んで首を傾げた。
「んー……さあ、見てないですねぇ……」
が、隣で片付けをしていたもう一人の店員が、不意に声をあげた。
「ああ! その人! 何回かうちに来てらったよ」
美古は想定以上の声量に驚きつつ、そちらに顔を向ける。
「えらい派手な服着ててな、ロン毛だったべ? 『あの人すげえ目立つよな』って話題になってたの、覚えてら」
店員は、明るい調子で思い出話のように語った。そして、記憶をたぐるように目を細め、ぽつりと口を開いた。
「いつも一人で来てらったよ。ジェラート気に入ってたみたいでな。一週間くらい毎日通ってきて、そっからぱったり見えなくなったけど」
「それって、いつ来たのか、日付とか分かりますか」
美古は思わず食い気味に問いかけた。
店員は顎に手を当て、うーんと考え込む。
「さすがに日付までは分がんねぇなあ……でも、暑い日だったのは覚えてら」
「何か他に、覚えてることはありませんか? 些細なことでもいいんです。情報をお願いします」
縋るような声が、自分でもひどく切羽詰まっていると分かるほどに震えていた。
店員は美古の必死さに驚いたように目を瞬かせ、しばし逡巡した後、眉を寄せ、思い出を必死に探るように首を傾げた。
「そう言われてもなぁ……ああ、確か、期間限定のジェラート、よぐ食べてた気する」
そう言うなり、店員は奥へと消えた。奥から印刷機の音が響く。
「先に会計しますか?」
レジに立つお姉さんが促してきた。
財布を取り出そうとしたが、正一がすっと会計を済ませてしまった。
毎度のことながら申し訳ない。高校生の小遣いなんて限られているのに、無理をしているのではないだろうか。そんな思いが過ぎると同時に、正一の古びた財布に目が止まった。……どこかで、見かけたことがあるような気がした。でも、どこでだったのか思い出せない。
その時、奥へ行った店員が紙を手に戻ってきた。
「おう、お待たせ! 去年の夏の限定ジェラートのチラシ、データ残ってだはんで印刷してきたよ。七月一日から八月一日までの一ヶ月。限定のスイカジェラート! こればっか食べてたはんで、来てたのはこの時期だと思うよ」
美古はじっとチラシを見つめた。白いコピー用紙に、夏らしいスイカのイラストと緑と赤の大きな文字が踊っている。
兄の遺体が見つかったのは九月。七月には、兄はまだここで生きていた。
チラシを握りしめる美古の横で、正一が爽やかにお礼を述べる。
「ありがとうございます。本当に助かります」
店員は軽く笑って、津軽訛りがかった声で答えた。
「なんもなんも~。……っていうが、その写真の人、誰さ?」
「この子の兄なんです。行方不明で……」
「えっ!? 行方不明だが!?」
正一は、死んでいるとは言わずに「行方不明」と言った。死んだ人の命日を探しているなどと言えば不気味がられるに決まっているので、正しい判断だ。
店員は目を丸くする。
「警察は行ったんだが?」
「行きました。でも結局、見つからなくて」
「んだが……そったら……。分がった、もしかしたらまた店さ来るかもしんねぇし、ちゃんと覚えとぐよ」
店員は気丈に笑い、頼もしいことを言ってくれた。
美古は軽く会釈をして店を出た。
――皆、親切だ。困っている素振りを見せれば、手を差し伸べてくれる。
同時に思い出すのは、人間の冷酷さだった。
中学の頃、美古は、一般クラスの先生と恋に落ち、妊娠した。先生も、美古も、袋叩きに遭った。たまに話しかけてくれていた他クラスの生徒たちも含めて、腫れ物を扱うように美古に近付いてこなくなった。美古が座っていると、その椅子を蹴り飛ばしてくる生徒もいた。その生徒が誰なのか、目の見えない美古には分からなかった。周りの全員が敵のように感じられた。
美古はあっという間に孤立した。手遅れになってから、どれほどのことをしでかしたのか自覚した。
あの店員たちは何も知らないから優しくしてくれている。でも、美古の真実を知れば、軽蔑して離れていくだろう。
赤子の泣き声が、耳に痛い。
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正一はその日も、美古を家まで送ってくれた。「じゃあ、ここで」と別れようとした時、家の前に人影が見えて口を閉ざす。
西日に照らされた古い木造の塀を背に、ぽつねんと佇む女の姿。美古はその姿を見て足を止めた。その顔に見覚えがあったからだ。
まだ祖母が生きていた頃、あの薄暗い座敷で、狂おしいほどの嗚咽を漏らしていた女性――最愛の恋人を事故で失い、祖母の喉を借りて降りてきた彼の言葉に、縋り付くようにして泣いていた、あの人だった。




