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8/20

8.少女達、窮地に陥る

 急に、耳に氷のような声が響いてきた。

 歩みを止める。

 声の方向を向く。

 ちょうど今曲がった人のいない丁字路の反対側に、いつの間にか彼はいた。

 背が高く、服も肌も真っ白で、金髪はべったりと固められ、その冷たい眼光をスノーグローブ越しに向けてくる、そんな男が。

 いつの間にか赤色を空にこぼし始めた夕日を背にして、そんな疑問を二人にぶつけてきた。


「……え、あ、うあ」


 瞬間、怜莉は言葉に詰まる。


 息苦しくなる。


 心臓が全身に警鐘を響かせる。


 怜莉は知っていた。

 知らないけど、知っていた。

 彼が何者かはわからないが、彼から出る気配を、知っていた。

 弱い生き物だからこそ持っている、捕食者の存在を悟るための直感が、教えてくれていた。

 それは、心を凍えさせる程に寒い、死の息吹だった。


「おま、え、は……い、一体……」


 同じものを、マヤも感じていたらしい。

 声が震え、言葉を出すのすら精一杯と言った様子だった。


「答えよ。なぜ、雪は美しいと思う?」


 だが、男は変わらず同じ問いかけを繰り返してくる。

 二人をじっとスノーグローブの中で舞う砦の雪景色を通して見ながら。


「……マヤ」

「な……に……」


 怜莉は、頑張って小声の言葉を喉から押し出す。

 マヤは、応えるのですら限界であるかのような声であった。


「逃げ、よう……」


 そんな彼女に、怜莉は言う。必死に意思を絞り出して言う。


「……え、と」

「……逃げようっ!」


 発破をかけるように叫び、怜莉は未だ固まっているマヤの右手首を左手で掴み急にその場から駆け出した。

 怜莉は走る。

 マヤもまた、怜莉に引かれ走る。

 とにかく、とにかく走る。

 自分達が今どこを走っているかなんてまったく分からない。

 どこでもいいので、なんでもいいのでさっきの男から逃げないと、という気持ちで走り続ける。

 いくら喉が焼け付くように燃えて呼吸が苦しくなろうと、いくらお腹に刺すような鈍痛が続こうと、彼女らは走った。

 そうしてどれだけ走っただろうか。

 彼女らはいつの間にか広い公園に逃げ込んでいた。

 木々が植えられ、景観のために作られた人工池が広がり、しかし夕暮れゆえ人の姿は見えない、そんな公園に。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ゴホッ、ゴホッゲホッ!」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……!」


 二人は全力で走った代償としての痛みを伴う荒い呼吸、怜莉に至っては咳をしながらその公園で止まる。手を膝と胸に当て、なんとか呼吸を整えようとする。


「――雪とは、死の運び手だ」


 だが、二人の耳に再びあの声が響く。

 なんの温かみも感じない、凍土からの声が。


「植物が秋に果実を実らせ落とすのは、雪に怯えているからだ。獣が冬に備えるのは、雪に決して勝てないと知っているからだ。人がそれらを狩り備えるのは、雪がもたらす死になんとか抗おうとするからだ。そこまでしても、雪は必ず命を奪う。雪とは、死の美しさの象徴なのだ」


 男が、スノーグローブを片手に二人を見つめてくる男が、二人の後ろから歩いてくる。

 長い足で公園の土を踏みしめ、距離を近づけてくる。


「死こそ絶対の象徴、逃れ得ぬ美しさの表象……劣等種ができる奉仕の形としては至上であろう美の象形なのだ」


 限界まで走った二人に、淡々と語りながらも最後の言葉にだけ僅かに熱が入っていた彼から逃げる体力はもはや残されていなかった。


「……こちらに来てから探すのに随分と時間を消費してしまったが、やっと見つけたぞマヤ。さあ私達の元に来るがいい。その命を、私達が創る美のために使え」


 男は、マヤに視線を絞り、そう告げた。

 二人は、そこではっきりと理解する。


 目の前にいる彼は、向こうからの――エレクティアからの、追手なのだと。


「やっ、ぱり……お前、は……!」


 マヤが、怯えた顔で震えながらも口を開く。

 すると男は、すっとスノーグローブを持った腕を前に突き出し地面に落とした。

 割れるスノーグローブ、直後、眩い数度の閃光、わざとらしいぐらいの乾いた炸裂音。

 そして、そいつは本性を見せた。

 全身を覆う白色で四角く角張った体と一体の鎧。背中に背負われる一本の大砲。両の前腕部外側にそれぞれ張り付く、縦で二分割された大きな盾。西洋鎧の兜のような顔は、目の部分が四角く横長に空いた窓のような穴が空き、そこから青い光が輝く。頭部には砦の壁の縁のような角張った突起がいくつも並んでいる。

 それらを総合して与えられる印象は、まさに人の形をした砦であった。


「私の名はフォートエル。『要塞』の『特性』を持つ、偉大なるネオザナドゥが使徒の一人である」


 フォートエルと名乗ったそいつは、大仰に手を前後に回して頭を下げてきた。

 あからさまに人を小馬鹿にした、慇懃無礼を絵にしたかのような礼だった。


「いや……だ……ボクは……帰ら……ない……」


 マヤは絞り出してもなお小虫の羽音より頼りない声量でフォートエルに言う。

 だが、彼女の言葉にフォートエルはまたもわざとらしくやれやれと頭に手を置いて左右に振った。


「まったくワガママな娘だ……君の持つ、文字通り無尽蔵のエネルギーがいかに価値あるものか知らないわけではあるまい?」

「お前達が欲しいのは……ボク、じゃなくて……その、エネルギータンクとして、だろう……! ボクは……モノじゃ……ない……!」

「いいや、モノだよ。本来は劣等種たる君に付与された唯一の価値だ。その価値は、私達のような優生種に役立てられてこそ意味があるのだ。むしろ、君は私達に両手を上げて万歳三唱しなければならないぐらいであると思うがね」


 必死に反論するマヤに、容赦なく暴論で叩き潰すフォートエル。

 怜莉はそれを、見ている事しかできなかった。

 一歩も動けず。

 視線も逸らせず。

 口を開くことも閉じることもできず。

 ただその場に、杭で足を打たれたかの如く冷や汗で下着を湿らせながら立ち尽くす事しかできない。


 ――ああ、こういうとき“彼女”ならマヤの前に立って彼女を庇っていただろうに。マヤの代わりに目の前の男に反論していただろうに。私には、それができない。ただ怯え震えるだけの、弱い小娘でしかないんだ、結局、私というやつは。いくら年上のナイトを気取っていようと、肝心なときには役立たずなベニヤ板で作ったハリボテでしかないのだ。


「う……あぁ……」


 マヤはフォートエルの威圧的な態度に、既に立ち向かえなくなってしまっているようだった。

 彼女の見てきたトラウマの重さが、そこに現れているような気が怜莉にはした。

 だからと言って、怜莉に何かができるというわけではないのだが。


「頷かぬか。ならば予定通り、力ずくで来てもらう。その手始めに、どうにも貴様と懇意らしいその人間を、私が美しく終わらせてやろう」

「……あ、え?」


 フォートエルの言葉に、怜莉は驚き、そして同時にすぐさま理解する。

 彼は、怜莉を殺すと、そう宣言したのだ。


「な、なんで……怜莉は、関係ない……!」


 マヤが震えながらも問い、怜莉の腕を掴む。

 怜莉は、その手に返す事ができなかった。


「理由は簡単だ。これは調教なのだ。私達の言うことを聞かなければ痛みがあるぞ、というな。それを教育してやろうと言うのだ。何、感謝はいらぬ。私は誇り高きネオザナドゥの使徒であり雪のように美しき純白の持ち主ゆえ、これもまた優れた者としての務めだ」


 フォートエルは一歩、また一歩と近づいてくる。

 ズシリ、ズシリと重量が伝わってくる足音が響く。

 死が、寄ってくる。


「怜莉……逃げてっ……!」


 マヤが、怜莉の方を向いてなんとか声を出して叫ぶ。

 必死な形相で叫ぶ彼女。

 だが、怜莉はそれを聞いてもなお、動けなかった。


「怜莉! 怜莉っ……!」


 マヤは必死に掴んだ怜莉の腕を揺らす。いつしか両手で掴みより激しく動かすも、やはり怜莉は動けない。

 きっとそれが、マヤにできる唯一の抵抗なのだろう。

 マヤもまた逃げ出せばいいものを、彼女もまた恐怖で動けないからこそ、闘えないからこそ、そうするしかないのだろう。

 だが、一方で怜莉は思っていた。


 ――はは……これで何もかも終わるのなら……“私に戻れる”のなら、それでいいのかもしれないな。


 今すぐ走り出したくなっているのに走れない程の死への恐怖……だがそれ以上に怜莉の心には、そんな諦観と、負に極まったことで生まれた希望が満ち始めていた。


 ――この七年間、ずっと苦しかった。


 ずっとずっと、辛くて、痛くて、怖かった。生きてて、楽しいと思える瞬間なんて、ほとんどなかった。


 勉強とかで頭を使ってるときじゃないと気が紛れなかった。


 なら、いっそここで消えてしまえば、もうずっと楽なのかもしれない。


 わぁ……それはそれは、なんて魅力的なんだろう……!


 何も感じないっていうのは、無になれるっていうのは、どうしてこうも、輝いて見えるんだろう。


 そっか……これが、彼の言う、“美しさ”なのか。


「では人間。我が手で、美しく完成せよ」

「怜莉っ! 怜莉っ!」


 いつの間にか眼前に来ていたフォートエルの右手が、怜莉の頭に伸びる。

 マヤの叫びが虚しく響く中で、怜莉の体はなお凍てつく。

 きっと、そのまま彼女の頭を握りつぶそうとしているのだろう。


「ああ、あ……」


 ――ふ、ははっ、良かったぁ。これで私、もう頑張らなくて……嘘、つかなくていいんだぁ。


「……は、は、へへへ」


 だがやはり怜莉の心は、ただただ、その先にある、虚ろに焦がれ惑わされるだけで――


「――だあああああああああああああっ!」


 瞬間、猛々しい少女の叫び声が、空から響いてきた。


「っ!?」


 察知したフォートエルはすぐさま怜莉に伸ばしていた腕の表側をその声の方向に向ける。

 すると、その腕に、巨大な物体が振り下ろされた。

 それはハンマーであった。鎚の部分だけで縦横一メートル弱、全長は二メートル強ほどもある、とても巨大なハンマーで、それを、怜莉と同年代と思われる少女が両手で軽々と振り下ろしていた。


「わっ!?」

「きゃっ!」


 フォートエルの腕とハンマーのインパクト時に生まれた衝撃波で、怜莉とマヤは大きく吹き飛ばされる。

 だが、すぐさま二人は柔らかい何かによって助けられる。

 彼女らを助けたのは、大きな狼だった。全長は三メートル程あり、体毛は鮮やかな緑であった。その背中にはぶっきらぼうな顔をした同じく怜莉と同年代なのが分かる少年が乗っている。


「もうちょっと加減考えろお前っ! ……おい、大丈夫かマヤ。それと……えっと知らない女」


 そして、その狼の上には男が乗っていた。こちらもまた、怜莉と同年代と思われる。


「今のでもまあまあ考えたの! それもと何!? キャッチできたの偶然だった!?」

「なわけねぇだろテメェ!」

「マサト!? アレス!? どうしてここに……!」


 口喧嘩する男女の合間にマヤは少年と狼をそれぞれ見ながら驚き名前を口にする。どうやら、マヤは彼らを知っているようであった。

 だが一方で、怜莉の瞳は、下手をすると先程フォートエルが現れたときよりも驚愕で見開き、血が引いて真っ青になっていた。


「マ……サト? アレ……ス?」


 マサトと呼ばれた男はオレンジ色の短髪で、鋭くつり上がった青の切れ目だった。服は上に緑色の薄いブルソン、下はダボダボで灰色のズボンだった。手には翡翠に輝く手甲が嵌められている。


「話は後だ! それよりアレをなんとかしねぇといけねぇからここで待ってろ! いくぞアレス!」

「ああッ! 任せろッ!」


 彼はアレスと呼ばれた巨大な狼に言い、アレスもまた彼以上に荒々しい語気で言葉を発して応え彼を乗せ、二人を降ろした後に一瞬でフォートエルと距離を詰める。

 彼らが通った後には、緑色の雷光が残っていた。


「遅いぞマー坊っ! モタモタすんなっての!」

「ほぼ最速だろうがっ! いちゃもんつけんなっ!」


 先にフォートエルと戦っていた女が笑ってマサトに言う。

 彼女は後頭部で収まる程度の短い茶色のポニーテールを揺らしていた。瞳の色も髪と同じブラウンで、まさしく快活な美少女と言った顔の整い方をしている。上着は黄色いナイロン製のジャケットで前が開かれており、その下に黒のキャミソールと健康的な肌が見える。下半身はぴっちりとしたデニムのパンツだった。

 彼女は片手で先程フォートエル目掛けて叩きつけた金色のハンマーを握っており、軽々と振り回している。


「よしニケ! そっち行った!」

「お任せください、流海(るみ)!」


 また、アレスと呼ばれた狼の他にも、異様な存在がもう一人いた。

 流海という名を大人の女性らしさが満ちた声で呼んだのは、上半身だけの動く西洋鎧だった。

 白銀で丸みを帯びた鎧のシルエットはフォートエルと対極的だが、兜や鎧の方の部分は角ばっており猛々しさも感じさせる。背中からは黄色いマントがなびいており、その右手に長い銀の槍を持って流海と連携しながらフォートエルと戦っていた。


 ――知っている。私は彼女らを、よく、知っている。


 二人のピンチに現れた二つの異形――エレクティアン。

 そして、左腕によく知ったひし形のブレスレットをつけた“連撃を得意とした高速移動を異能とする少年”と“一撃必殺の火力を持つ怪力を異能とする少女”の二人組。

 怜莉は、その四人の姿を見て、死が迫ったときよりもずっと、心が茨で締め上げられる思いになっていた。

 左手首に爪が突き立てられ、そのまま引っ掻いて、血が滲み出ていた。


「まったく、まさかこちらまで追ってくるとは、面倒な人たちだ……!」


 フォートエルは流海の明らかに重量のある一撃や、マサトの目にも止まらぬ連撃をその身で動きながら言った。


「はっ、そのセリフそんままテメェに返してやるぜ! まさかあっちからこっちに来れる手段をテメェらがもうしっかり手にしたとはな!」

「でもあなた一人って事は、まだまだ未完成と見たねっ! なら、アタシ達がここであなたを倒しちゃえば全部解決って事でしょ! 行くよマー坊!」

「だからそのあだ名で呼ぶんじゃねぇってずーっと言ってんだろうが!」


 流海はマサトと共にアレスの背に乗り、そのままフォートエルの周りを半周する。

 そして、その途中で飛び出し、回転の勢いをつけてハンマーでフォートエルを横殴りする。


「だあっ!」

「ぬうっ! さすが、噂と違わぬ随分と火力のある一撃であるな……!」


 フォートエルは両腕をくっつける事でそれぞれ二つに別れた盾を一つにし、かつその盾をうまくハンマーの攻撃に合わせその一撃を受けて言った。

 彼の体は殴られた衝撃で数メートル地面に跡を遺しながら後ずさる。

 だが、驚いていたのは反動で宙を舞い元いた場所に降りた流海と、共にいたマサトの方であった。


「嘘でしょ……!? 今の一撃を受けてその程度なんて……!」

「なんつう硬さだよ……今までにやりあったどいつよりも硬ぇんじゃねぇかこいつ?」

「当然だ。私はフォートエル、死を運ぶ白き美にして『要塞』の『特性』を持つネオザナドゥの使徒。我が鉄壁の守りはいかなる攻撃でも堕ちぬ難攻不落の堅城。決して落ちる事はなし」


 フォートエルはそう言った直後、二人に向かってしゃがみ込み、背中の大砲を向けてきた。


「今度はこちらから行くぞ」

「っ!? ニケ!」

「アレスっ!」


 その動作を見た瞬間、二人は叫んだ。

 直後、フォートエルの背中の大砲が火を吹く。

 彼の背中からの砲撃は、見事に二人が立っていた場所に巨大な爆炎が上がる。

 だが、爆心地に二人の姿はない。

 マサトはアレスの背に乗りずっと横に、流海は数秒後、その体に黄色の光をまとわせながらその爆心地に上から落ちて着地していた。


「ふん、稲光が如きスピードを持つアレスに、他者の身体能力を上げるニケの力……これも噂通りといったところか。だが、その程度で攻防一体の要塞である私を倒せると思ったのなら、思い上がりも甚だしいな」

「こいつ、思ってたよりずっと強いね……!」

「ああ、面白くなって来やがったな……!」


 フォートエルの言葉に、冷や汗をかきながらも不敵に笑う二人。

 だが、そんなときだった。


「……ん?」


 フォートエルの左手が、急に“ブレた”のだ。

 それはさながら、液晶画面に走るノイズのようであった。


「ふん、粒子切れか。人間の姿に化けて最小限に消費は抑えたつもりであったが長く彷徨きすぎたな。命拾いしたな人間共。……マヤ、次に迎えに来るときまでに、心を決めておくといい。君の大事なものがすべて、雪と散る前に」


 彼はそう言うと、近くにある池に顔を向けた。彼は光の反射で自らの姿が映るそこに向かって飛ぶ。

 すると、フォートエルの体は光となり、その池に吸い込まれて消えていったのだった。

 その一部始終を、怜莉とマヤは見ていた。


「……怜莉」


 マヤは、ぎゅっと握り続けていた怜莉の腕に再び力を入れる。

 横にいる怜莉は、俯き、長い黒髪をたらしていた。

 故にマヤは横一文字に伸びた口元だけしか見ることはできなかった。


「マヤ、大丈夫っ!?」


 と、そこに流海が走ってきた。マヤを心配して仕方がないといった顔つきと声だった。


「それと……えっと、あなたも大丈夫? えーと、さっきのあれは、なんていうか……んー……なんて説明したらいいと思うマー坊!?」

「俺に聞くんじゃねぇよ。そういうの考えるの下手くそだって知ってるだろうが。てか、そのマー坊って言うの辞めろって何度言えば――」

「――あーもー! アタシだって苦手なんだよこういうのー! 千歳だったらこういうの要領良くできるんだろうけどさー! こと私達二人には無理ゲーだってもー!」

「おいこら無視かテメェ!」


 わちゃわちゃと騒ぎ立てる二人。

 一方で、マヤはその二人ではなく、心配そうに怜莉の方を見ていた。

 彼女は、先程から一切微動だにしていない。まるで、そういうマネキンのように。


「ああ、そうだマヤ! あなたならうまく説明できるんじゃないかなぁ! 私達の事! あ、もしかしてもう説明してたり?」

「……えっと、実は――」

「――フフ……ククク……アハハハハハハハハハハハ……」


 マヤが怖ず怖ずと説明しようとした、そのときだった。

 隣にいた怜莉が、突如、嗤い出したのだ。

 とても、愉しそうに。そして、とても、不快そうに。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! アッーハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハッ……!!!!」


 彼女は大声で嗤う。

 耳障りな声で、口を裂けんがばかりに大きく開き、闇に染まりつつある天を仰いで。


「怜、莉……?」


 明らかに困惑し、怜莉の名を呼ぶマヤ。

 直後、流海とマサトの表情も、凍りつく。


「……は? おいお前……今、なんつった?」

「う、そ……? まさか、いや、嘘……本当に、えっと……レイちゃん、なの……?」

「……ほんっと、相も変わらず脳みそ空っぽ過ぎて笑えるわ。昆虫か? てめぇら」


 真っ青な顔になっている二人に、怜莉はまるで別人のように挑発的な冷たさと乱暴さがある声で言った。


「ったくさぁ、七年経っても何の成長もしてねぇのな? これだから単細胞な愚図は嫌いなんだよ」


 彼女は嘲笑という言葉では収まり切らないほどの悪意が満ちた汚い言い方で吐き捨てる。

 言葉が出ない三人に、怜莉は見えなかった顔を向ける。

 おぞましいほどに他人を見下しているのが分かる、歪んだ笑みを。


「その通りだよ。七年前、あの不愉快でゲロよりも臭い戦いから一抜けした深紅羽怜莉、それが私。久しぶりねぇ? 武上マサトにその『バディ』のアレス……そしてニケに、私のかつての親友、繭澪流海(まゆみおるみ)さん。世界を救った英雄と会えて光栄だね。まっ、何の意味もねぇ功績だけどさ」


 とことん他人を小馬鹿にしているのが伝わってくる表情と言葉遣いで、彼女は二人に言い放った。

 今の彼女の姿は、まるで物語に出てくる不快な小悪党とでも言うべきそれであった。

 夕暮れと夜闇が入り交じる空には、半端に欠けた月が顔を見せる下で、かつてのデスティニーチルドレン達は、こうして再会した。

 旧き痛みと共に。


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