19.少女達、尚も運命から逃走する(前編)
あれから二週間ほど日が流れ、六月初旬。
すっかり日常に戻った怜莉はいつものように当たり障りのない笑みを浮かべ、スカートを揺らさずお淑やかに歩く美少女とそれを遠巻きに見る同じ学園の生徒達。
「ふふっ、みなさん、ごきげんよう」
前と変わらぬ光景。だが、一つ変わったことがあった。
それは――
「――やあみんな、おはよう。今日もこのボクを見られてラッキーだったね」
その風景に、マヤも加わるようになったのである。
彼女は以前着ていた顔を隠すパーカーではなく、元々着ていた紫のゴシックドレス姿であった。
「ボクの可愛い顔を見れた君達にはきっと幸運が降り注ぐだろうね。ボクが言うんだ、間違いないさ」
マヤのナルシスト極まる発言にも関わらず、周囲の怜莉の後輩達、なんなら同学年や先輩達もなんだか嬉しげな顔をしている。一部には露骨に喜びを見せる者までいる。
「まったく、人気者は辛いね。ま、これも整った見た目を持つ者の義務かな、やれやれ」
「それにしては楽しそうですけれどね。地味な私服じゃなくその服まで着てきて」
怜莉は清楚モードでの口調と顔でマヤに言う。
外野が多い以上、その態度は崩せなかったのだ。
「だって煌麗学園きっての高嶺の花たる深紅羽怜莉の横を歩くのにあの私服では不釣り合いだろう? むしろこっちの方が似合っている。これは前にも話した理屈じゃないか」
「ええ、そのせいであなたも変な人気が出て、ただでさえ落ち着かない登下校が更にお祭り騒ぎみたいになっちゃいましたけど」
ニッコリとした笑みで優しい声色で言う怜莉だったが、意味合いとしては「馬鹿が余計騒いで面倒になってるんだけど?」であり、それも当然マヤは把握している。
だが、マヤはニヤリと笑って言う。
「まぁいいじゃないか。少なくとボクは楽しいし。だってここでのボクはボクの可愛らしさだけで人気が出てるんだ。前と比べると、ずっとボクの要素だけで戦えていると思わないかい?」
「……もう、それを言われたらこっちだって小言を言いづらくなるから卑怯です」
困ったように笑って言う怜莉。
とどのつまり、以前よりマヤが素を出せて楽しんでいるという話なのだ。
まさかマヤにここまでナルシストのケがあったとは、と怜莉は思ったりもしたが、彼女の特性が人形だと考えると人形というのは愛されるために作られるのだからそれも当然かと納得もしていた。
彼女の過去の事を思うと、ついついこの現状を許してしまう怜莉がいた。
「……あ、ちょっとこっちに行きましょう。私、用がありまして」
「ん? ああいいよ、じゃあみんな。また今度」
怜莉について通学路とは別の道を進むマヤは、去り際におそらくファン化している女子生徒達に手を振る。
それで更に彼ら彼女らが盛り上がる姿を見て「推定自分より年下に色めき立つ高校生ってさ……」と口には出さないがなんとも言えない気持ちになってしまうのだった。
+ + +
「はー……生き返るぅー……」
道を外れて十分程、怜莉は自動販売機の前で缶片手に笑顔でそんな事を言っていた。
今度はマヤが怪訝な顔を怜莉に向けている。
「怜莉ってさぁ……なんでそこまでエナドリ好きなの?」
怜莉の手に持たれていた缶はエナジードリンクの缶であった。
彼女はそれを飲むためにわざわざ通学路を外れ、人通りの少ない自販機の前まで来たのである。
「ボク、甘いもの苦手ってのもあるけど、それを置いておいても怜莉のエナドリ趣味が理解できないんだけど。そんな常飲するもんじゃなくない?」
「えぇ、いいじゃん別にぃ。このなんか、明らかに命の前借りしててやばいぞ! って味が好きって言うかさぁ、特にこの手の自販機でしか売ってないようなやつはとりわけ雑な味がして好きなんだよねぇ。ジャンクに消費してる感じがこう、いいっていうかさ……」
「そ、そうなんだ……」
恍惚に語る怜莉に、若干引く素振りを見せるマヤ。
怜莉は缶に残った中身をぐっと飲んで、自販機横の缶用ゴミ箱に捨てる。
と、そこでじっとマヤを見始めた。
「ん? どしたの?」
「……いや。結構慣れたなぁ、このスタイルもって」
「うーんそうだね。なんというか、心機一転って感じって結構楽しいよね」
再出発を誓ったあの日から、二人の生活は少しだけ変わった。
こうしてたまにマヤが怜莉の登下校に元の服でついてくるのもそうだが、部屋からゴミ袋は前より常在する数が減ったし、怜莉もマヤ相手にはこうして普通に素を出すのが当たり前になっていた。
言うなれば、少しだけだが生活が明るくなったのである。
「私さ、マヤが来るまではただ辛いだけだった。苦しい事から逃げようとしてたのに、結局うまく逃げれないで苦しんでた。でもさ、今はこう、うまーく逃げてる、そんな感じがあるんだよね」
背伸びをしながら言う怜莉。
文字通り、のびのびとした姿だった。
「そうだね。ボクもこっちだと変な肩書は乗っからないからただの美少女であるマヤでいられる。人形みたいなんて言われもするけどそれは当然だし、まずちゃんとボクの『特性』に注目されるなんてなかったから新鮮さが凄いよ」
自然体の笑顔で語るマヤ。
彼女の顔を見て、本当に今、自由を謳歌してるんだなと、怜莉は感じて嬉しくなる。
「ふふっ、良かった、まあでも、結局私達って逃げてる事には変わりないから、時折情けない感じもたくさんあるけどね」
ただここは忘れてはいけないと、怜莉は苦笑しながら自戒を含めて言った。
「まあね。エレクティアはエレクティアでずっとごたつきそうだし、怜莉が素の顔を見せるのは結局ボクの前だけ、学校では何も変わってない」
「そうだね。それに私はまだ、顔を合わせられないなって人はまだまだいる。両親からのメッセージには未だ既読スルーしかできないし。他にも流海とは仲直りできたけど、マサトはどういう距離なのかまだよく掴めないし、他の面子はまだ怖い。特に私達の中心にいた光輝や千歳あたりは私の事どう思ってるのやら……」
「まあ、あの二人は問題なさそうだけどね。こう、なんというか、主人公カップルって感じがするし」
「あー、今でもあの二人そんな感じなんだ。そりゃそうだよね―、なんていうか、ランチャーギアがオモチャだったらパッケージに顔乗るのはあの二人だよね」
「うんうん、分かる分かる。なんだろねあのオーラっていうかなんていうか、とにかく凄いよね。生まれ持った何かを感じる」
人のいないところで他人の噂で盛り上がる二人。
中身は特殊ではあるが、方向としては間違いなく普通の女の子の会話と変わらないだろう。
なんとなくそれを感じた怜莉は、なんだかさらに楽しい気持ちになる。
「とはいえ、今はこの逃げてる心地よさにまだまだ身を任せていたいかな。せっかくそのためにみんな頑張ってくれているらしいし」
「それもそうだね。変に悩むより、問題を考えるのも後回しにした方がボク達らしいや」
「――あーいいなぁ、アタシのいろいろ渡された宿題も後回しにならんかなぁー。もうせっかくだし全部怜莉がやってくれない?」
「えぇーさすがにそれは自分でやりなよ、ホント流海ってそこんとこ本当に……ん?」
「まったく流海は頭の回る場面が極端で……んん?」
あまりにも自然に会話に入ってきたので、二人は一瞬反応に遅れた。
彼女らは同時に同じ方向を向く。
すると、そこには流海がいたのだ。しかも、ただいるだけではない。怜莉と同じ紺色のブレザーに深緑色のスカート、赤いリボン、深緑のスカートという煌麗学園の制服を着ているのである。
「は、はぁ!? 流海!? あなた、どうして!? というか、その制服……!」
「へっへーん、やっほー怜莉! マヤ! ごらんの通り、このアタシ、繭澪流海はこの度、煌麗学園に転校することができましたー! いえーいダブルヴィクトリー!」
両手でVサインを作ってニッコリ笑う流海。
その言葉に二人は信じられないと言った顔を向ける。とりわけマヤはとても迫真とした表情となり、流海の手を急に両手で握った。
「流海……ショックかもしれないけど落ち着いて聞いて欲しい……。実は……裏口入学って良くないことなんだよ……!」
「いやしてないし分かってるよ!? マヤの中でアタシってどういう認識なの!?」
「スポーツにステータス振りし過ぎて他が残念タイプの極振りビルド」
「何それ!? そんなこと思われてたのアタシ!?」
「あ、これ受け売りだから。犯人は教えないからぜひ疑心暗鬼に陥って欲しい」
「余計に混乱するんですけれど!?」
「んーこの手のどうかしてるけど間違っちゃいない言い方すんのはまぁあいつだよねぇ……未だに変わってないんだそういうとこ……世界救っても案外人間的成長には繋がらないの……?」
「心当たりあるわけ!? 誰!?」
「めんどいこといなるので絶対教えない」
「えーいいじゃーん!」
「やだったらやだ! というか、本当にどうやって転校してきたのよ。何があったの?」
話が脱線していたのでなんとか軌道修正をする怜莉。口調が流海の登場により少し切り替わっていることに、内心そういう癖がすっかり体に染み付いてるなぁとしみじみ思う。
一方、流海はそれで「ああそうだった」と苦笑しながら頭をかく。
「別に変なことはしてないよ。ただスポーツ特待生の枠ゲットしただけ」
「あぁ、確かに流海なら運動部ならなんでも簡単に取れるでしょうね。ちなみにどの部活?」
「ふふっ、それが驚いてよ! ズバリ! アタシが愛して止まない野球部です! しかも女子野球部! 最高にヴィクトリーだよ!」
とてもきらきらした目で語る流海。
彼女のその様子に怜莉とマヤは若干気圧される。
「へ、へぇー……煌麗学園って進学校だけど歴史も浅いから自由度も高いとは聞いてたけど、女子野球部なんてのもあるんだね、珍しいしそんなすんなり入れるんだ」
「そうなの! 珍しいの! いや、これには感動の秘話があってさぁ!」
急にものすごい勢いで話し始める流海。それを見て、怜莉は大きく頭を抱えた。
「……マヤ、迂闊」
「……ごめん、こういうときのは長くなるんだよね流海って」
既に経験があるのか、二人は既に諦めた様子で言い合う。
対して流海はすっかりスイッチが入り熱の入ったいい笑顔で話し始める。
「アタシ、繭澪流海は苦しんでいた……! アタシはずっと野球をやりたかった……でも、女子野球はまだ発展途で人口も少ない世界……部活として存在している学校もまた少なく、結局はソフトボールじゃないと人数も揃わない有り様だったの……! でも! この煌麗学園は存在していた! 女子野球部が! なのでアタシは半端な時期だけどとにかくトライアルをさせてくださいと懇願したっ……! すると、意外にも煌麗側は二つ返事でオーケーをくれた! どうやらこの学園は生まれたばかりゆえ実績が欲しく、女子野球部も最近設立された高校女子野球リーグに備え即戦力を欲しているという……これほどのチャンス逃してなるものかっ! アタシは全力を出した……スイッチヒッターとして両打席に立ち両方で十連続一五〇メートル台のホームランを放ち、マウンドからは左で一六〇キロのツーシームストレートを投げに投げ続けた! すると、即学園から特待生の誘いが来た! 私は流れ流れるまま書類にサインし両親からも許可を貰い、煌麗学園に転校したっ……! これがアタシの、サクセスストーリー、輝くヴィクトリーロードへの第一歩なのだっ……!」
長々と暑苦しいテンションで終いには人差し指を空に伸ばして語り尽くした流海。
彼女の演説とも言える語りに、二人は既に体力が持っていかれていた。
「ああうん、良かったね……」
「ええ、本当に……てか、わざわざ女子野球部のために転校するなんて、本当に好きなのね野球。それに関しては良かったわ。昔、女の子だしって続けるかどうか悩んでたもんね」
「あっ、覚えててくれたんだ、嬉しいな……でも、野球部に関してはあくまでサブ目標だよ?」
「え? サブ? じゃあメイン目標はなんなの?」
彼女が野球以上に優先して自分と同じ学園に来る理由とは、一体なんなのか。
怜莉もマヤも、分からず考える。
すると流海は優しく二人に微笑みかけて、でも声色はカラっとした声音で言った。
「もう、こういうとこは案外鈍いんだから。アタシはね、二人の逃げ道を守るためにこっちに来たんだよ」




