20.少女達、尚も運命から逃走する(後編)
「……へ? 私達の逃げ道を……守る?」
予想だにしていなかった回答に、怜莉もマヤもびっくりした。
自分達の道は、理解はしてくれる人はいても他についてくるような人はいない。だから、二人だけでなんとか頑張っていこう。
そんな風に彼女らは思って誓い合っていたのだ。
しかし、目の前の流海は二人の逃げ道のためにわざわざ転校してきたと、そう言ったのだ。
とても信じられない発言だ。
だが、流海がそんな嘘を付く子ではないというのも、二人は知っていた。
「二人は二人で逃げるって選択したけど、だからと言ってやっぱり二人は戦う力はないし、まず戦うのが嫌い。なら、万が一戦わなくちゃってなったときに、アタシみたいな暴力装置がいたほうが、何かと便利だと思うんだよねー」
最後の言葉はちょっと冗談めかしていた口調だった。しかし、本気でもあるだろう言葉だった。
「二人の手は他人を殴れるほどに頑丈じゃない。殴った痛みに絶対耐えられない。だから、誰かを殴り飛ばす痛さはアタシが背負う。アタシにはそれができるぐらいには我慢強いし。二人が逃げる努力をしているなら、アタシはそれを守る努力をしたい。大好きな親友のために、ね」
ふふっと笑う流海。言っていることは物騒だが、間違いなく思いやりの籠もった軽やかな顔だった。
怜莉はそこで思い出す。
そう、この子は自ら力を行使する痛みを知っている子なのだ、と。
昔、クラスの女子が男子にイタズラされて泣かされたとき、流海は代わりに怒って大喧嘩をしその男子を謝らせた。普通の小学生ならそこで勝利に酔いしれおしまいなのだが、流海は自発的に殴った男子にしっかりと謝っていた。そして、それだけではなく怜莉と二人っきりのときだけは「本当はああいうのやだ」なんてこぼしていたのだ。
フォートエルに対しあそこまでの戦いを見せていたのだからそこは子供の頃に終わった気持ちなのだと怜莉は思っていたが、違ったのだ。ただ、彼女は受け入れただけなのである。暴力が己をも傷つけるという事を。そんな辛い経験を、他の子のために肩代わりできる子なのだと。
そんな強い選択を、取れる子なのだと。
怜莉は今、そんな流海の成長した強さを見た。
「逃げる者がいていいなら、その道を守る殿がいてもいい。アタシは二人の殿。無敵のクローザー繭澪流海様と言えばアタシのことよ! ……ってね。だから、二人は安心して逃げなよ。……きっと、セレーネだって似たようなこと言うと思うからさ」
流海がとても静かなトーンで言った最後の言葉。
それに、怜莉は目を見開き、そして細め、左手首を握りながら俯いた。
「……本当に、そう、かしら」
ボソリと呟く。やはり、今の自分を見たら彼女は幻滅するんじゃないか、救ってくれるような価値なんてないんじゃないか、そんな負の自信とも言うべき感情は未だ心から拭い去れていなかった。
しかし、流海は言った。
「そうだよ! 絶対言うよセレーネなら!」
ぎゅっと、怜莉の手を握って。
「だって怜莉、今でもちゃんといい子だもの! 悪ぶってるけど、アタシだって騙されちゃったけど! でも間違いなく、怜莉は怜莉だから! そんな怜莉をセレーネが見捨てるなんて、絶対ない! だってセレーネは怜莉自身が大好きだったから!」
大きな声で叫ぶように言う流海。
けれども、僅かに間を置いたかと思うと、彼女の瞳には涙が浮かび、声もか細くなって、続ける。
「だからさ……もっと、自分に自信を持ってよ。セレーネが好きだったあなたを、否定しないであげて」
その声色も半分くらい震えていた。
なんでこの子が泣いているんだろう、なんてところもあったが、それは怜莉にとってとても救いとなった。
自己肯定という面に関しては、これからもまだまだ持つには時間がかかるという確信めいたものはある。でも、それでも、少しだけなら前を向いてもいいのかもしれない、そんな風に、怜莉は彼女の言葉で思えた。
「……レイちゃん」
「え?」
だから怜莉は少し顔を赤らめ、そっぽを向きながらで言う。
「だから、レイちゃんでいいって、言ってるの……というか、あの日は普通にレイちゃんって呼んでたじゃない。どうして、また戻ってるのよ……」
「ああ、えっと……ほら、冷静になるとアレって良かったのかなーって、不安になったって言うかさ……」
「ならなくて、大丈夫よ。まったく変なところで冷静になるんだから……私は……その、嬉しかったし。流海はちゃんと、流海のままなんだなって。だから、別に呼び方くらいは……」
「うう……うううう……!」
恥ずかしげに顔を赤くしながら呟く怜莉に、いつしか流海は感極まった顔で泣き出す。
そして、すぐさま怜莉にガバッ! と抱きついたのである。
「うああああああああああああん! ありがどうレイぢゃぁぁぁぁん……! 大好ぎいいいいいいい!!!!」
「ちょ、ちょっと!? 暑苦しいって! 止めてって!」
「よがっだらあああ! アダジのごどもおおおおお! 昔みたいに呼んでよおおおっ!」
抱きつき、汚い声で彼女はさらっと言い放った。
「は!? あなたドサクサに紛れて何を……! で、でも、それは、さすがにちょっと、もう今の私のキャラじゃない、っていうか……」
「おねがいいいいいっ! そうずれば私もう、すっごくたまらないからあああっ!」
理由をなしていない理由である。
でも、怜莉はそれを最終的に拒みはしなかった。
「ハァ……もう……わかったわかった……じゃ、じゃあええと……る……る……」
顔を真っ赤にし、流海を手で押しのけ距離を取ってからも、目をあちこちに動かしながらも言葉を出そうとする。
「る……るる……る……」
だけどなかなか言い出せず、何度か深呼吸をし、ようやく怜莉は、その名を呼んだ。
「る……………………るみっち……」
「…………う、あああああああああああああああああああああん! レイちゃああああああああああん! 私も大好きだよおおおおおおおおおお! 一生一緒にいようねええええええ!」
「ちょっ!? 私からは一言もそんなこと言ってないんだけど!?」
再度抱きつこうとする彼女の頭を掴んでなんとか抑えるも苦労する怜莉。
そこで一人では無理だと判断し、横にいるマヤに救援を頼む事にした。
「マヤ助けてマヤ! 私一人じゃこいつ止められない! フィジカル違い過ぎる!」
「……別にいーんじゃなーい? ゆっくり旧交温めればー?」
だが、マヤはつまらなさそうに唇を尖らせ、目を逸らしながら言ったのだ。
あからさまに不機嫌であった。
「え!? どうしたの急に!? あ、あなたまさか今のやり取り見て妬いて……」
「はい? 止めてよ勘違いはボクがちょっと入れなさそうな熱い友情の一コマ見せられただけで嫉妬してるとでもそんなの思い上がりも甚だしいねボクはそんな事で時間的に勝てない差で羨んだりしないしそんな怜莉の顔引き出せるとかズルすぎるだろふざけんなとか思ってないしそもそも――」
「――大丈夫だから! 今の私にとってはマヤが一番だから! こんなんだけど私はマヤに大好き溢れてるから!」
「えっ? そ、そう……いやまあ、そんな言葉でチョロったりはしないけど、うん、しょうがないね……助けてあげようじゃないか」
早口から一転、デレデレと笑いながらマヤは二人のところに行って流海を後ろから羽交い締めにし、なんとか引き剥がす。
すっかり面倒臭さと扱いやすさが同居したなこの子、と怜莉は思ってしまったが絶対口にしまいと決めた。
ともかくそうして二人はまあまあ体力を使い、ぜぇぜぇと肩で息をするほどになっていた。
「ぜぇ、ぜぇ……すっごいパワーだった……戦艦でも引っ張っているのかと……」
「ご、ごめんね二人共……アタシ、テンション上がるとつい……」
「いや、いいから……そんなとこも変わってないっていうか、なんなら昔よりパワーアップしてるのね……まあ、鍛えてたらそうなるか……はぁ……はぁ……」
なんとか呼吸を整える二人。横で頭を冷やした流海も申し訳無さそうにしている。
「もう、さっきもちょろっと言ったけど今の私ってそういうキャラじゃないんだから、TPOは弁えてよね」
「うんうん、ごめんね。今のレイちゃん、なんかかっこよさが凄いもんねー、ちょろっと見かけたけどすっごくモテモテだったし」
「そうだね怜莉人気は凄いよ。だってファンクラブの会員ナンバーは二百越え、その中でも選りすぐりの親衛隊とか存在しているレベルだからね」
「……ちょっとまって? ただ遠巻きに見られてるだけかと思ってたらそんな組織が作られてるなんて初耳なんだけど? ファンクラブ? 親衛隊? 嘘でしょ? あくまで一介の高校生なんですけど私? てかそれ、絶対後輩だけじゃ賄えない数だよね?」
「――いやーそれは自覚薄過ぎるってー。怜莉にマジで頭やられてそうな子、まあまあいるよー?」
「うんうん、それも校内だけじゃなく校外にもいるよね」
ふと、呆れが混じった新たな声が二つ入ってきた。
驚いて怜莉がその方を見ると、そこには見知った二人がいた。
八重と霧絵だ。
「あれ!? あなた達なんでここに!?」
「あ、二人ともおはよう」
「え? 私は朝練今日は休みなのと、まず私の登校ルートってこっちだし。それとはーい、マヤおはよー」
「右に同じく登校ルートがここ。まあ今日は目が覚めたのもあってちょっと早めに出たんだけれど。あとおはようマヤ、今日も綺麗だね」
そっけない顔で言う二人。
だが怜莉は「まずい」と言ったような顔をする。
「…………どこから見てた?」
そして、確認を取る。
すると二人は顔を見合わせ、合わせて肩をすくめ笑って言った。
「何があったかは知らないけど来たのはついさっきだよー? だいたいそこの転校生? が大好き告白したあたりかなー」
「うんうん、いやぁ驚いたよ怜莉の針山牙城をあそこまで崩せるのがいるなんて……」
しみじみと語る二人。
対して「思ったより見られた……!」と口にはしていないが顔で明白に語っているレベルの表情を怜莉はしていた。
「あっ、もしかしてこっちでのレイちゃんのお友達? どうも! 女子野球部のスポーツ特待生として転入することになった繭澪流海です! よろしく! レイちゃんとは小学校時代の親友でした!」
「あっ、そうなんだー。 私は立花八重、同じくスポーツ特待生だよー。私は陸上だけどねー。で、怜莉の友達その二やらせてもらってまーす」
「宗方霧絵だよ。私はまあただの女子高生だから特に付与する情報ないかな。で、怜莉の友達その一……って、なんで最初に名乗ったあんたがその二なのさ」
「オカルトオタク属性も自己紹介したら? もしかしたらワンチャンあるかもだし」
「は? オタクなんてキモい呼び方やめてよ。ただ好きなだけでそんなどうかしてるのと一緒にしないで」
「もう意図して刺されるためのカルマ溜めてるでしょそれ……」
「なるほどそっか、レイちゃんのこっちでの友達かぁ……ならもう私達友達だね。よろしく八重、霧絵!」
「おっいきなり距離近ぁー。おもしれー女ー」
「陽キャって感じでいいねー、私好きだよそういうの」
既にわいわいとしだす三人。
だがその三人を見て、怜莉はびっくりした表情を浮かべていた。
「……友達で、良かったんだ」
「ん? あー……やっぱそこ気にしてたんだね怜莉……」
彼女の呟きは見事に聞かれていたらしく、霧絵が露骨に呆れて額に中指を関節を当てて俯く。
「まーしょうがないよ、だって怜莉だし」
横で同じく八重も苦笑している。彼女らの様子に、怜莉はまた困惑する。
「えっ? えっと、それって……」
「いやさぁ、怜莉ってずっと私達にもライン引いてたじゃん? 別にそこは個人の距離感の問題だし高校生にもなってどうこう言う気はなかったけどさ、それはそれとして面倒な性格してんなーとは思ってたよ」
「め、面倒!? というか、気づかれて……」
「うむ、バレバレ。まぁでも、なんというかマジで悪いやつじゃないよなーって感じはあったというか、憎めないやつっていうか、ともかく一緒にいて楽しいのは間違いないし、少なくとも私達はちゃんと友達って認識だったよ? ま、案の定そっちは不安だったみたいだけど想定内なのでオッケーです」
霧絵も八重も、当然の事といった素振りで言う。その取り繕いのなさが、なお真実だという事を裏付ける。
彼女らのその姿に、言葉に、怜莉は胸が温かくなった。頭の中にある重りが一つ減った気がした。
「そっか……良かったんだ……友達で……」
胸にそっと手を置いて、怜莉はとても柔和で満ち足りた微笑みを見せる。その顔は、まさに可憐で優しい少女そのものだった。
「「「「…………」」」」
「…………ハッ!?」
だが、直後彼女は焦る。
マヤも流海も霧絵も八重も、それぞれ方向性は違えどニヤついた笑みで視線を送ってきていたのだから。
「ッ……! ま、まあ!? この私の友達ってすっごくハイソサエティなクリアランスをスルーしないとだし!? けどまあ!? 私の友達って認めてあげなくてもよろしくなくてもよくてもいいわよですケード!? 感謝しろよなんですケード!?」
「怜莉……テンパリ過ぎてもうグチャグチャ過ぎるよ……素直になったほうがまだダメージなかったよそれ……」
マヤが呆れて腕を組んでため息混じりに言う。
「大丈夫だよレイちゃん! アタシそういうレイちゃんの案外ポンなところも好きだよ!」
「流海それ逆効果……」
親指を立ててフォローという名の追撃をしている流海にマヤはさらに呆れた顔で言う。
「にしてもマヤって肌綺麗だよね……まるで人形みたいだ……クッ、いったいどんなスキンケアを……!? 若さか、これが若さの差なの!? ぐっ、私はどうすれば……!」
「霧絵ぇ……高校生が年下に肌年齢で嫉妬しだすのはあんまりにも余裕がなさ過ぎるよ……どんだけ男漁りに全力なのさ……」
霧絵と八重はいつもの事と流しているのか興味の方向がマヤに移りとりとめのない話をしている。
「ぐ……ぐぐぐぐ……!」
そして、そんな状況で怜莉は勝手に追い詰められたような顔をして冷や汗をだらだらと流し始める。
「おっ……覚えてなさいよっぉ! 次はこうはいかないんだからねっ!」
そして、コテコテな捨て台詞を吐きながら人差し指をビシッと目の前にいる彼女らに向け、その場を走り出していった。
「あっ、待ってよレイちゃん! 逃げないで一緒に登校しようよーっ!」
「あのフォーム……! 腕を横に振ってる典型的な女の子走りだけど動きがどの角度から見ても可愛らしくかつ優雅に見えるように計算されている!? 怜莉……デキるっ!」
「なんなのその陸上部関係あるんだかないんだかよく分からない妙な観点は……ほら、私達も行くよ。いつまでもここでグダグダしてるわけにもいかないし」
逃げ出した怜莉を追って流海も、八重も、霧絵も続く。
「……ふふふっ」
そんな四人の後ろ姿を見て、マヤは軽く笑った。
「まったく……本当に怜莉は嘘つきだね。逃げたら何も得られないなんて言ってたけど……ちゃんと逃げた先でも、得るものはあるんじゃないか」
「マヤーッ! 助けてーッ! 流海の絡みがダル過ぎるーっ!」
「いやでもレイちゃん! 体力なくてすぐバテる癖にそんな走ったからもう汗だくだくじゃん! ほら! 私のタオルあげるから拭きなよ! なんなら制汗剤もあげるよ!? お水も飲もうね!?」
「私は人前でそういうことしないの! ブランディングなの!」
「そうだねーなんでか妙にそこ気にして体育の後も一人になれる場所で着替えとかしてるよね怜莉」
「ブランディングだったんだ……思いの外アホな理由だった」
「思いの外ダサいけどでもそんなレイちゃんも素敵だよ!」
「ぐうううっ!? なんでこんな連続で墓穴掘る事にぃ……!?」
「まったく……ほらほら。さすがに姦しすぎるよ四人共。美少女にとっては沈黙も美徳なんだからさ」
マヤは不敵な笑みを作りながら、そう言って四人の輪に加わっていく。
雲一つない青空にうっすらと見える残月が、彼女らの頭上に見えていた。




