17.少女達は護られる
「はっ……時間、かけすぎよ馬鹿……」
怜莉はその姿を見ると、その場に両膝と両手をつく。
流海はそんな怜莉に駆け寄った。
「レイちゃんっ! ……ごめん! ニケの力とレイちゃんの力を借りても、これが精一杯だった……!」
ボロボロの手足でありながらも、流海は崩れ落ちた怜莉を支える。
マサトが光弾を破った際も、流海はなんとか空間氷結の拘束を解こうと足掻いていた。
だがとりわけ拘束箇所が多い空間氷結であったため、身体能力を強化するニケの力を借りてもなお突破できていなかった。
だが、そこで怜莉がランチャーギアを使い、フォートエルに鈍化をかける傍ら、流海にも加速を行使し、空間氷結自体のヴェルトザイン粒子消費を加速させていた。能力を並行して利用していたためそれは劇的という程ではなかったが、確実に効果を発揮し、今こうして流海の脱出につながったのだ。
「でも、どうしてアタシが頑張ってるって気付いたの……? アタシ、レイちゃんの視界にほとんど入ってなかったのに……」
「……当たり前だよ、だって、私達、昔は親友だったじゃない。 もしあなたが変わってないのなら、あなたは絶対に諦めないって思ったの。私達の中で、一番諦めが悪かったのがあなたなんだから、そこを信じたんだよ……私の力は、“ここ”の使いようなんだから……」
怜莉は最後に右のこめかみをトントンと指で叩きながら言って不敵な顔を作って見せた。
「……やっぱり、レイちゃんは、レイちゃんだ……何にも、変わってなかったんだ……!」
彼女の言葉と姿に、流海は顔をぐちゃぐちゃにして泣き始めた。
感情が決壊しているのがよく分かる泣き顔だった。
そんな彼女に、怜莉は静かにそのまま不敵な顔で言う。
「まったく……泣いてる場合じゃないでしょ? そんな元気があったら、今やらなきゃいけないこと、やって来てよね……私、信じてるから」
流海の腕の中で言う怜莉の顔は、妙に自信を感じられた顔だった。流海ならやってくれる、そんな自信に。
彼女の言葉に、流海は「うん……!」と頷き、涙を拭って怜莉から手を離し、吹き飛んだフォートエルの方へと歩いていった。
一方で怜莉はそこからなんとか立ち上がり、僅かに戻った体力を使って未だ動けないマヤの方へとゆっくりとだが走っていく。
マヤが心配だったのもあるし、彼女の今の場所はフォートエル達から離れているために、邪魔にならないだろうと思ったのだ。
「マヤ、大丈夫? 辛くない……?」
「……それ、さっきまで干からびて死ぬんじゃないかってぐらいダラダラと汗かいてた人に言われると嫌味みたいなんだけど」
「うん、そんな減らず口が聞けるなら十分ね……」
二人は軽く笑い合って言う。お互いが無事な事にひとまずほっとした、といったところだった。
「……にしても、ランチャーギア持ち込んでたなら言ってくれればよかったのに。なんで内緒にしてたのさ。あーあ、秘密にされてたとか傷つくなー」
「うっ、それは……」
マヤが半目で見ながら言ってきたので、怜莉は言葉につまり冷や汗をかく。
だが、すぐさまマヤは表情を崩し笑った。
「冗談だよ。仕方ないさ、だってそれは絆の証。人とエレクティアン、双方を想い合う心の形とも言える。聞いてるだけでセレーネを今でも思ってる怜莉がそれを置いていくだなんて、ありえないって今なら言えるから」
「……すっかり、心の内がバレちゃってるね、私」
「そうだね、でもまだまだ知らない事がたくさんある。逆に怜莉だって、ボクについて知らない事は多いはずだ。それを、これからもっと知っていこう」
「そうね……そのために、今は」
「うん、祈ろう……ちゃんと怜莉の本当の心に気づけた、彼女の勝利を」
二人は見る。
立ち上がってすっかり体勢を整えたフォートエルを。そして、そんなフォートエルを迎え撃つように仁王立ちする流海、それに並ぶニケの姿を。
「ふん、やってくれたな……だが、貴様一人で私を倒せるとでも? 不意打ちは二度も喰らわんぞ」
「……ニケ、“アレ”やるよ」
フォートエルの言葉を無視したのかしてないのか、ともかく流海は彼を睨みながらも、端的にそう言った。
「……ですが流海、今のあなたのマハトはかなり消費されています。それにこちらは表の地球、そこでアレを行えば、下手をすれば命にも危険が及ぶかもしれませんよ?」
「はっ、上等じゃん!」
ニケの忠告に、流海はハンマーを握っている拳を上げ、体の正面で手のひらとぶつけ笑って返した。
「それがどうしたって言うのさ! 今、アタシは大事な親友と仲直りできるか、そして救えるかどうかって瀬戸際なんだ! あのとき救えなかった親友を! 助けられなくてずっと後悔し続けてきた親友を! 助けられるタイミングがまた巡ってきた! ならここでビビって全力を出さなかったら女が廃る! 友の名前が泣くッ!」
「……なるほど、さすがです。それでこそ私のバディ、それでこそ私の流海です」
力強く笑って叫ぶ流海。
それに答え、嬉しそうに言うニケ。
二人の意志は固く、揃っていた。
「さあ……行くよ、ニケ!」
「はい、流海!」
そして彼女は、左腕のランチャーギアを眼前に、横にするように出して、叫んだ。
「《エヴォルヴ・モーフィン》!」
彼女が言い放った瞬間、並ぶ彼女とニケの体が大きな光に包まれ、温かな旋風が彼女らを中心に巻き起こった。
「な、何っ!? 何なの!?」
彼女の知らない何かが起きた事に、怜莉は驚愕する。
片や、横にいるマヤは、怜莉とは反対に既知から来る驚きを見せていた。
「まさか表の地球でエヴォルヴ・モーフィンを!? なんて無茶な……!」
「マヤ、それって一体……」
「そうか、怜莉は知らないんだね。エヴォルヴ・モーフィン……それはデスティニーチルドレンとバディのエレクティアンの絆が頂点を越えた際に使えるようになる進化の力。自らの限界を越えた力を一時的に発揮できるようになる、最強の切り札。でも、エレクティアですら使うにはマハトの消費が激しすぎるのに……まったく、愛されているね、怜莉は」
「流海……あなたって子は……」
心配から、そして嬉しさから、困ったように笑う怜莉。
一方で、フォートエルは明らかに動揺が態度に現れていた。
「ば、馬鹿な!? ここでそれが、使えるはずがあるわけがない……! 故に絶対防御の私が選ばれたのだぞ!? なぜだ、なぜっ……!」
「――そんなの、決まってるじゃん」
フォートエルの疑問に答えるように流海の声が聞こえてきたかと思うと、旋風と光が消えていく。
「アタシ達の力は絆の力。それはね、どんだけ絶望的な状況だろうと、どんだけ不可能が立ち塞がろうと、全部ひっくり返せる事が許される、スーパーチートで最強マックスな奇跡のウルトラエネルギッシュなパワーなんだよっ!!!!」
光が消える。彼女達が、姿を現す。
流海の姿で一番目立っていたのは、両手にハンマーを握っていた事だった。
前は一つだった金のハンマーが、二刀流となり両手に軽々と持たれている。
また、頭は出ているが体は全身が銀色に輝く西洋鎧に覆われている。流線的な美を持つその鎧は、非常にスマートな印象を与えてくる。また、首元からは黄金のマフラーが伸び、旋風の残った余波で美しく靡いている。
また、ニケにも大きな変化があった。
彼女は、流海とは対極に、無骨で大きな鎧姿の女騎士となっていた。
鎧は手足だけでちょっとした樹木程の厚さがある重装甲であり、いかにもあらゆる攻撃が通らなさそうなイメージを与えてくる。また、口元は鎧で隠しているが頭半分は出ており、長い金髪を靡かせる碧眼の美人の顔が、そこにはあった。彼女は右手に長さ二メートルほどの銀の長槍を持っており、槍には翼の生えた女神の姿が描かれた赤い旗がつけられ靡いていた。
「変進完了――【輪転する闘争の従士】現出――」
流海が鋭い眼光を輝かせながら、その姿の名を名乗る。
圧倒的な力を持つ戦士が降り立った瞬間であった。
彼女は、ゆっくりと右手に持つハンマーをフォートエルに向ける。
「じゃあ、完全試合と行こうかな」
そして、不敵に笑ってフォートエルにそう言い放った。
「……やってみろ! やれるものならな!」
フォートエルはそれまでの落ち着きの欠片もなく流海に走っていった。
彼女が現れた瞬間で、誰もが察したのだ。
そこに圧倒的な力の差があることを。
だが、それをフォートエルは認められない。認めるわけにはいかず、結果として襲いかかるしかなかったのだ。
「弾けろ!」
フォートエルは両腕の手首下から突如小さな砲塔を伸ばしてきた。まだ隠し玉が彼にはあったのだ。
両手から放たれる二発の砲弾。それは一瞬で流海に到達する、はずだった。
だが、それは彼女に届かず弾かれ、宙空で破裂する。
ニケがその銀の槍を横に薙ぎ流海に近づく前に弾いたのだ。
「くっ……! おの――」
「――どこ見てるの?」
フォートエルが悔しがって言葉を言っていたさなかであった。
流海が、彼の背後にいたのだ。
あまりの速さで、当然怜莉にも、そしてフォートエルにすら捉えられていなかったのだ。
「ふぅん!」
そして流海は、二振りのハンマー両方でフォートエルを横に殴る。
フォートエルはそれに対し、とっさに両腕を合わせシールドを作り上げた。それが彼にできる、もっとも硬い盾を作り出すのだ。
だが、彼女の二振りが合わさった一撃は、その盾を容易く砕き、彼の両手の城壁ごと、バラバラに砕いた。
「グッ、ガアアアアアアアアアアアアッ……!!!!????」
とんでもない速さで吹き飛ぶフォートエル。
そのままだと十数メートルは飛んでいったであろう。
けれども、そうはならなかった。
だいたい五メートルほど飛んだところで、その先に既に流海が待っていたのだ。瞬間移動とでも言うべき速度であった。
「はっ!」
流海は左手のハンマーでフォートエルを地面に叩きつける。
フォートエルの体の城壁と背中の大砲はその一撃でヒビが入る。
「ギガアッ……!?」
「ふんっ!」
間髪入れず、流海は次に右手のハンマーを振り下ろす。
二撃目は、ヒビの入っていた体の半分、そして彼の自慢の大砲を砕け散らせるのに十分な威力だった。
「ギ、ギャアアアアアッ……!?」
情けない悲鳴を上げるフォートエル。
本来ならそれで死んでいてもおかしくないはずである。
だが、彼は生きていた。生きて、なんとか立ち上がって後ろに飛び跳ねる。
流海はそれを、あえて見過ごした。
「まったく、随分と硬いね。【輪転する闘争の従士】になった私の攻撃にここまで耐えられるのも珍しいよ?」
「バカな……!? 一切攻撃が防げない! 吸収できない! 絶対に崩れぬ城壁である私が……偉大なるネオザナドゥからの使命を果たす任を与えられた使徒が一人、このフォートエルが、そんな、バカなっ……!」
冷静に佇む流海に、混乱極まるフォートエル。
一方で流海は非常に落ち着いた視線を彼に向けて言う。
「この二対の鎚は絶対打破の破城槌。故にこの鎚の前にはあらゆる守りは意味を成さない。どんな強力な防御能力を持っていたとしても、それが『受ける』ことを前提にしているならそのすべては意味を失い、ただ純粋な力に曝される。それが【輪転する闘争の従士】。私達が導く勝利の形」
「恥じる必要はないですよ、変進状態の流海の攻撃にここまで耐えられたエレクティアンは限られておりますから。故にあなたが堅牢な要塞であることはむしろ証明されたと言えるでしょう。ただ、私の流海には勝てないだけです」
流海とニケの言葉に、フォートエルは言葉を失った。それは、彼では絶対に今の流海には勝てないと宣言されたのと完全に同義であった。
立場は、完全に逆転していた。
「……ニケ、次で決めるよ」
「分かりました」
流海の言葉に頷くニケ。
すると、ニケがフォートエルに向かって一気に距離を詰める。
「っ!?」
フォートエルは咄嗟に腕を振るう。
だが、その腕は空を切り、直後フォートエルの足元に上空から長槍が突き刺さる。
彼の攻撃を跳躍して回避したニケが地面に槍を突き刺したのだ。
すると槍を中心に光の輪が広がった。そして、その中にいる彼は身動きができなくなってしまう。
「何っ!?」
「ニケ!」
「はい、流海!」
流海が名を呼ぶと共に彼女の左手に持たれていたハンマーがニケに手渡される。
そしてニケはそのハンマーを持ったまま、空に見えない足場があるかのように空中で跳ね、さらに高く空に飛ぶ。
「はっ!」
そしてそのニケ目掛けて流海も飛ぶ。
ニケのいる宙空に辿り着いた流海は、ニケが持っていたハンマーの叩く面である口部分に乗る。
流海は、月を背景に凛と立つ。
「これでゲームセットだよ……!」
一言、彼女は言う。
すると、ニケが空から地面に向かってハンマーで流海を振り下ろした。
高高度から高速で地面にいるフォートエルに向かっていく流海。彼女もまた、ハンマーを構えていた。
「この一撃を誇って潰えろッ!――【開闢詠う蛮族の一振り】ァーッ!――」
「馬鹿なっ!? この、私がぁっ……こんなぁ、小娘にぃっ……!??」
流星の如く振り下ろされる、必殺の一振り。
それは大きな爆発と共にフォートエルを叩き潰した。
「我が君主たるネオザナドゥ統主聖下ッ……! あなたに、どうか栄光あれっ……!」
爆炎粉塵と共に響き渡る、彼の最期の言葉。落城するまで信仰する主への狂信潰えぬ要塞の哀れな末路であった。
地面を粉々にしかねないような衝撃が、槍の中の光の輪だけで爆ぜ、やがて中央に刺さっていた銀の槍も上方に跳ねる。
やがて、槍は回転しながら落ちてくる。
流海はそれを見事にキャッチし、柄の尾を地面に突き立てる。
共に降り注ぐのは銀色の光の粉。それは、フォートエルの死によって降り注いでいる、彼の力の残滓だった。
雪のように降り注ぐ白い光。女神の描かれた赤い旗と金色のマフラーが、爆風によりその中ではためく。
その光景は、長く歴史に語り継がれゆく勝利の瞬間を切り抜いた絵画が如き美しさであった。
「こ、これが……世界を救った英雄の、力……」
圧倒的な戦闘能力を発揮し、フォートエルを倒した流海を見て、怜莉は思わず言った。
かつてエレクティアを救った七人が一人、繭澪流海。
伝説の英雄が、そこにはいた。
「…………」
爆炎と光の雪の中で佇む流海と、怜莉は目が合う。
息を呑む怜莉。
すると、流海はすっと銀の槍を握っていた手を離し――
「――ヴィクトリー! どうレイちゃん! アタシ、強いでしょ!」
指でVサインを作って、ニカっと笑いかけてきたのだった。




