16.少女は誓う
フォートエルの必殺の一射が着弾する直前、怜莉と光弾の間に、マサトが割って入ってきた。
彼は、その手甲をまとった右手の拳を、光弾にぶつけていた。
「何だとっ!?」
さすがの事に、フォートエルもうろたえる。
だが、それは彼だけではなかった。
「どうして……どうやって……!?」
怜莉もまた、彼が自分を助けられた事に、助けてくれた事に、驚きを隠せなかった。
よく見ると、彼の足は血で真っ赤に染まっていた。おそらく、相当に無理矢理デスティニーチルドレンとしての力を足に注いだのだろう。そのためにアレスの力も借りたのか、マサトが先程までいた場所でアレスがぐったりと横になって倒れていた。
「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!! だああああああああああああああああああああああっ!!!!」
喉から血が出るんじゃないかと言わんばかりに彼は叫ぶ。
そして、そのまま右の拳を振り抜き、白き光弾を、弾いた。
光弾は斜め上方に飛んでいき、上空で白い爆炎となった。きっと怜莉がその光弾を受けていたら、彼女の体を血の霧と変え、遙か先で同じように爆発していたのだろう。
フォートエルの攻撃を弾いたマサトは、ゆっくりと怜莉に振り返る。
その目の光はほぼ消えかけていた。
「……マ――」
「――……へっ、良かったぜ……今度は、間に合ったな……」
怜莉が呼びかける間もなく、マサトはそう言うと、前のめりに倒れ込んだ。
「マサトっ!? そんな、マサト! マサトっ! ……マサト君っ!」
彼女の足を拘束していたフォートエルの氷は、マサトと光弾の鍔迫り合いの余波で吹き飛んでいた。なので、怜莉はそのままマサトに駆け寄った。
「マサト君っ! しっかりしてよっ! 起きてよぉっ! 嫌だよ、死なないでよマサト君っ!」
怜莉は叫ぶ。
人格を偽る事も忘れ、昔の呼び方でマサトの名を呼び、膝をついて体を揺さぶり叫ぶ。
だが、マサトは起きない。
まだ死んだわけではない。ただデスティニーチルドレンとエレクティアンが戦うためのエネルギーであるマハトを使い果たしたのである。しかし、その力は生命力にも繋がる力。失いすぎれば、しばらくは目を覚ますことはない。
「嫌ぁぁっ! そんな……そんなの、ずるいよ、一人勝手に気持ちよくなって倒れるなんて、ずるいよ、マサト君……!」
だが怜莉はそんなことも忘れひたすらマサトに呼びかける。
そんな彼女に、足音が近づく。
「まさか私の【糸紡ぎをする宰相の孫】を弾かれるとはな……さすがに想定外であった。これが偉大なるかつてのザナドゥを倒した力か」
フォートエルだ。
彼は声に驚きの色を出しながらも、怜莉に向かって一歩ずつその大きな足を近づけてくる。
「だが、今度こそ邪魔は入らない。貴様の命、そして、そこの男の命も一緒に奪わせてもらう。美の価値は下がるが、そのまま頭を潰してやる」
「怜莉……逃げて! 怜莉ぃっ!」
殺意を持って近づいてくるフォートエルを見て、マヤが叫んだ。
彼女は両膝を地面についた状態で、その接地面が凍りついている。熱エネルギーで溶かせるただの氷ならともかく、その空間氷結もまたヴェルトザイン粒子が絡んでいる。ただ熱を与えるだけでなく、マハトによって強化した力での抵抗か、または粒子を消費し切るのを待つしかない。
戦う力のないマヤには取れない選択肢だった。
「怜悧っ!」
故に、彼女には叫ぶ事しかできない。
大事な人に、生きて欲しい人に、逃げて欲しい。
その一心で。
「……っ! 私、は……!」
その言葉を受けて、怜莉は走る。だが、その足は、すぐさま止まった。
彼女が止まった場所は、光弾との鍔迫り合いの余波で更に飛ばされたカバンのところ。
カバンを拾うと、彼女はその中から迷うことなく古いクッキーの缶を取り出した。
何かと思ったマヤだったが、すぐにその中身を知る。
怜莉がかつて使っていたランチャーギアを、彼女は取り出していた。
「ほう……? 何かと思えば……それで、貴様も戦う気か? バディなしで?」
「……いいや、私は、戦わない」
フォートエルの挑発的な言葉に、怜莉は首を横に振る。
そして、彼女はランチャーギアを手首につけることなく、ただ右手で握りしめてフォートエルに突きつけるかのように前に出した。
「むっ!? これは……」
すると、フォートエルの動きが急に鈍った。
まるで彼の体の時間だけが鈍化した、そんな印象だった。
「怜莉、それは……!」
「……私、は……エレクティアにいたとき……対象の時間、を、ある程度、操作できた……動きの時間、を、鈍らせる【鈍化】に、逆に速度を上げる、【加速】……サポートにしか、過ぎない、直接、戦う事のできない……大切な人を守れなかった、力……」
怜莉の言葉は途切れ途切れであった。
それもそのはずで、今、彼女は既に顔から玉のような汗を地面にいくつも垂らしているほどに一瞬で消耗していたのだ。
「無茶だよ怜莉! 一人で……バディとリンクもせずにランチャーギアで力を使ったら、とんでもなくマハトを消費する! しかもここは表の地球であっちの比じゃない! すぐに倒れちゃうよっ!」
ランチャーギアはバディと契約を結び、それを介してリンクすることで始めて万全に己の力を使う事ができる。個人で使う用にはできていないのだ。
マヤはそれを知っていて怜莉に叫ぶ。
だが、怜莉は止めない。
「私、は……戦わない……逃げる……逃げ、続ける……」
「ふん……今こうして私の動きを止めて何を言っているのか。矛盾が過ぎるぞ?」
「いいや……私は、逃げてる……よ……すべてを、失っちゃう、事、から……」
「失う事から……逃げる……?」
マヤが、怜莉の言葉を繰り返す。
怜莉は、汗でぐっちょりとなりながらも、ゆっくりと頷いた。
「この、七年……セレーネを、失って、逃げて、一人……辛かっ、た……本当に苦しく、て……何度も、死のうとすら、思った……もし、ここで、また、一人、生き残っても、マヤが、みんなが死んだら、きっと、もっと、辛くなる……もう、永遠に、私、助からなく、なる……!」
それは彼女の悲鳴だった。
七年間、ずっと苦しみ後悔し続けてきた、心の叫びだった。
「もう、あんなのは、嫌……! 私は、生きたい……マヤと、一緒に……! だから……! 私は、逃げる……! より辛い、一人で生き残るなんて、未来から、逃げるん、だ……!」
「……怜、莉……怜莉……!」
マヤの視界が涙でぼやける。
声が出せなくなる。
彼女と一緒にいたい。共に新しい道を歩みたい。二人でずっと穏やかに逃げ続けていたい。
それが、マヤと怜莉、二人の願いであった。
「詭弁だな。力もない癖によくペラペラと。だが弱者とは常に狩られる運命。もう貴様の力も残っておるまい? 逆に私の時を早めてヴェルトザイン粒子を消耗させたとしても動きが早くなってすぐ死ぬ。詰みなのだよ貴様は。私がまともに動けるようになったときが、幕切れだ」
なおも怜莉を小馬鹿にするフォートエル。絶対に自分の勝利は揺るがない。そう確信した様子だった。
「……ハッ」
だが、怜莉は笑った。
今にも倒れそうなはずなのに、不敵に笑って見せたのである。
「……なんだ、その笑いは」
彼女の笑いが、フォートエルの癇に障ったようだった。
余裕を崩した彼に、怜莉は言った。
「まったく……その通り、私は、弱者……弱いやつはヒーローにもヒロインにも、なれない……でもね、いるんだよ、ここに。もう一人……圧倒的強者の世界を救ったヒロインがねッ!!」
怜莉の言葉に、力が戻った。
その刹那である。
金色のハンマーの一振りが、フォートエルを吹き飛ばしたのだ。
「ガアッ……!?」
「満塁ピンチに燦然登板! 繭澪流海、ここに再び見参! ってね!」
そこには、流海がいた。
血だらけの手足であったが、勇ましく笑い、振り切ったハンマーの柄を肩に置いて担ぐ彼女の姿が、そこにあったのだ。




