14.少女達の安らぎの終わり
空は茜色に染まり、夜へとその顔色を変えていく。
どことも知れぬ田舎ではまともな明かりすら少なく、最低限の街路灯が照らす長いだけで殺風景な道路から外れれば、闇の冷たさがのしかかりすべてを隠している。
怜莉とマヤは、そんなしっかりとした闇と頼りない光の狭間にいた。
そこには大きな木が生えており、二人はその下で寝袋を敷き、座り込んでいた。
「んー結局どこにも宿なかったねぇ」
「無軌道過ぎるのも考えものかなー。さすがにスマホで地図見て宿屋くらいは探した方がいいかも。でもバッテリーの充電も気軽にできるってわけでもないし」
スマートフォンを開きながら見る怜莉。
右上に表示されている充電量は四割を切っていた。
「ああ、それなら問題ないよ。ちょっと貸して」
「え? うん」
マヤに言われ怜莉はスマートフォンを渡す。
すると、マヤの手元がぽわっと軽く光に包まれたのだ。薄緑色の穏やかな光だった。
「はい、いいよ」
数秒後、そうしてマヤは怜莉にスマートフォンを返す。
何事かと思いスマートフォンを見て、怜莉はびっくりする。
「えっ!? フル充電されてる!?」
スマートフォンの右上の充電量が、しっかり百パーセントになっていたのだ。
そこで怜莉は思い出す。彼女の力について。
「あっ、もしかして、電力とかにも効くのその力!?」
「そりゃそうだよ。本当にボクの力はあらゆるエネルギーの源なんだ。表の地球で使われてるどんなエネルギーもボクが手をかざせば一発でチャージ完了できるよ。当然、エレクティアでしか見つかってないエネルギーでも。変な力だよねー、だから狙われてるんだけど」
「なるほどねー。……ん? じゃあそれ、もしかして使ってお腹を埋めるとかもいけちゃう? なら食費代浮かない?」
「うわっ、せっこいこと考えるねぇ……恥とかないのかい?」
呆れた眼差しがマヤから飛んできて「うっ」と怜莉はバツが悪い顔になる。
「だよねぇ……さすがにさもしすぎる発想だったか……反省だね反省――」
「――まあできるけど」
「できるのぉ!?」
被せるように言ったマヤに思わず怜莉は突っ込んでしまう。
「ただ、そんな都合よくはいかないよ。生きるためのカロリーは供給できるけど空腹感の調整となると別。あれってエネルギーというより血中のグルコース濃度の関係だから直接的なエネルギーとはまた別っていうかさ」
「……う、うん? それって結局エネルギーの量じゃないの?」
イマイチ分からないと言った顔をする怜莉。
一方で、マヤもまた難しそうな顔で頭の後ろをかく。
「あー、なんて言ったらいいんだろうなこれ……ボク自身の感覚的な話だからなぁ……そうだなぁ、例えばボクが乗ってれば車はいくらでも走れるんだけど、でもタンクに入ってるガソリンは満タンにできないっていうか、そんな感じ?」
「あぁー……なんとなく分かった。マヤの力って、物質じゃなくてエネルギーそのものを与えるんだね。実用性はあるけど概念的って感じ。なんかぽわぽわしてるなー」
「うんうん、最後のはともかく言語化するとそれが妥当かもね。まぁだから、多分試したら食べる必要はなくなるけどお腹は空くっていう、なんかそういう病気みたいになっちゃうと思う」
「うわ怖い……なら止めときます。これからの晩ごはんも普通に食べます」
怯えた表情をしながら怜莉はカバンから夕食を取り出す。
と言っても、取り出したのはコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチ、そして怜莉お気に入りのエナジードリンクと言った内容だ。カバンには直接コンビニの袋がいくつか詰められており、そこから選んで取り出していた。
「えーと、マヤは納豆巻きだっけ? あとブラックコーヒー」
「そ。あと焼きイカのパックね」
「……私が言えたことじゃないのは重々承知で言うけど、女の子の食事じゃないよねこれ。ほぼおじさんだよね」
「失礼な事を言うね、甘いものが嫌いなだけだよ。なんかこう、甘いのが口に広がるのって苦手なんだよ。その点しょっぱいものは良い。心が豊かになる。塩と醤油は偉大」
「だからって、もうちょっとこう……いや、これ以上はブーメランが過ぎるから言うまい」
苦笑しながらもバッグに入れているコンビニ袋を漁る。
コンビニを見るけるたびに思いつきでいろいろと買ってそのたびに袋を貰っていたため、中身はだいぶごちゃついていた。
「えーと、パック系はと……」
と、そのとき、怜莉の手が止まる。
バッグの底に、古いクッキーの缶が入っていたのだ。
円形のそれは塗装がボロボロで、まあまあ古いものなのが分かる。
彼女はそれをしばらく見て、そしてマヤの目を盗んでこっそりと開けた。
そこに入っていたのは、白色ひし形で水色のライン入りであるブレスレット型のデバイス、ランチャーギアだった。
彼女は家を飛び出す際、こっそりとバッグに詰めていたのだ。
元はクローゼットの奥に雑に押し込んでいたものである。
それを、替えの服を詰めるときに混ぜ込んだのだ。
「……本当に、未練ったらしいよね、私」
困ったように怜莉は笑う。
すべてを捨てると言っても、結局これだけは持ってきてしまった。
セレーネとの絆の証だけは、持ってきたかった。
マヤはどう思うだろうか。彼女の事だから、秘密にしてたことには呆れるだろう。でも、きっと許してくれるだろう。
けれど、やっぱりしばらくは秘密にしたい。
これだけは、一人抱えて、黙っていたい。
怜莉はそんな事を思いながら、静かにランチャーギアを指で撫でる。
そして、眉をハの字にしながらも、満足した笑みを浮かべてその缶の蓋を閉じようとした、そんなときだった。
「――良き場所だな。死の美しさを引き立てるのに、ちょうどいい静けさと寂しさだ」
背筋が、凍りつく。
それぞれ別の方向を向いていた二人が、揃って声の方を向く。
片手にスノーグローブを持った全身が白の紳士が、フォートエルが、そこに立っていた。
「なんで……どうして、ここに……!?」
震える声で怜莉が問う。
フォートエルは彼女の言葉に一切表情を動かさず淡々と答える。
「粒子の補充自体は一日で終わっていてね、あとは君達の元へ行くだけだったのだが、どうにも二人で逃げているようじゃないか。ならば、後を追わせて邪魔が入らぬところで襲うのがより確実だと、そう判断しただけだ」
「後を追わせた……? バカな、いくらお前達がポータル・トゥ・ポータルの技術を手にしていたとしても、使徒クラスはせいぜい一人が限界のはず……!」
「ああ、作戦を指揮する幹部たる我ら使徒は確かにこのように一人で出てくるのに精一杯だ。あくまで、使徒クラスは、な」
彼は含みを持たせた素振りでそう言うと、白スーツの内ポケットから片手であるものを取り出した。
それはコルクで栓をしている小瓶だった。中に入っているものは、怜莉には灰にしか見えなかった。
フォートエルはその小瓶のコルクの栓を親指で弾くと、中の灰をばら撒く。
すると、その灰が落ちた場所で一瞬の閃光と炸裂音が鳴り響き、その場に突如いくつもの灰色の彫像が現れたのだ。その彫像は荒削りで細く、顔がない。関節には可動フィギュアのような切れ目が入っている。かと思うと、その彫像達はガクリと不気味に動き出し、即座に整列したのだ。
「そ、それはまさか……!?」
マヤが目を見開き言葉を失っている。
どうやら、何か心当たりがあるらしかった。
「そういえばデスティニーチルドレン達は我らの《矯正修養センター》をいくつか潰していたな。そのときに情報が幾分か漏れていたか。まあいい、こうして完成までこぎつけたのだから問題はない」
「マ、マヤ……あれ、何なの?」
怜莉は話が読めず、少し離れた位置にいるマヤに聞く。
マヤは、苦々しい表情になる。
「あれは多分、向こうで奴らに虐殺されたエレクティアン達の死体を使って作った兵隊だ。それらしい資料は見つかってたけど、まさか本当にこんなことを……!」
「虐殺とは聞こえの悪い。あれはシステム優生プロトコルに則って行った“矯正修養”だ。劣等種を我らのために役立てる技術なのだよ。この“矯正修養”の際に出た塵芥を利用し製造した《ダストボット》はヴェルトザイン粒子をほぼ消費しない。つまり、いくらでも持ってこれる駒というわけだ」
フォートエルが手を上げると、ダストボット達は怜莉とマヤをぐるりと囲み始める。絶対に逃さないという意思表示だ。
その中でマヤは怜莉の側に駆け寄り、怜莉もマヤの手を掴んで背中合わせになる。
逃げ出したいのに逃げ出せない、そんな状況で寄り合えるのは、お互いしかいなかった。
「こいつらを使い、私は君達をこっそりと監視させた。ここらには人間もいなかったし、見られても勝手に都合よく解釈して過ぎ去っていくのだから簡単であったよ。さあマヤ、再度命令だ。私に素直に従いついて来い。その命、崇高たる我らが理念のために使え」
「……私、は」
声も体も震えているマヤ。
怜莉は、そんなマヤの手を握る力をぎゅっと強め、彼女の目を見た。
マヤもまた、その目を見つめ返す。怜莉だって当然怖かった。だが、あの公園のときのように安直に死の逃避には誘われていない、そんな目だった。
「……嫌、だ。ボクは、嫌だ! 嫌なものは、嫌なんだっ!」
マヤは叫ぶ。
己の我をぶつける。
怜莉がそばにいたからこそ、マヤにはそれができた。
「……はぁ。愚かな」
彼女のその言葉に、フォートエルは大げさに頭を抱えた。
「やはり教育せねばならんか。いいだろう、君の大事なものが喪失の美に彩られるのを今度こそその目に焼き付けるといい」
フォートエルはそう言うと前回と同じようにスノーグローブを落とし、閃光と炸裂音と共に要塞の姿をした正体を見せる。
そして、ゆっくりと二人の元に歩み寄ってくる。
彼女らは今回も動けない。
反論はできても、それが精一杯で、やはり恐怖に体は勝てなかった。
怜莉とマヤは、共にぎゅっとお互いの手を握る。
どんなことがあっても一緒にいる、それが彼女らの誓いであったから。
「――ところがどっこいよっこいせい!」
二人がぎゅっと目をつむったそのときだった。
まるで前回のデジャヴが如く、しかし前回よりも早く、その張りのある声が響いたのだ。
「っ! ちっ……!」
フォートエルはその体に見合わない素早さで後ろに退く。
おおよそ二秒にも満たず、彼がいた場所にハンマーが振り下ろされた。
流海である。直後にアレスに乗ったマサト、そしてふわりと上半身だけの鎧であるニケも降りてきた。
あのとき冷たく突き放したはずのかつての友人二人が、助けに来たのだ。




