12.少女達、逃げる事を選ぶ
「頑張って、頑張って助けようとしたのっ! 私の力ならなんとかできたかもしれないのよっ! でもっ! でもできなかったの! セレーネも! あの子も! 私が無能だったせいで! 私が馬鹿だったせいでっ! 私が勘違いしたせいでっ! 私が!」
過呼吸になり、目が飛び出すほどに見開き、ブルブルと手を震わせて。
「怜莉……もう、もういいから……もう、いいから……っ!」
「私がセレーネみたいになれるなんて自惚れなければ! 見た目が人だからって勝手にお姉ちゃんみたいだなって幻想をぶつけなければ! あの子の事を友達だと感じて無茶な事をしなければ! 力なんてない癖にできもしない事をしようとしなければ! あの子と、セレーネと、仲良くなんてならなければっ! 私が! 私が! 私が! 私が! ああああああああっ!?」
「怜莉! 落ち着いて! 怜莉! 怜莉!」
「私が! 私が! 全部悪いのっ! 私が悪いのっ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ……!」
「怜莉! 怜莉! お願い、だから……! 怜莉っ……!」
狂乱し爪を頭に突き刺して掻き毟って爪を血で染め髪の毛がボロボロと抜け落ちさせていく怜莉を、マヤは必死に宥める。
暴れる彼女の肩を掴んで、振りほどかれないようにしながら必死に声をかけ続ける。
マヤが根気強くそうしていると、怜莉はだんだんと落ち着いてきて、我を取り戻していく。
「………………ごめん……なさい……ごめん、ね……マヤ。……もう、もう大丈夫、だから」
心配そうに顔を覗き込んで来るマヤに、怜莉は笑いかける。
だが、とても大丈夫じゃない顔になっているのは、怜莉自身にもしっかりと自覚があった。
もはや意味のない虚勢。でも、それでも怜莉は笑みを作るのを辞められなかった。
「……結局、そのときの敵は後から駆けつけたみんなが倒したけど、私は何もできなかった。それから私は、バディなしでみんなの旅についていった。みんなは私を慰めたりそっとしておいたりしてくれたけれど、結局私は立ち直れず……最後は何もかもが嫌になって、逃げ出した」
自らの左腕を、怜莉は見る。
かつては他の仲間達と共にエレクティアを救う運命の証としてランチャーギアを巻いていたその腕を。
今、その左の手首は、自らつけた傷の痕でいっぱいになっていた。
そして、今度はクローゼットにチラリと目を向けた。
夜闇の中で戸を閉じ静寂を守るクローゼット。怜莉は、そこで僅かに唇を噛み、そしてまた視線を左手首に戻す
。
「その後は多分、二人になったときに流海から聞いてるかな。小学校ではその後、一年半ぐらい引きこもった。みんなに合わせる顔もないし、人と言葉を交わすのも、集団の中にいるのすら怖くなったから。その後やっと外に出られるようになったけど、怖いから学校は変えた」
「その後、中学や高校も、そういう感じ、だったんだね……」
「うん、みんなが絶対来ないだろうってとこを選んだよ。引きこもってたときも何もしてないと頭がおかしくなりそうで、とにかく勉強するっていう逃避をしてたから中学受験はなんとかなったの。で、高校も絶対みんなじゃ来れないって踏んだ偏差値の私立な煌麗を選んだ。なんなら、こんな風に家族からも逃げるためにね」
「なんで、家族からも……?」
マヤの問いに、怜莉は力なく自分を嘲り笑った。
「だって、向こうからしたらたった一日で自分の子供が頭おかしくなって帰ってきて、ずっと引きこもってたんだよ? 私はそれが負い目に思えて仕方なかったの。両親は心配してくれてたけど、その心配も今なお信じきれてないし苦しいぐらいに私はなっちゃったの」
「両親……までも、信じられなく……辛く……」
マヤは苦々しく俯いた。
彼女の向こうでの扱いの話を聞いた後だと、マヤもまた、そこについての苦労があったのだろうと、怜莉はなんとなく察していた。
だが、今は自分の話を聞きたいだろうし聞き返すのも悪いから、怜莉はそこに触れる事はなかった。
ただ、自分の恥だけを晒して終わればいいやとなっていた。
「あんまりだよね。悪いのは完全に私で、理屈では分かってるのに。それでも、私は両親が私を疎んじてるんじゃないかって怯えを捨てられなくて、怖がって、話しづらくて、優しさが怖くて……だから今こうして一人暮らし。お金は両親の仕送りに寄生している癖に……最低」
幾度となく繰り返した自嘲。
だが、それにマヤが同調する事は当然だがなかった。
「でも、それでも、高校からの生活はこの七年で一番気楽ではあったよ。こっちで線を引けば、向こうだって寄ってこないから。ただ、一人で辛いだけで済んでたから……」
そこまで言うと、怜莉はベッドから立ち上がった。
立ち上がったところから数歩歩き、マヤに背中を見せながら大げさに明るい声を作ってまた話し始める。
「はい! これが私! 負け犬で、嘘つきで、逃げ続けたのに結局逃げられなかった馬鹿な女のお話でした! チャンチャン! ってね! はははっ! ……やっぱり幻滅するよねこんなの。でも、それでいいんじゃないかな。落伍者としてのサンプルとしては、上々だと思う」
声だけは笑っている。
心もまた、自分を痛めつけるほど、楽になる。
苦痛だけが、癒やしの薬となる。快楽となる。
「嘘をつき続けて、逃げてばっかだと何も手に入らないっていういい教訓だね! だからマヤは――」
覚悟を決めた通り、もうこの子とは別れよう。
彼女が今後どんな選択肢を選ぼうと、その先にきっと自分はいない。こんなダサい私とはきっと一緒にいようとは思わないだろう。
どうということはない。また一人ぼっちに戻るだけだから。気楽な一人ぼっち。死ぬまでずっと一人ぼっち。
そう思って、怜莉は別れを切り出そうとした。
だが、言い切る前に、怜莉の背中に、温かいものがぶつかってきた。
マヤだった。
彼女が、怜莉の背中に抱きついて来たのだ。
「もういい、もう、いいんだよ……怜莉……」
「……なんで?」
怜莉は問う。どうして、そんな優しく、辛そうな声を自分に向けてくれるのかと。
「ボクが、いるから。ボクも一緒に、怜莉と、逃げるから……」
「……なん、で?」
怜莉は問う。どうして、こんな自分を見限らず、一緒にいるなんて言うのかと。
「怜莉はボクをただ一人、肯定してくれた。怜莉はボクが欲しかった言葉をくれた。だから、今度はボクが怜莉を肯定する。何も間違ってないんだよ怜莉は。この七年間、逃げてきた事は、何にも、おかしいことじゃない」
「……な……ん、で……」
怜莉は問う。どうして、どうして、どうして、こんな格好悪くて、ワガママで、愚かで、バカで、何も持っていない、生きる価値もない、そんな救いようのない自分を、どうして……。
「……怜莉、逃げようよ。二人で。何もかも全部捨ててさ。二人っきりで。嫌なことから……大嫌いな自分にから、目を背けて、耳を塞いでさ。ボクもそれが、一番、心地いいから」
「……うん……うん……っ!」
怜莉は、両手で顔を覆って泣く。
静かに、さめざめと。
マヤもまた、泣いていた。
声も上げず、静かに涙だけ流して。
でも、二人共笑っていた。
とても穏やかで、安らいだ笑みだった。




