11.少女、思い出す
「まあ有り体に言えばそうだね、ここは君達の目から見たら異世界ってやつかな。とうわけで、ようこそエレクティアへ。さっそくだけど、僕達には必要なのさ。君達の力がね」
エレクティアに飛ばされた怜莉達にそう飄々とした様子で語ったエレクティアンはセレーネと名乗った。
彼女はマヤと同じように、他のエレクティアン達と比較すると珍しくそのまま人間と変わらない姿の少女だった。
胸元を軽く開けたオレンジのジャンプスーツの下に黒いインナーを着て、顔は中性的でどちらかと言うとかっこよさが目立つ整い方をし、その顔の赤い目の片方を金髪セミロングの前髪で隠し、また頭にも兎のカンバッチがついた帽子を被っている。口元からは常にタバコのように棒付きキャンディーを咥えていてそれがまた様になっている。
それが彼女の容姿であり、そんな人と変わらぬ姿をしているのは、それは彼女が『宇宙飛行士』の『特性』を持つからだと言う。
小学生から見たら頼れるお姉さんな彼女は、八人の中で一番臆病だった怜莉の『バディ』となってくれた。
それは相性もあったが、セレーネいわく怜莉の事が放っておけないからだと言う。
実際、それは怜莉にもありがたかった。
他の明らかに人外なエレクティアンと比べるとずっとセレーネとは接しやすかったから。
「うっ、うえええええええん……!」
「もう、泣かないでくれよ怜莉。敵はもういなくなったよ?」
「でもっ、でもぉ……うっ、うえええええん……!」
怜莉は事あるごとに怯えて泣いてしまっていた。
――だってしょうがないじゃない、怖いんだもん、自分でも情けないけど、やっぱり怖いのには勝てないもん。
「怖がりだね、怜莉は。大丈夫、僕が君を守るから」
と、怜莉はいつも恐怖心に押しつぶされそうになっていた。
でも、そんなときにいつも怜莉を助けてくれたのがやはりセレーネだった。
「ほら、このキャンディーを舐めなよ。舐めていれば怖さもそのキャンディーみたいに溶けて消えるさ」
「…………うん、ありがとう」
しゃがんで自分と目線を合わせて言ってくれたセレーネにコクリと頷き、貰ったキャンディーを口に入れる怜莉。
とても甘くて優しい、りんご味のキャンディーだった。
セレーネは間違いなく異世界での怜莉の心の支えになってくれていた。
そんな彼女と一緒にいると、だんだんと怜莉も泣く回数が少なくなってきてそれなりにみんなと一緒に戦いに参加できるようになっていった。
「みんな! 僕の後ろに!」
セレーネの能力は防御系の能力で怜莉だけでなくみんなを守ってくれていた。また、カウンター能力も有していてそれで敵に反撃するときもあった。
「あっ、危ないっ! えいっ……!」
また、怜莉自身の能力は時間操作であった。対象の時の流れを遅くする鈍化と、逆に早める加速。
「ありがとっ! レイちゃんっ! いつも助かるっ!」
「……い、いや別に。私にできるのなんて、サポートだけだから……」
直接的な戦闘能力はなかったが、それは戦いの中で間違いなく仲間達を助けていた。
「もっと誇りなよ怜莉。君の力にみんなは何度も助けられてるんだよ? それにサポート系がダメだったら僕も一緒にハズレ能力になっちゃうけど?」
「そっ、そんなことないよ! セレーネはカウンターとかできるし私よりずっと役に立ってるもん!」
「はははっ、ありがとう。でもそれは怜莉だってそうなんだからね? 大丈夫、僕が保証するよ。君はみんなの役に立っている」
「……あ、あううう」
「もー、本当にレイちゃんはセレーネの事大好きなんだからー! 妬けちゃうよぉー! はははははっ!」
かっこよく笑いながら怜莉の頭を撫でてくれるセレーネ。
そんな二人を見て心が暖かくなる仲間達。
異世界に飛んでから混乱が続いた子供達であったが、その中で間違いなく絆が育まれ、そして笑い合える、そんなかけがえのない関係になっていった。
「でもムチャだけはしないでね? 自分にできる範疇で頑張る、それでいいんだよ。怜莉は無理をする必要なんてないさ。僕がずっと一緒にいて、守ってあげるから」
セレーネは怜莉にとって自分を守ってくれる頼れるお姉さんで、大事なパートナーで、そして憧れの姿だった。
「大丈夫だって、僕はいなくなったりなんかしないさ。ずっと、怜莉のそばにいるよ」
いつかセレーネのようにかっこいい女性になりたい。そう思うようになっていた。
――本当に馬鹿だった。身の程知らずだった。私にはそんな器なんてないのに、勘違いしちゃった。彼女の外見だけを見て依存しちゃってたから……だから……あんな事になっちゃったのよ。
それはザナドゥとの戦いも中盤に差し掛かった頃だった。
怜莉達が訪れたのは近未来的な流線型のフォルムのビルが立ち並ぶ都市。
そこで怜莉は道に迷ってセレーネとすらはぐれ単独行動になってしまったのだが、そのとき一人のエレクティアンと出会った。セレーネやマヤと同じく、彼女もまた見た目は人間と何も変わらない少女だった。
「何よあんた! そーんなじめじめびくびくしてメソメソ泣いて! あんたみたいな子見ててムカつくのよ! しゃきっとしなさいまったく!」
「ひっ、ひどいよ……私だって、これでも頑張ってるんだから……!」
最初は喧嘩から始まった怜莉と彼女。
だがそこから二人は共にちょっとした困難を乗り越え、友人となった。
「ふーん、あなた、思ったより根性があるんじゃないの。面白いわね、友達になってあげてもいいわよ!」
「えーっと……う、うん……よろしくお願いします……?」
エレクティアに来てから出会ったセレーネ以外の初めての大切な相手だった。
だからこそ、二人だけのときに街で敵に襲われたときも、怜莉は一人戦ったのだ。
きっと自分もセレーネのように大切な友達を、苦しんでいる人々を守れるような、強い女性になれるんだって信じて。
――ああ、愚か。本当に馬鹿で愚かで自惚れた子供。そんな力、私になってなかったのに。愚か、愚か、救いようのないくらいに愚か。
だから私は間違いを犯したんだ。決して取り返しがつかない間違いを。
恐るべき敵の攻撃によって崩壊する街並み。悲鳴を上げる人々。
怜莉はそれに抗い、戦い……そして敗北した。
それだけでは、済まなかった。
「あ……嘘……そん、な……」
新しくできた友達を、助けられなかった。戦いには向いていない力を使って、考えうる形で戦った。みんなが来るまで時間を稼ごうとした。
でも失敗した。駄目だった。自分が勇気を出したせいで、新しくできた友達は死んでしまった。
「……ぅ、あ……や……いやぁ……」
この世界で新しくできた友達の亡骸を前に動けなくなる怜莉。
だが敵の魔の手はお構いなしに怜莉の方へと伸びていき――
「――怜莉ッ! 危ないッ!」
駆けつてくれたセレーネ。駆けつけられてしまったセレーネ。
彼女は守る、怜莉を。
でも、その敵の力は大きかった。破壊力に特化していた。しかもセレーネとは相性も悪かった。
その結果、敵の攻撃はセレーネの守りを貫き、彼女に致命傷を与えた。もう助からない、それほどの傷を。
怜莉を守るために、彼女は命を捨てたのだ。
「やだっ……やだっ……!? セレーネ……血っ、血が……血が止まんないよぉ……!?」
「無事で、良かった……ごめんね、怜莉……僕、最後まで、守って、あげられ、ない……君と、一緒にいられなく、なっちゃった、よ……」
いくら時の流れを遅くしても、彼女から命が流れ落ちていくのを止める事ができなくて。
「やだよ! そんなのやだよ! セレーネ言ってたじゃない! 嘘はついちゃ駄目って! 約束は守るのが大事だって! そんなあなたが……あなたが、約束、破らないでよっ……!?」
間違いなく、かつてなく怜莉は力を発揮できていた。
雨すらも遅くなり地には落ちず、敵の攻撃も彼女らに近づく事ができない。セレーネを一撃で死に至らしめた相手も手出しができない程であった。
でも、それでも、大切な人の死という現実は変えられなかった。
「行かないで、死なないで……」
「ごめんね……ごめんね……」
――あのセレーネが、謝っている。いつも飄々としていてのらりくらりとしているところがあって、ちょっと憎たらしいところもあった彼女が。
「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌……」
私のせいで。
死んじゃう。
いなく、なっちゃう。
「なか……ないで……怜、莉……」
ボロボロに溢れた怜莉の涙を、とても弱々しく、最期の力で拭ってくれようとする、彼女の指。
「待ってよ、やめてよ、あなたがいなくなったら、私……」
それがもう、お別れだという事を告げてきて。
「さようなら……怜莉……どうか、君は……」
最期の言葉まで、セレーネは怜莉の事を気にかけてくれた。
それ以降、彼女は物言わぬただの肉塊になってしまった。
冷たくて、手足に力が入る事はなくだらりと投げ出されていて。開いたままの瞳は光がなくて。
「私の、私のせいで、私のせいで、彼女が。嫌、私の、私が、私の、私が、私が、私が」
――私が、殺した。今日できたお友達も、今まで私を助けてくれて支えてくれたセレーネも。
どっちも、私が。
「ごめんなさい、ごめんねなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんねなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんねなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
大切なものを何も守れない、ただ自分だけを助けるだけのほぼ止まっていると言える時の中で、怜莉は後悔する事しかできなかった。
「彼女は、私の、せい、で……」
結局、この後に来てくれた仲間達の手によって敵は倒され街は救われた。
でも怜莉は何も救えなかった。失っただけだった。自分の弱さを知り、愚かさを知り、自惚れを知り、絶望を知り――
「私はもう嫌……嫌なのっ!」
――そうして深紅羽怜莉は、何もかもから逃げ出す事を選んだのだ。




