第25話 「夢は俺の独壇場」
木龍は見渡す限り砂しか無い平地にいた。
空には灼熱の太陽から熱が降り注ぎ、吹く風も乾ききっている。
『ここは、砂漠か?過去に訪れたことはあったが、儂には特に辛い環境だと察して早急に離れた記憶しかないが』
木龍の言う通り、この砂漠では植物は自生しておらず居るとすれば環境に適応出来た動物や昆虫くらい。
とてもじゃないが地に根を張り、健やかに育つ草花と共に生きる木龍が過ごせる環境ではない。
『何故儂はこんなところに......そうだ、ゼノヴェルは何処にいったんだ?』
木龍はそう言って周囲を見渡す。だが、いくら目を凝らしてもゼノヴェルの姿は見えず、あるのは蜃気楼で揺れる遠くの景色だけだった。
木龍は現状に苛立つ感情が抑えきれなくなってきた。ここにある全てが憎く感じるほどに。
『ぐあ!??』
すると、今まで抑えてきた鉱魔獣としての本能が木龍の苛立ちに反応して、心の奥底から顔を出してくる。
全てを壊せ、全てを手にしろという言葉が頭の中でこだましていた。
いくら頭を振ろうとも、手で胸を抑えても一度出て来た本能に抗うのは難しい。次第に木龍の意識は薄れていき、主導権は完全に飲まれていった......
◇◆◇◆
「やっと顔を出したな、諸悪の根源よ」
木龍の夢の中に入った俺は、姿を隠して宙に浮いた状態でその光景を眺めていた。
木龍に生きにくい環境の夢を見せてまでしたかったことがこれだ。
この夢で木龍を殺したとしても、現実に戻れば何も変わらない時間に逆戻りだと考えた俺は、やつの深層心理に潜む鉱魔獣の本能を無理矢理引き出す必要があった。
そのうえで、俺が全力で木龍と戦うことで本能が満足してくれることを願うというのが今回の作戦だ。
「現実の俺であれば全力で向かってくる木龍に対し、抵抗することさえ難しかっただろう。だが、ここは俺が見せた夢。夢は俺の独壇場になる」
そう口にした俺は、自身にかけていた透明化を解除して理性を失っている木龍の前に降り立つ。
目の前にいる木龍はすでにそこら辺にいた普通の鉱魔獣と変わらない。信念も無く、苦しみに悩むわけでもなく、ただ自身の快楽のために他者を殺すという欲望が剥き出しになった畜生だ。
「さあ、木龍よ。俺が最高最悪の結末を与えてやろう。夢から覚めない完全な消失を」
『ギャオオオオオ!!!!!!!』
俺は試練の大鎌を出現させて木龍へと斬りかかる。
木龍の爪と俺の大鎌がかち合い、火花が散るがお互いの力が拮抗したようにその場で静止した。
『ギャオ??』
俺のような小さな存在を消し飛ばせなかったことが不思議なのだろう。予想外の光景に困惑した様子を見せる木龍に向かって種明かしをするように言葉を紡ぐ。
「だから言ったろ?ここは夢だって。そしてこの場の支配人は俺であり、絶対者だ。その俺が負ける道理があると思うのか?」
この夢の中では心が折れない限り、俺が負けることはあり得ない。どれだけ血を出そうとも痛みを感じようとも、全てを無に帰すのだから。
その言葉を証明するように、手に持つ大鎌から黒と緑が混ざった蒸気が噴出する。
蒸気はどんどん大きくなり、やがて木龍と同じほどの規模にまで広がっていく。
膨張が最高点まで達したとき、その中心に居た俺が手を横に振るうと蒸気が晴れて、俺の新しい姿を太陽の元へさらけ出す。
俺の想像通りなら、木龍の目には映しているだろう。
漆黒の鎧を纏い、大鎌の爪を持つ黒鉄の龍の姿を。
『さあ木龍よ、力の限りを尽くして向かってこい。ご自慢の再生能力と心の強さ、どちらが先に折れるかな』
『ギ、ギャアアアアアア!!!』
これまでの生涯で同じ大きさのものと戦った経験はあまり無かったのだろう。少し怯んだ様子を見せながらも木龍は俺に向かって爪を振り下ろしてくる。
だが、そんなもの今の俺にとっては避けるまでもない。
木龍の爪は俺の肩に当たり火花を散らしはしたが、ただそれだけ。黒鉄の鱗を砕くことも、傷を付けることさえ敵わない。
俺は爪を立てたまま動きを止めた木龍のがら空きの胴体に向かって大鎌の爪を突き立てた。
『グアアアアアア!!??』
『どうだ?五本の大鎌になった爪の味は。流石のお前でも五倍に増強されたメメントモリでなら、少しは恐怖を感じるか?』
もちろん五本の爪にも外法の大鎌術は発動する。右手で木龍の腕を固定しながら、執拗にメメントモリを発動させた爪で何度もじわじわと削るように腹の肉を切り裂いていく。
徐々に傷が増えていく恐怖心が木龍の嗜虐性を上回ったのだろう。遂には、身体の力が全て抜けて地面へと倒れこんでしまった。
『おいおい、お前の戦いたいという気持ちはそんなものか?反骨心を見せてみろよ』
俺は地面に寝そべり小刻みに震えている木龍に向かい断罪の光を発動させる。
罪の対象は木龍に理不尽に殺されていった人々が抱える怨嗟の声。
永き時を超えて積み重なった嘆きは一斉に木龍へと向かい、その全ての魔力を絞り尽くした。
もはや、枯れ木のように老いた木龍に声を出す気力さえも残っていない。俺はこの夢を終わらせる最後の技を発動させる。
『さようなら、木龍に潜む哀れな本能よ。お前に最低な未来という慈悲を与えよう』
そう言って俺は、五本の爪に魔力を込めてソウルブレイクを発動させる。
特殊な軌道を描いて木龍の魂に刻まれた本能を切り裂く爪痕は、完全にこの世から戦いに快楽を求める悪しき心を消滅させた。
『最期にいい夢は見れたか?』
木龍の瞼がゆっくりと落ちていくのを眺めながら幻は現実へと戻っていく。
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