第26話 「木龍の選択」
『ぬ......ここは、森か』
「おはよう、木龍、いい夢は見れたかな?」
俺は夢から覚めて困惑している木龍に話しかける。今の木龍は鉱魔獣の本能に主導権を取られるまでの記憶しかないだろう。
木龍にしてみれば、砂漠に放り出されて苛立ちを覚えたあとに目が覚めた状態のはずだ。
「まあ、何があったかは省略するが簡単に言えば鉱魔獣の本能は抑え込むことに成功した。今は幻聴とかも聞こえないはずだが、どうだ?」
俺がそう聞くと、木龍ははっとした後に目を閉じて沈黙する。
少しの間、動かない木龍を眺めているとゆっくりと目を開き、深く息を吐いた。
『ああ、確かに聞こえない。戦いを求める声も、儂に殺された者たちの幻聴も全てな。あるのは木が揺れる音と空を飛ぶ鳥の鳴き声だけだ......』
木龍は今まで聞こえなかった自然の静寂を楽しむように、口角を上げて空間に鳴る音に耳を傾けていた。
木龍はいつからこの音を聞くことが出来なくなっていたのだろうか。人にとっては当たり前の自然を楽しむことさえ出来なくなった木龍に訪れたこの瞬間を邪魔する気にはなれなかった。
俺はその場に腰を下ろし、木龍と同じように静かな森が奏でる音を楽しんでいた。
ただの環境音なはずなのに、落ち着く暇が無いほどの戦いを繰り返した俺の心も癒してくれる。
どれくらいの時間が経ったか。木龍がゆっくりと口を開いた。
『ゼノヴェルよ、再び儂に安寧をくれてありがとう。ここまで静かな時間を過ごせたのは本当に久しぶりだ......』
「これで少しでも木龍の助けになれたかな?――それで、どうする?まだ死を望むか?今であれば強制的な再生もされずに死を迎えられるとは思うが」
俺の言葉を聞いて木龍は考えるように空を見上げて、少しばかり沈黙する。
『......ゼノヴェルよ、お主が消してくれた本能は再び戻ってくることはあるのか?』
「すぐに戻ることは無いが、可能性はゼロでは無い。今回は弱らせた本能を魂から削り取ることで消し去った。だが、本能とは魂だけではなく身体にも根付くもの。木龍が鉱魔獣である限り、本能はついて回るだろうな」
『そうか......』
正直なところ、俺の生きている間はおそらく大丈夫だろう。だが、木龍は寿命という概念が存在するかも怪しい鉱魔獣。その間にどんなことが起こるかは保証することは出来ない。
俺が木龍と同じ時を生きるのであれば「また同じようにしてやる」ともいえたのだろうが、それも難しいからな。
鉱魔人になった俺の寿命が延びているのか、それとも縮んでいるのかもわからない。それに、永劫の時を生きたいという思想も持っていない。
俺は死後にシャーマ様へ魂を捧げると決めている。だからこそ、最期は死を迎えなければならないんだ。
木龍は問いの答えが出たのか、真剣な眼差しで俺を見つめる。
『であれば、ここで儂のことを殺して欲しい。もう儂は随分と生を楽しんだ。ここで再びあの地獄を過ごすくらいであれば、お主の手で屠って貰う方が嬉しく思う。このような老いぼれのことを案じ、救ってくれたお主にな』
「......了解した。木龍の頼み、聞き入れよう。死後の魂は俺が吸収して、シャーマ様の元へ送り届けることを約束する。だから安心して眠れ。哀れだが......敬うべき選択をした木龍よ」
俺がそう言うと木龍は首を地面へと下ろし、目を閉じた。
その姿は死刑台に立つ罪人のようでありながらも、己の信じた道を選んだ賢人に俺は見えた。
「さようなら、木龍。死後の世界でまた会おう」
『ありがとう、ゼノヴェル。来世では心を許せる友となろう』
俺は体内に残っている全ての魔力を死魔力へと変換し、試練の大鎌に付与してから振り下ろす。
死を求める者を苦しませることなく、一撃で生を刈り取れるように。
全ての抵抗を止めた木龍の首は、綺麗に胴体から離れることとなった。
これまで狩ってきた鉱魔獣と同じように、鉱魔獣吸魂が発動して俺の体内へと吸収されていく。
「魂が吸収された......ということは死を迎えたんだな」
知り合ってから過ごした時間は少なく、話した時間は思い出せる程度。
なのに、何故こんなにも心が痛むのか。
どれだけ苦しくても、血反吐を吐いて地面を転がっていた時にも流れなかった涙が頬を伝っていく。
「木龍よ、お前は過去に人々を恐怖させたのだろう。数多の人生を狂わせたのだろう。――それでも、俺にとってはただの良き友人だったよ」
頬を濡らす雨が止むまで俺は木龍の死体の前で立っていた。
この痛みが癒えるにはもう少し時間がかかるだろう。
森に入ってから初めて、心から感謝を伝えてくれた友人のことを想う気持ちが続く限り。
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