95話 静かな激怒
その夜、儂はサリーから報告を受けていた。
「あの貴族は、とある商人と繋がっているようです」
「ふむ?」
「貴族は商人の後ろ盾であり、出資者でもあり……実質、二人の商会という感じですね。しかし、かなり悪質でして……調べてみたところ、いくらでも悪い話がこぼれてきました。脅しに、強引な買収に、地上げに、裏社会とのつながり……整理するのが大変なほどです」
「……証拠は?」
「申しわけありません、まだです……」
サリーは、悔しそうな顔をした。
「気にするでない。むしろ、たった半日でここまで調べた方がすごい」
「ありがとうございます。続きですが……騎士団もマークしていたらしいです。確かな証拠を得るために、あえて泳がされているみたいですね」
そうなると、今すぐ正面から踏み込まない方がいいだろう。
騎士団の面子もあるし……
やるなら確実に潰せる時だ。
「ならば、もう少しは様子を……む?」
何気なく窓の外を見て、違和感を覚える。
夜の城下町の灯り。
人の営み。
ただ、その一角が赤い。
その一帯だけが妙に赤く、明るい。
「……火事か?」
いや、待て。
あの方向……
リーナの宿……ではないか?
ぞくりと背中が震える。
「くっ……!」
考えるよりも先に体が動いた。
窓を開けて、そのまま外へ飛び出した。
「アリエル様!?」
背後でサリーがなにか叫んだ気がしたけど、今更、止まれない。
屋根から屋根を渡り、飛ぶ。
一直線に赤い方角へ。
ほどなくして……
……リーナの宿が燃えているのが見えてきた。
炎は二階から吹き上がり、すでに全体を飲み込んでいる。
周囲では人々が集まり、騎士達が消火に当たっていた。
水が飛んで。
魔法が唱えられて。
それでも簡単には鎮火できず、ごうごうと炎が舞い上がる。
ただの火事でここまで勢いよく燃えるわけがない。
なにか使われているな。
「リーナはどこじゃ!?」
リーナの両親を見つけると、その場に飛び降りて、声をかけた。
二人の顔は煤で汚れて、しかし、真っ青だ。
儂の声に振り向いて、はっと息を呑む。
「きみは……」
「今、空から……? いえ……もしかして、あなた様は……」
変装をしていないから、儂の正体に気づいたようだ。
同時に、儂がアリーであることも。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
「どこなのじゃ!? リーナは、どこにおる!?」
「そ、それが……まだ中に……!」
「助けに行こうとしたんですが、もう危ないから手遅れだと……!」
「儂に任せよ!」
それだけ告げて、儂は炎の方へ駆けた。
「なっ!?」
「危ないから下がっていてください!」
「ええい、邪魔じゃ!」
行く手を塞ぐ騎士をかいくぐり、そのまま燃える宿に突撃した。
熱と煙と嫌な臭い。
一瞬で世界が変わってしまったかのよう。
でも、このくらいで怯んでたまるものか。
「リーナ! どこじゃ!? リーナ!!!」
呼びかけるが返事はない。
なら、捜すだけ。
さらに奥へ。
階段は崩れていた。
壁を蹴り二階へ上がる。
煙で視界が塞がれる中、それでも目をこらして周囲を見回す。
……いた!
崩れかけた部屋の端。
そこに倒れているリーナがいた。
「リーナ!」
駆け寄り、抱き上げる。
顔を覗き込むと、呼吸をしているのが見えた。
意識はないものの、まだしっかりと生きている。
安堵して。
それから、近くの壁を蹴り破り、一気に燃える宿から外に飛び出した。
リーナを抱えているので、負担をかけないように、しっかりと着地。
周囲がさらにざわつくものの、気にする余裕はない。
「リーナ……起きよ、リーナ」
「……アリー?」
まだ朦朧としている様子だけど、それでも、リーナは目を覚ました。
よかった。
軽い火傷や、煙などで喉は傷ついているだろう。
でも、こうして意識があるのなら、即座に、ということはないはず。
「うむ、儂じゃ。もう大丈夫じゃぞ」
「そっか……でも、あれ……?」
リーナは、どこか不思議そうに言う。
「……王女様?」
「っ!?」
それは……そうか。
変装していないから、リーナにもバレるか。
「……」
そこが限界だったらしい。
リーナは、ふっと眠るように気を失った。
「リーナ!」
両親が駆け寄ってきた。
騎士達も慌てて駆けてくる。
「大丈夫じゃ……まだ生きておる。早く治癒師へ」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます……!」
「ですが、あなた様は……」
「なに、気にするでない。儂は、ちと野暮用があるのでのう」
なにか言いたそうな両親を振り切り……
いや。
そこから逃げるように、儂は二人に背を向けた。
「アリエル様!」
ある程度離れたところで、バタバタという慌ただしい足音。
サリーだった。
「む? よく儂の居場所がわかったのう?」
「匂いで!」
なにそれこわい。
「ご無事でしたか!?」
「うむ、問題ない」
それだけ返して、振り返る。
まだ宿は燃えていた。
建物を喰らうかのように炎を撒き散らして……
そして、建物は半ば崩壊しかけていた。
騎士達は必死に消火にあたっているけれど、この様子だと、燃え尽きるのが早いだろう。
……先も思ったが、いくらなんでも火の回りが早すぎる。
勢いがよすぎる。
それと、中に突入した時に、わずかに薬品の匂いがした。
可燃性の物質が使われたのだろう。
「……サリー」
「はい」
「この火事を調べよ……徹底的に、じゃ」
「……わかりました」
いつもと変わらないように見えて。
しかし、内心で激怒していることが伝わったらしく、サリーは緊張していた。
すまぬ。
八つ当たりするつもりはないのだけど……
しかし、どうしても怒りが抑えられない。
ぐぐっと、強く拳を握り……
わずかに血が流れた。




