93話 こういうのはなかなか消えてくれない
宿の表を見ると、そこには見知らぬ男がいた。
派手な身なりだ。
上等な布、無駄に光る指輪、香の匂いが強い外套。
体そのものは鍛えられていないのに、威圧感だけは周囲に撒き散らしていた。
貴族だろうか?
嫌な感じがする。
自分自身には大した重みがないくせに、後ろに金や権力があるこというだけで偉そうにする類のような気がした。
「リーナ……隠れて様子を見るぞ」
「う、うん……?」
なんで? という顔をしていたが、リーナは素直に従ってくれた。
物陰に隠れて、そこから表の様子を窺う。
男は、リーナの両親となにか話しているようだった。
「……ですから」
男が、わざとらしく優雅な笑みを浮かべる。
「先に申し上げたように、この宿をお譲りいただきたい、と申し上げているのですよ」
「お断りします」
父親が即答した。
「……もう少し考えていただいてもよろしいのでは?」
「申しわけないですが、考えても答えは変わりませんので」
「ふむ。解せませんね、私は、かなりの好条件を提示していると思っているのですが……相場の五倍。そして、宿の移転にも協力する。移転の間の生活の保証もする。ここまで揃えて、なにが不満なのでしょう?」
「そこまで買っていただいていることには感謝しています。ただ、それでも、ここはお金でやりとりできるところではありません」
父親の声は穏やかだったが、芯は揺らいでいない。
「ここは、ただの宿ではありません」
「ほう?」
「一族代々、受け継いできた地です……それを私の代で潰すということは、絶対にしてはならないことです。」
「仮に宿が潰れたとしても、この土地を渡すつもりはありません」
母親も隣に立ち、しっかりと答える。
「ふむ……それは、どうしてもですか?」
「どうしても、です」
「話し合いを重ねて、さらに条件を上げたとしても?」
「はい」
「……なるほど」
納得したのか、男は頷いた。
にっこりと笑い、
「それでは、仕方ありませんね。今日は引き下がりましょう……今日は、ね」
男は丁寧に礼をして。
そして、言葉通りに立ち去る。
男の目は……まったく笑っていなかった。
冷たい光が宿っていた。
厄介なことにならなければいいが……
「お父さん、お母さん!」
「リーナ!?」
我慢できなくなった様子で、リーナが飛び出した。
「今の話……」
「大丈夫だ、リーナ。お前はなにも気にしなくていい」
「ええ、そうよ。この宿を……大事な土地を売るとか、そんなことはありえないわ」
「でも……」
「心配いらないさ。なにがあったとしても、お父さんが守ってみせる」
「もちろん、私もがんばるわ」
「……うん! 私も、一緒にがんばる!」
「ああ、頼りにしているぞ」
「リーナは偉いわね」
「えへへ♪」
いい感じに話がまとまった。
リーナ達の方は問題ないだろう。
他に問題があるとすれば……
「サリー」
「はい」
普通にサリーが後ろに控えていた。
いや、まあ。
気配でわかっていたのだけど……
儂だから気づいたものの、他の者なら気づかず、驚いていたどころじゃぞ?
この侍女、最近、妙な特技を身につけつつある。
しかもその目的、理由が、儂のためなのだから厄介極まりない。
隠密能力も、儂の部屋にバレずに忍び込むため、なんだろうなぁ……
遠い目。
「今の貴族について調べよ」
気を取り直して言う。
「徹底的に、じゃ」
「はい、お任せください」
「あと、できるだけ早く頼む」
「了解いたしました」
やや変態的な行動が目立つが……
しかし、こういう時のサリーは本当に役に立つ。
諜報の才能があり……
情報収集能力はフィーゼルマインで一番だろう。
最近では、リルが加わったことで、さらに幅を伸ばしているような気がした。
「リーナ」
儂はいつもの調子を演じつつ、表に出た。
「あ、アリー! 次はなにをして……」
「すまぬな。ちと、用事を思い出してのう……今日は帰るのじゃ」
「えー……」
見るからにしょんぼりする。
リーナには悪いのだけど、それがちょっと嬉しい。
大事に思われている証だから。
「また来るのじゃ」
「本当?」
「うむ、約束じゃ」
「……うん、約束!」
儂らは、また指切りげんまんをした。
「えへへ、次が楽しみ!」
「うむ、儂も楽しみなのじゃ」
そのためにも、あの貴族について調べないといけない。
なにもなければよし。
しかし、もしもなにかあったのならば……
「では、またなのじゃ」
「うん、またねー!」




